勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第17話 自称勇者

この大陸にはいくつもの国が存在している。その中でも俺の住む国ボルドールは大陸中央にある大きな国で、経済力も軍事力も周辺の国より頭一つ分抜けているそうだ。西に目を向けると光の神リュミエルを信仰する宗教国家リュミエールがあり、その北には軍事拡張を続けて周辺と緊張感を高めているレブルという帝国が存在する。そこから時計回りにボルドールを取り囲む国を簡単にし紹介していくと、ボルドールの真北にあり、住民の大半がエルフで、しかも共和制という珍しい政治体制の国ゼルビス。北東に位置する農作物の一大生産地であるホーネット王国。東には海運が盛んな国バリオス。南東には国土の大半が大規模な湿地帯で、リザードマンの国ベルシス。南には広大な砂漠と岩山の国ゼファー。そして最後。南西にある王国制のストローム。この国は特に目立つ特徴が無いそうだ。


国としてはこれで全部なんだけど、実はこの国々を全て合わせても、大陸の半分ぐらいしか占めていない。と言うのも、この大陸の西半分は魔境と呼ばれて人が寄りつかない危険地帯となっているからだ。魔境――そこには魔族と呼ばれる好戦的で強力な種族が住み、多数の魔物が徘徊している。まるで見てきたように言うと思われるかも知れないけど、実際に俺は現役時代に魔境の奥深くに侵入し、奴等の王である魔王を討ち取った過去がある。その頃に比べると魔境の範囲が随分広がっているのは、戦争で疲弊した隙を魔族に突かれたからだそうだ。


ある日の事、そんな多くある国々に対して、この国ボルドールの王様から重大な情報が提供された。言うまでも無く魔王復活の情報だ。と言っても確定ではなく、可能性があるという段階でしかないが。それでもいきなり攻め込まれるより事前に警戒しておいた方がマシなはずだと言う意味での情報提供だったみたいだけど、これが予想以上の混乱をもたらした。


リュミエールは神託も無しに信じることは出来ないと頭から否定し、レブル帝国は、居もしない魔王をダシにしてボルドールは周辺国へ侵略を企んでいると非難した。ゼルビス共和国は自国で防衛できるから問題ないと表明。海運国バリオスは忠告感謝すると形だけ返答して動きを見せず、ベルシスとゼファーに至っては返答すらない。まともな対応をしたのはホーネット王国とストローム王国だけだ。彼等はあまり多くの戦力を持たない上に、国力も他より多少劣る程度なので、いざという時ボルドールの戦力を当てにしているのかも知れない。


協力を断った国々が何も対策をしないのかと問われれば、明確に否だ。彼等は自国の兵士の質的向上とか、冒険者の優遇とか、色々と理由をつけながらではあったけど、自国の戦力を整え始めたらしい。素直に協力した方が手っ取り早いと思うのは俺だけじゃないだろう。


そんなわけで、ボルドールの王様が出した警告以来、大陸中の国が騒がしくなった。危険を冒して魔境に分け入り情報を得ようとする者は後を絶たず、復活したのかどうなのかハッキリとしない魔王を討ち取って名を上げようとする者も次から次と現れた。


でも、今一番厄介なのはそこじゃない。自称『勇者』を名乗る詐欺師が多数現れ、人々から金品などを不当に巻き上げる事件が頻発しているからだ。


俺が魔王を討伐した時、別に俺自身は勇者を名乗っていなかった。今回と同じく自称勇者は沢山居たけど、そのほとんどは魔境に踏み入る実力も無い詐欺師だったし、自分の実力をわきまえずに侵入した者達は残らず魔物の餌になった。


この時代でも同じ事が起きる可能性は高いけど、それをどうにかするのは偉い人の仕事だ。


この街で自称勇者が最初に確認されたのは一週間前。新しく家で三人仲良く食事を摂りながら、その日あったことを色々と話していた時、カリンが妙な噂を拾ってきていた。


「勇者様が来てるらしいよ! 凄く立派な装備を身に着けて、物凄く強そうな人なんだって!」
「その連中なら私も見たかも。お供が二人居る奴でしょ?」


どうやらシエルも目撃していたらしい。俺としては反応に困る。今更自分が元勇者だと名乗り出る気も無いし、それ相応の実力者が魔王を何とかしてくれるんなら、そっちの方が楽だから応援したい気分だ。まさか元勇者が同じテーブルで食事を摂っていると欠片も思わない二人は、勇者談義に花を咲かせている。


「勇者様は魔境入りの前に英気を養う目的でこの街に来たんだって!」
「勇者って言うぐらいだから強いんでしょうね。だって魔王を倒す力を持っているんでしょ? ラピスちゃんとどっちが強いのかしら」
「あ、興味あるねそれ! ラピスちゃん、明日休みでしょ? 一緒に見学に行こうよ!」
「……勘弁して……」


