勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第20話 新人と国王

――アベル視点


僕の名はアベル。今年十七になる駆け出しの冒険者だ。昔から憧れていた冒険者になるために、コツコツ貯めた金で中古の装備品を買い求めて、村を飛び出してから半年。最近はようやく冒険者の仕事だけで食べられるようになってきた。


ギルドに登録した当初はろくな仕事が無くて、毎日手紙や荷物の配達、引っ越しの手伝い、ドブさらい、掃除の手伝い、逃げ出したペットの捜索と言った、冒険とは関係の無い事ばかりで日銭を稼ぐのがやっとだった。


駆けだしの冒険者は、みんな僕のような下積み時代を経てから大成するらしいんだけど、ここまでで止めていく人達も多いみたいだ。自分の中で思い描いていた冒険者像と、仕事とも言えない仕事ばかり繰り返す現実とのギャップに落ち込んで、嫌気が差すらしい。気持ちはわかる。僕だって毎日毎日、なんでこんな仕事をやらなきゃいけないんだって思いながら体を動かしていた。でも、それを続けることによって僅かずつでもお金が貯まり、活動資金が増えていって、少し難しい依頼を受けられるようになるんだ。


雑用以外で僕が初めて受けた依頼は、ポーション作りに必要な薬草の採取だった。ポーションって言うのは言わずと知れた回復薬で、ランクによって様々な効果が得られる便利な薬だ。初級は小さな負傷の治療と少しの体力回復。中級は深い傷をとりあえず塞ぐ治療能力と、半分ぐらいの体力回復。そして上級は切断された部位の、とりあえずの縫合と体力完全回復。店で売っているのは大体この辺までだ。そしてこれから先は一般人がお目にかかることのない、最高級のポーション。所謂エリクサーと呼ばれる奇跡のポーションだ。その効果は凄まじく、過去に失った欠損部分の回復は勿論、持病の治療に体力完全回復、おまけに魔力の完全回復までしてくれる効果まであるらしい。余程のお金持ちか大貴族しか持ち得ない薬らしいので、一般人がお目にかかれる機会はない。あるとすれば、自分で薬を作れるほどの腕を持った錬金術師ぐらいだろう。


そしてそれらの薬に共通しているのは、大量の薬草を必要とすることだ。初級から始まって、ランクが上がる毎に消費する薬草の数も増えていくので、薬草採取の依頼は年間を通して張り出されている。自分でポーション作りが出来るギルドを除くと、他の組織や商店は薬草集めなんて時間のかかる仕事をしたがらないらしく、採取の仕事をギルドに丸投げするのが基本なんだとか。そのおかげで僕みたいな駆けだしが食べていけるんだから、ありがたいと思わなくてはならない。


ポーションに必要な薬草は、大概の場合が人気の無い草原や山中に生えているので、一旦仕事を受けると必ず泊まりがけになってしまう。そうなると当然食料や水、毛布や火打ち石などの消耗品を買わないといけないので、出費がかさんでしまう。依頼を達成したら十分元が取れる報酬が支払われるけど、出発するのに必要なお金を貯めるのがなかなか大変なんだ。


二ヶ月かかって準備を整え、初めて受けた薬草採取の依頼。途中で魔物や盗賊の襲撃を受けたらどうしようと緊張でガチガチになっていたけど、依頼はあっさりと達成できてしまった。往復二日の距離を歩き、ギルドに戻ってきた僕は受け付けで薬草を差し出す。すると天使のような笑顔を浮かべる一人の女の子が、僕を労ってくれたんだ。


ギルドの受付嬢――僕の憧れでもあり、密かに想いを寄せているラピスちゃん。僕の住んでた田舎は勿論、この街でも見た事が無いような可愛い女の子で、彼女と初めて会った時から、僕は彼女のことが好きになってしまった。


輝くような金の髪と宝石のように美しい青い瞳。鈴の音のような聞き心地の良い声。明るい性格で誰からも好かれていて、ベテランや新人の分け隔て無く平等な態度を取る礼儀正しさ。これで好きになるなって言う方が無理だ。


