勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第15話 槍のコース

――ウィリアム視点


俺の名はウィリアム。今年で二十五になる中級冒険者だ。アイアンランクになったのは何年も前だが、そこからなかなか上に上がれず苦労している。今回この国にあるいくつかの街に訓練所が設けられると話に聞いて、他国からはるばるこの街までやって来た。なんでも各地で魔物が活性化している現状に対する対策として、国が主導している方針らしい。冒険者や兵士、平民貴族の身分どころか、年も年齢も種族も関係無く受け入れるってんだから、俺にとっちゃ物凄くありがたい事だ。


出来ばかりの訓練所は街の郊外にあり、かなりの大きさを誇っている。それこそ牧場がいくつか収まってしまうんじゃないかと思えるような広さだ。中にはそれぞれ専門の施設が用意されていて、剣術や槍術は勿論、魔法や集団戦の方法まで教える施設が作られている。それぞれの施設がかなり大きくスペースをとっているので、窮屈な思いをしながら武器を振り回すことにはならないようだ。


そして俺が受講するのは槍のコース。冒険者になりたての時は剣を使っていたんだが、どうにも相性が良くないのである時から槍に切り替えた。剣よりリーチがあって、突いて良し払って良しの槍は俺に向いていたようだ。しかしそれも中級までしか通用せず、強力な魔物に対しては決定打に欠けていた。中級の壁を破り、冒険者として一つ上のクラスを目指す――俺がここを訪れたのはそれが理由だった。


周囲には俺と同じような冒険者や、明らかに駆けだしと思われる小僧の姿もちらほらとある。そして兵士の装備を身に着けたオッサンや、俺と同じ歳頃の兵士まで参加している。参加者の実力によって教え方を変えてくれるらしいので、極端に強い奴や弱い奴が模擬戦をやらされるって心配はなさそうだ。


それにしても教官は遅いな……いつになったら来るんだ? もう開始時間はとっくに過ぎてるんだぞ。


「おいおい、俺達の事忘れられてるんじゃないだろうな?」
「まさか……。まぁ、出来たばかりの施設だし、連絡が上手く行ってないのかも知れないぞ。もう少し待ってみよう」
「格安で強くしてくれるって言うんだから、これぐらいは我慢するか。もっとも、これで俺より弱い教官が来たら帰るけどな」


いつまで経っても現れない教官に痺れを切らしたのか、何人かがあからさまに不満を口にしている。俺も口にこそ出さないが少しイラついてきていた。そんな時、訓練所の事務所が入っている大きな建物の方から、誰かが猛スピードで走ってきているのが見えた。文字通り土煙を上げながらだ。どれだけの脚力があればあんな速度で走れることが出来るんだと目を疑っていると、その人物は俺達の前に辿り着いた途端土砂を巻き上げながら停止した。


――土砂を巻き上げる? 巨大な魔物ならいざ知らず、なんで走ってた人間が止まるだけ
で土砂が巻き上げられるんだ? 意味がわからずその人物を見たところ、どうやら足を地面にめり込ませて急停止したらしい。彼女の左足が半分ほど地面にめり込んでいるので、俺の気のせいじゃないはずだ。


「お、お待たせして申し訳ありません! ちょっと時間割をまちがえちゃって!」


勢いよく頭を下げたその女の子は驚くほどの美貌を備えていた。ここまでの美形は、美形の代名詞であるエルフにだってお目にかかったことがない。よほど焦っていたのか髪は乱れ、額に汗が浮いているけど、それすら彼女を彩る装飾品の一部に思えた。


「あ……ええと……お姉ちゃんが教官なのか?」
「はい。お……じゃなかった、私が今回槍の技術指導をするラピスです。これから二週間は私が槍の担当をする事になりました。みなさんどうぞよろしくお願いします」


そう言ってぺこりと下げられた頭。周りの連中が困惑するのが見えた。そりゃそうだろう。彼女はどうみても戦えるような外見はしていない。近接戦闘が出来るほど鍛えているようには見えないし、冒険者だって言うなら良いとこ魔法使いとしか思えない。こんな若い娘が俺達に何を教えるって言うんだ?