もうそう言ったゴタゴタには巻き込まれたくないんで回避したかったのに、翌日俺は二人に引き摺られるように街まで連れ出された。余所行きの服に身を包んだ三人を冒険者と気がつく人は少ないと思う。


「これ、全部勇者様目当ての人だかり?」
「みたいね。なんかパレードでも始まりそうな感じだわ」


勇者一行が宿泊している宿の前は人だかりで溢れていて前が見えない。大通りの半分以上を見物客が占めているので、周りの商店の店員が迷惑そうな顔をしている。勇者が宿泊する宿は高級宿だけあって、入り口には強面の門番が二人控えているので、流石に宿の中まで押しかける輩はいないようだけど、その分宿の入り口が混雑していると言うわけだ。


「きゃあああー!」
「勇者様ー!」
「こっち向いてー!」


三階建ての最上階にある窓から時折勇者らしき人物が顔を出して手を振っている。その度に群衆からは――主に女性からは黄色い声援が飛び、あまりの騒ぎに耳が痛くなるほどだ。一体何処に興奮する要素があるのかと、膝をつき合わせて問い詰めたい衝動に駆られるのを堪える。チラリと目にした勇者の姿は、万人が望むような、これぞ勇者――と言うべき出で立ちだった。金髪碧眼、色白でスマートな体型。整った顔立ちは女性からの圧倒的支持を得るのも頷ける作りで、まるで物語に出てくる王子様そのものだった。勇者より役者が向いてるんじゃないかと思わなくもない。


「なんか凄いね……ここまで人気あるんだ……」
「この様子じゃ直接会うとか無理よね。何か強力な魔法を知っているなら情報を引き出したかったんだけど」
「じゃあもう帰ろう。ここで窓を眺めてるより、何か美味しいものでも食べに行った方がマシだよ」
「……そうだね。そうしよっか」
「残念。有名人に会える機会って滅多に無かったのにね」


俺の説得で二人は渋々納得してくれて、ようやくこの場を離れる事が出来ると内心ホッとしていたのも束の間、俺達の周囲が再び歓声に包まれる。また勇者が窓から顔を出して手でも振ったんだろうと思い、そのまま無視して立ち去ろうとした時、不意に肩を叩かれた。振り返ると、そこには筋骨隆々な戦士が一人、笑顔を浮かべて立っていた。コイツは確か……勇者の取り巻きの一人だったよな? 俺に何の用なんだ?


「お嬢さん。勇者様が部屋でお茶でもどうかとお誘いになっています。連れの方もご一緒に。如何ですか?」


何かと思えばナンパかよ! チラリと顔を出した時にこっちの顔でも確認してたのか? 目ざとい奴だ。ますます信用出来そうに無い。今の時点で俺の勇者に対する心証は最低になった。


「悪いけど用事があるから断――」
「行きます!」
「ラピスちゃん! せっかくのお誘いなんだから乗らなきゃ損よ! さあ、早く行きましょう!」


勇者にまるで興味がない俺は当然断ろうとしたのだけど、それは二人によって即座に阻止された。こんな時の二人は強い。俺が無駄な抵抗を試みている間にも両方から手を引っ張られて、あっという間に宿の前だ。突然勇者のお供に連れてこられた俺達は当然周囲の人からは注目されてしまう。そんな彼女達の視線を浴びつつ宿の中へ案内される俺達に、背後から容赦の無い罵声が飛んだ。


「ええー! なんであんなちんちくりんが!」
「勇者様に色目でも使ったんでしょ! このブス!」
「身の程わきまえなさいよ!」


後ろで色々言われていたけど、ドアを閉めることでそれもかなりシャットダウンできた。


「ブス……ブスって……」
「大丈夫ラピスちゃん? なんか疲れてそうだけど」


珍しく落ち込んでいる俺をシエルが心配そうに覗き込んでくる。力なく笑みを返しながら、大丈夫だと手を振ってみせる。


「……大丈夫。こんなに文句言われると思わなかったから驚いてるだけ」


本当はブス呼ばわりされた事で地味にダメージを受けただけなんだけど、それは言わなくても良いだろう。


「こっちだ」


今まで丁寧な物腰だった戦士は、宿に入った途端紳士の仮面をかなぐり捨てたように、急に横柄な態度で俺達の行き先を顎で指し示す。その態度の大きさに少しイラッとしたのは俺だけではないようで、カリンとシエルも怪訝そうに眉をひそめている。


「……どうする?」
「……ま、まあ、ここまで来たんだし。せっかくだから行ってみようよ」
「そうね。短気をおこすのは早すぎるでしょ。あの男だけが偉そうなのかも知れないし」