でも彼女を好きなのは僕だけじゃない。彼女と少しでも会話したがる同年代や年かさの冒険者は数多いし、冒険者以外の――例えば出入りの商人の中にだって、彼女を狙っている奴はいる。でも、その大部分は僕と同じでデートの一つにも誘えていない。なぜなら、鉄壁と言われるほどのガードの堅さは当然として、彼女の圧倒的な強さが原因だった。


彼女と出会った時、チンピラに絡まれている彼女を助けるため、僕は思わず飛び出していた。田舎から出てきたばっかりの、戦闘経験も無い若造が静止したって、ガラの悪いベテラン冒険者が止まるはずがない。でも、どうしても見て見ぬ振りは出来なかった。案の定止めるどころか逆に絡まれ、自分の情けなさに羞恥で顔が真っ赤になっていた時、僕を助ける意外な人物が現れた。それこそ絡まれていた当人のラピスちゃんだ。彼女は鍛え上げられた筋肉を持つチンピラの腕をねじり上げ、もう一人の放った拳を受け止めると、そのまま片手で投げ飛ばしてしまった。人間が数メートルも吹っ飛ばされる光景を目の当たりにした時、僕は何が起きたのか咄嗟に判断出来なかった。だってそうだろう? 人間が吹っ飛ぶなんて、田舎じゃ巨大猪に体当たりされた時ぐらいしか機会が無いんだから。


それだけでも驚くのに、もっと驚かされた事件が起きた。魔物の氾濫――本来なら軍隊が出動して、多くの犠牲を出しながらやっと撃退できるその厄災を、彼女はほぼ一人で片付けてしまった。多くの魔物を一撃で葬り去る膨大な魔力、大昔に失われた魔法を使いこなす知識に、魔物ですら敵わない剣の腕。彼女はまるで、伝説の勇者その人のような強さを多くの人に見せつけた。


それで尻込みする人は多かったけど、僕のようにますます彼女を好きになった人も多かった。人々を癒やして回る慈悲深さは聖女のようだし、悪を許さない気高さには、恐れより憧れを抱いてしまう。口にこそ出さないけど、そんな彼女に多くの人が惹かれていったんだ。


でも、僕みたいなありふれた冒険者が彼女と話す機会なんて、それほど多くない。依頼の受け付けと達成報告の僅かな時間だけが、彼女と話せる唯一のチャンスだ。それでもいつも彼女と話せる保証なんか無い。運が悪ければ他の受け付けに回されるし、彼女が訓練所の仕事でギルドを留守にしている時だってある。


そうそう、彼女は訓練所の仕事を掛け持ちでやり始めたんだ。訓練所――国や種族を問わず、強くなりたい者は誰でも歓迎する施設だ。格安の料金で参加者の実力にあったコースをそれぞれ用意して、大陸中の戦闘力を底上げする事を目的に作られた。ボルドール王国だけでなく、他国にも似たような施設は同時期にいくつか作られたという情報はある。その中でも最も有名なのが、僕の住む街スーフォアの訓練所だ。


いくつかの訓練所を渡り歩いた受講生によると、施設の大きさや使う道具は他と遜色ないらしい。でも、この訓練所で訓練を受けた卒業生達は、他とは桁違いに実力を伸ばす事が出来ていた。それはもちろん、ラピスちゃんが理由だ。彼女がお姫様みたいな外見に似合わない強さを持っているのは誰もが知っている事だけど、教官としての才能も持ち合わせていたらしい。


僕も剣の初級コースで受講した事があるけど、一言で言えば、あれは地獄だ。魔物との戦い以上に命の危険を感じる訓練。今までやってきた自主練が遊びにしか思えない厳しさ。体力と気力を限界まで使い尽くして倒れても、魔法で無理矢理起こされる。ほとんど何も考えられなくなっているのに、生き残るため体が勝手に動いている状況。一日講義を受けただけで数日は動けなくなる疲労感。何度も途中で脱落しそうになったし、実際に逃げだそうとした受講者もいたけど、あっさり捕まえられて更に過激な訓練を施されていた。


たぶんそのおかげなんだろう。僕は彼女の講義を受けた後から、自分でも驚くほど実力がついてきた。以前は一対一でゴブリン相手にも苦戦していたのに、今じゃ二、三匹のオークと互角に戦えるようになっている。あっという間にアイアンランクに上がれたのも、全部彼女のおかげだ。


「お、アベルじゃないか。今日はどんな依頼を受けるんだい?」
「今日は討伐依頼です。ここから片道一週間ぐらいの距離にある山中に、オークが出たらしくて」
「頑張っているね。じゃあ早速手続きをしようか」


受け付けで顔なじみになったカミーユさんに依頼書を渡し、僕はさりげない感じでカウンターの奥に目を向けてみた。


「ラピスちゃんかい? あの娘は今日休みだよ」
「え!? いや、別にそんなんじゃないですよ!」
「そうかい? 誰か探してるような気がしたからさ」


ニヤニヤと笑みを浮かべるカミーユさん。恥ずかしさで顔が赤くなる。……これは完全にバレてるな。でもしょうがない。あれだけ魅力的な女の子がいたら、色んな人が好きになって当然だから。


「気のせいですよ……。それに、俺なんかじゃ彼女と釣り合うわけないし」
「まあ、今の段階ではそうだろうね。でも今後の努力次第じゃどうなるかわからないよ」
「……だと良いんですけど」


慰めてくれるカミーユさんに、僕は弱々しい笑みを返すしかなかった。でも……と、頭の中で考える。実際、彼女の横に立つ男っているんだろうか? あれだけの美人で、頭も良くて物凄く強い娘だ。普通の男じゃどんなに頑張っても振り向いて貰えると思えない。じゃあ貴族なら? いやいや、彼女は権力になびくような人じゃない。あくまでも噂だけど、先日も友達に乱暴を働いたレブル帝国の勇者を半殺しにしたって話があるし。勇者なんて、そこらの貴族より怒らせちゃいけない存在なのに。


「いっその事、勇者にでもなっちまえばどうなんだい? そうすりゃラピスちゃんも少しは考えてくれるだろうさ」
「!?」


とんでもないことを言い出したな。勇者って……いくらなんでも無茶苦茶だよ! 僕みたいな凡人がいくら頑張っても勇者なんて無理だ。焦りを浮かべる僕の頭を、カミーユさんは笑いながら撫で回した。


「ごめんごめん。ちょっとからかいすぎたね。勇者ってのは言い過ぎたけど、それぐらい高い目標をもって頑張ってみればって言いたかったのさ。とりあえずはゴールドランクでも目指してみなよ」


ゴールドランク――一つのギルドでも数の少ない凄腕達か。凄腕と言われるシルバーランクの中でも、特に大きな功績を残した者がなれる全冒険者憧れのランクだ。アイアンランクの僕にとって、遙か高みにある目標だけど……。そうだな。最初から無理と諦めてちゃ何も出来ないし、目指すだけなら誰に迷惑がかかるわけでもないし、やってみるか!


「わかったよカミーユさん。出来るかどうか解らないけど、僕、ゴールドランクを目指して頑張ってみる!」
「その意気だ! 男の子はそうじゃなきゃ! がんばんなよアベル!」


ゴールドランクならドラゴン討伐の依頼でも受けて、みんなの期待を一身に受けながら出発するんだろう。でも、今の僕はオーク討伐がせいぜい。いつかラピスちゃんに振り向いて貰えるような冒険者を目指して、僕はギルドを後にした。


§ § §


――インテグラ視点


私の名はインテグラ。ボルドール王国国王、ルドウィン陛下に仕え始めて今年で三十年になる。ルドウィン陛下が王位に就くために東奔西走したのも、今では懐かしい思い出だ。前王の時代、大国ではあるものの緩やかな下降線を描いていた我がボルドール王国は、陛下の治世になってから勢いを盛り返した。不正や犯罪を厳しく取り締まって王国中に目を張ると、飴と鞭を巧みに使い分けながら、国力を底上げするため民草の生活環境を積極的に改善してきた。おかげで年を経る毎に税収も食料収穫量も増えていき、今や周辺国より頭一つ分抜きん出る大国へと成長することが出来た。