二人とも気長だなぁ。別に相手は王様でもないんだし、嫌になったら帰れば良いと思うんだけど。このへんが社会経験の差なのかな? 見習わないと。男に案内された俺達は、宿の三階へと続く長い階段を無言で歩く。気配から察するに、他の部屋に客が泊まっている様子がない。貸し切りなのかも知れない。


「ここだ。入れ」


三階の一番奥にある部屋は他より広い作りらしく、両開きの扉になっている。ドアの付近には豪華な花が所狭しと並べられ、この宿の歓待ぶりがうかがえた。先に入った戦士に続いて中に足を踏み入れると、さっき窓から姿の見えた勇者その人と、彼の仲間らしい男が思い思いに寛いでいた。バタリと閉められたドアに目をやると、ここまで案内してきた戦士が仁王立ちしている。まさか閉じ込める気か? 警戒しつつ、促されるように三人バラバラに豪華なソファに座る。


「いらっしゃい。窓から外を見た時、ちょうど君達が目に入ってね。お茶に誘わせてもらったんだ」
「はあ……」


勇者……を名乗る男は、そう言って断りもなく俺の横に腰掛けた。勢いよく座ったので真横に居た俺の体が少し浮き上がる。キザったらしく格好をつけているけど、所作が随分がさつな奴だな。カリンとシエル、二人の横にもそれぞれ別の取り巻きが腰掛けた。彼女達を見る視線から良くないものを感じるな。おかしな事にならなきゃ良いけど。


「とっくに知ってるだろうけど、改めて自己紹介をさせてもらうよ。俺の名はワイアット。この世を救う勇者として将来の約束された男だ」


自慢の金髪を片手でかき上げるワイアット。お前の名前なんて聞いたことも無いし興味もないよ――とは流石に言えず、愛想笑いで応えるのが精一杯だ。チラリと二人に目を向けると、明らかにドン引きしているのが解る。この短いやり取りだけで二人の評価を最高から最低にまで落とすなんて、なかなか出来ることじゃないぞ。やるじゃないか。


軽蔑の籠もった生ぬるい目で見つめる俺達に何を勘違いしたのか、ワイアットは何本もある酒瓶を手に取り、俺の目の前にあった杯へドバドバと注いでいく。高級酒と思われるそれを遠慮無く注ぐものだから、テーブルの上は飛び散った酒で汚れ放題だ。妙に酒臭い部屋だと思っのはこれが原因だったのか。


「良かったら飲んでくれ。君達じゃ滅多に口に出来ない高級酒だぞ?」
「い……いたただきます……」


いちいち上から目線で人の神経を逆なでする奴だな。申し訳程度に口をつけて一つ深呼吸をしてみたら、ささくれ立っていた気分が少し落ち着いてくれた。まだワイアットが本物か偽物かを確かめてないし、怒って帰るのは早すぎる。それにカリンとシエルも彼等に聞きたいことがあるみたいだし、ここは我慢だ。そんな中、口火を切ったのはカリンだった。


「あの……勇者様は強いんですよね? 冒険者だと思うんですけど、今はどのランクに位置しているんですか?」


取り巻きの一人から馴れ馴れしく肩に回された手に、顔を引きつらせながら健気に質問したカリン。なかなか頑張ってるな。


「俺達はランクなどというくだらない枠に捕らわれたくないんでね。敢えて冒険者として活動しないことにしているんだ」
「じゃあ普段の活動資金とかどうしてるんですか? この宿の宿泊費も高いんじゃ……」
「俺が勇者だとわかったらタダで泊めてくれたよ。この街だけでなく、勇者に協力したいと思う人々は多いからね。そんな人達の善意で生活してるんだ。世界を救う力になりたいと努力する彼等には頭が下がるよ」
「…………」


それはつまり、働いてないって事じゃないのか? 呆れられてるのにも気がつかないのか、ワイアットはまるで自分が困難を乗り越えてきたかのように、芝居がかった動きを見せる。そんな彼に今度はシエルが挑むみたいだ。


「勇者様は魔法も使えるんでしょう? どんな系統が得意なのかしら? 参考までに聞かせて頂ける?」
「俺ほどになると全部使えるさ。苦手な系統なんて無いね」
「凄い! 流石だわ! 私が知る限り、全属性を使える人なんて一人しか居ないのに!」
「大したことじゃないさ! 勇者ならそれぐらい出来て当然だろう?」


シエルの言った一人ってのは、たぶん俺のことだな。それにしてもシエル、ワイアット達の態度が余程お気に召さなかったみたいだ。言葉だけ聞くと感動しているように思えるけど、目が全然笑ってない。あれは獲物を見る狩人の目だ。