そんな大国の中心部――王城の一角で、私は陛下と二人きりで今回起きた事件の概要を説明していた。ルドウィン陛下は五十の半ばで、豊かな髭と彫りの深い顔、そして鍛え上げられた体が特徴的なお方だ。若い頃は城を抜け出して色々と無茶をなさっていたが、今は流石に落ち着いていらっしゃる。私も陛下の付き人時代には散々苦労させられたものだ。


「……と言う事は、レブル帝国の勇者は、そのギルドの受付嬢に叩きのめされたというのだな?」
「はい。信じがたいことですが、事実のようです」


くどいぐらい何度も何度も同じ話を繰り返し聞いた後、陛下は頭を振りながら目頭を押さえた。付き合いが長いからわかる。陛下は今、この事実を何とか飲み込もうと努力しておいでだ。


「資料によると、その者はリッチに率いられた魔物の軍勢を一蹴し、短期間で受講生達の腕前を数段階上げているとなっている。……一体何者なのだ?」
「ラピスなる者の情報を可能な限り集めさせましたが、スーフォアに現れる以前の情報はほぼ皆無です。カリンとシエルと言う名の冒険者が、大陸端にある山中で偶然出会ったそうですが、なぜそこで暮らしていたのか、なぜ一人だったのかは、まるでわかっていません」
「おまけに、貴族階級でも見られないような絶世の美少女……か。このような者が今まで全くの無名であったなど、意図的に隠していたか、何かの企みがあるとしか考えられんな」


そう言って、腕を組みながら唸るルドウィン陛下。資料だけを読めば、誰かがふざけて上げてきた作り話だと思ったかも知れないが、何人か放っていた諜報員が同じ現場を目撃していたのだから疑いようがない。


「他国の間諜の類いではないのか?」
「可能性は低いかと。彼女は一連の事件で目立ちすぎています。あるとすれば、ある程度民の注目や人気を集めておいて、何かの企みに……例えば地方での反乱などを企んでいるかも知れませんが」
「それだと受講者の腕を上げる事に矛盾しているしな。いざ行動を起こそうとした時、敵になる人材を育てている事になる」


彼女の働きを見る限り、救われた者はいても害を与えられた者は存在しない。……もっとも、レブル帝国の勇者のように、悪意を持って彼女や周囲の人間に手を出した場合を別として。人々を救い、魔物へ対抗するための力をつけさせ、巨大な力を振るうことなく毎日コツコツ働いている。その行いは、声高に魔王討伐を叫ぶ自称勇者よりも、よほど高潔に見える。


「これは……一度直接会って話をしてみる必要があるな」
「陛下!?」


ポツリと呟いた言葉に慌てる私を、陛下は解っているとばかりに手で制する。


「もちろん危険なことは百も承知だ。しかし、それだけの力を持つ者を放ってはおけん。ラピスなる者がどんな人間なのか。何か企みがあるのか、ただ異常な力があるだけの善人なのかを、ワシ自身の目で確かめる必要があるだろう」


資料の報告通りなら、彼女には騎士団の精鋭達ですら簡単に殲滅する力があるに違いない。何者か解らぬ現段階で、陛下ご自身が直接面会するのは、非常に危険な賭だと言えた。しかし――


「承知しました。ではスーフォアのギルドに向けて、すぐに召喚状を手配します」
「うむ。頼んだぞ」


一礼して陛下の前を後にする。陛下が決断されたのなら、臣下として私がやることなど決まっている。無駄とは思うが、出来る限り彼女の力に対抗する手段を集め、陛下の身の安全を確保するだけだ。


「何も起きなければ良いが……」


一抹の不安を抱えながら、私は自らの執務室へと急ぐ。スーフォアの冒険者ギルド、その受付嬢である彼女を呼び出すために。

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