「当然無詠唱なんですよね?」
「当たり前だろ? 大した技術じゃないさ」
「ですよね。無詠唱なんてギルドの受付嬢でも使えますから。ちなみに、貴方の横に座ってる娘も使えますよ」


ギョッと目を剥いて俺から距離をとるワイアット。おいおい、そんなあからさまな態度だと、嘘ついてるのがバレバレじゃないか。


「へ、へぇ~……大したもんだな。君は魔法使いなのか?」
「……魔法が専門てわけでもないですよ。一通りの武器は使えますし」
「私達の師匠なんですよ! 可愛いけど物凄く強いんです!」


自分で言うのもなんだけど、見た目だけなら三人の中で一番弱そうなのが俺だろう。そんな娘が師匠だって言うんだから、ワイアット達も冗談を言っていると思ったようだ。


「ははは……。まんまと騙されたよ。こんな可愛らしいお嬢さんが魔法使いなわけがないな」
「なあワイアット。いつまでくだらんお喋りを続けるつもりだ? せっかく連れ込んだんだからそろそろ楽しもうぜ」
「そうだな。そうするか」


ワイアットの手が伸び、俺の体は強引に抱き寄せられる。カリンたちも似たような状況になってるが、誰一人悲鳴を上げたりしない。当然だ。今のやり取りをしている間に連中を観察してみたけど、コイツらは弱い。たぶんカリンだけでも全員叩きのめせるぐらいの腕しかないから、焦る必要が無いんだ。


「誘いに乗ったってことは、君達もこうなる事は承知の上なんだろう? 俺達と楽しもうぜ」


伸ばされた手が俺の顎をクイッと持ち上げる。生理的に受け付けない顔が無遠慮に近づいてきて、無理矢理唇を奪われそうになったまさにその時、俺の口から言葉が漏れた。


「……その前に、一つ質問して良いですか? 貴方は勇者なんですよね。なら、こんな所で遊んでないで、さっさと魔境に行った方が良いんじゃないですか?」
「そんな危ないことするわけないだろ? 俺は勇者なんだぜ? 勇者ってのは希望なんだ。俺が死んだら多くの人が絶望する。彼等のためにも、俺は安全な場所に居るべきなんだよ」


……今ので確信した。コイツは勇者を名乗るただの詐欺師だ。恐らく今回のような手口で無銭飲食を繰り返したり、女の子を泣かせてきたに違いない。実力が及ばなくても心から世界を救いたいと願っているのなら特に手を出すつもりもなかったけど、ただの詐欺師なら懲らしめる必要がある。


「なるほど、よくわかった。お前は――いや、お前達はただの屑だな。カリン、シエル。コイツらを捕まえるぞ」
「了解!」
「当然ね」
「おいお前等! 妙な事を考え――いでででで! は、離せ! ちくしょう! 離しやがれ!」


カリンに手を出そうとしていた男――ここに案内してきた戦士の腕を、彼女は自分から抱え込んで素早く関節を決める。シエルに覆い被さろうとしていた男が慌てて駆けつけようとした瞬間、男は声も上げずにその場に崩れ落ちた。股間を思い切り蹴り上げられたのか、悶絶しながら転げ回っている。


「な!? 正気かお前等! 勇者である俺に刃向かう気か!」
「勇者じゃなくて詐欺師だろ? 婦女暴行未遂の現行犯だ。大人しく捕まってろ」
「ふざけるな!」


掴みかかってきたワイアットの腕を避け、彼の額に人差し指を打ち込むと、ワイアットは白目を剥いてその場にひっくり返った。今のは俺独自の対人制圧術で、相手の脳だけ揺さぶる技だ。文字通り瞬殺された偽勇者パーティーは、今の荒事だけで実力差を痛感したのか、顔を青くして身を震わせている。恐らくこれから先の事を想像しているんだろう。


たぶん彼等の被害はこの街だけじゃなく、ボルドール全体に広がるはずだ。自分から顔と名前を広めたんだから、ちょっと調べれば余罪が山ほど出てくるはず。長い長い裁判の果てに、彼等がどんな末路を辿るのかはわからないけど、明るい未来じゃないのは確かなはずだ。衛兵を呼びに行ったカリンの背を見送り、何事かと部屋を覗き込んでくる店員達に事情を説明しながら、俺はポツリと呟く。


「勇者なんて貧乏くじでしかないのに……。進んでなりたがるなんて奇特な奴だ」
「ラピスちゃん、何か言った?」
「なんでもない。それより、コイツらを突き出したら何か甘いものでも食べに行こうよ」
「良いわねそれ。気分転換になりそうだわ」


自称勇者なんて騒ぎはもうこれっきりにして欲しいね。少なくても俺の前には二度と現れて欲しくない。そう思っていた俺だけど、どうもこの世界は俺に優しくないらしい。次の勇者が時間をそれほど置かずに現れたからだ。

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