改めて彼女を観察してみる。体にピッタリと貼り付いた半袖半ズボン……これはスパッツとか言う、王都で流行り始めてる服だな。それを身に着けて手には訓練用の槍を手にしている。髪は頭の後ろで括っているから、体を動かす前提なんだろう。どうも本気で教官をやる気のようだ。


「ちょっと待ってくれよ! 俺は腕の良い教官から槍の神髄を教えて貰えると聞いたから、わざわざ他国からここまで来たんだぜ? 何が悲しくて自分より弱そうな姉ちゃんに指導されなきゃならないんだ? みんなもそう思うだろう?」
「そうだそうだ!」
「俺達は真剣なんだよ! ふざけてるなら帰ってくれ!」


参加者の半分ほどが抗議の声を上げたが、彼女は涼しい顔で笑顔を浮かべているだけだ。俺も同じ心境だったが、こんな若い女の子を怒鳴りつけたって仕方がない。抗議は直接ギルドの偉いさんにやった方がマシだろうに――そう思いつつ何となく周囲に視線を向けると、抗議していない参加者達が一様に青い顔をして固まっていた。何だ? まるで危険な猛獣を挑発してしまった時のような顔じゃないか。


「とにかく、お前の指図は受けねえ! ちゃんとした教官を連れてこい!」
「怪我しねえうちにとっとと消えな小むす――!?」


ガラの悪い冒険者達がそう言いかけた瞬間、今までニコニコ微笑んでいた彼女から、とんでもない殺気が叩きつけられた。本能的な恐怖に体が逆らえずガタガタと手足が震え、歯の根が合わない。嘘だろ!? 命のやり取りなんざ散々やって来た連中が、ビビって声も出なくなっちまってる! 何者なんだこの娘っこは!?


「……外見だけで侮るのは止めて貰えますか? こう見えても私はあなた方より強いと自負していますので。それでも納得いかないという方には、直接刃を交えて納得して貰うしかありませんよ。……どうします?」


さっきまで元気よく声を上げていた連中が揃って首を左右に振る。当然だ。本能がガンガンに警告音を出してるんだぜ。絶対戦っちゃいけない相手だってな。なるほど、大人しくしてた連中は、最初からこの娘っこの強さを知ってたってわけか。それで青い顔をしてたと。俺達が怒らせた事で、自分達にとばっちりが来るのを怖れたんだな。


「結構。なら今から訓練を始めましょうか。一応初心者、中級者、上級者と三班に分かれてもらって、それぞれにあったやり方で教えていく予定です。自分がどれに該当するかを各自で判断してもらって訓練を続けていく内に、それぞれに見合った班に移動してもらうこともありますので、それだけご了承ください。それじゃ班分けしましょうか。初心者の方はそっちに固まって、上級者の方はあっちに集まってください。中級者はここに残るように」


パンッと手を叩かれて参加者が動き始める。全員がダラダラとせず小走りで移動する様子を見ていると、既にこの娘っこ――ラピス嬢の従順な生徒みたいだ。


「まず初心者の方。槍を持ってきてない人は居ますか? ……いないようですね。なら準備運動から始めますね。全員槍を構えたまま、この運動場を三十周してきたください。走り終えたら次のメニューに移ります」


三十周が準備運動って……。青い顔をした初心者達に思わず同情してしまった。この槍専用の訓練場所――運動場は広い。俺が全力で走っても一周するのに十分はかかりそうな広さだ。それを三十周。しかも初心者が槍を構えたままだってんだから、下手をすりゃ死人が出かねない。いくらなんでも無茶だと思うが、ラピス嬢はニコニコしながらこう付け加えた。


「安心してください。倒れても魔法で復活させますから。体力や体の傷は元に戻せるけど、気力はどうにもならないから頑張ってくださいね。倒れるまで体力と筋力を使わせて、魔法で瞬時に回復させるのを繰り返す――これが初心者向けのコース内容ですんで。その分一気に強くなれますよ。運が良いですね皆さん!」


鬼だ。ラピス嬢の中身が魔物だとしても俺は信じるぜ――って、ちょっと待ってくれよ。悲壮な覚悟で走り出した初心者に同情している場合じゃない。あれで初心者向けって事は、中級者や上級者は一体何をやらされるんだ!? 依然変わらぬ笑顔を浮かべたラピス嬢に底なしの恐怖を感じつつ黙って彼女の声に耳を傾けていると、信じられないような内容が耳に飛び込んできた。


「中級の皆さんは制限をかけながらの戦闘訓練です。今から皆さんに重力魔法をかけますから、その状況下で私の作り出したゴーレムと戦ってもらいます。皆さんの数が三十人ちょうどなんで、三班に別れて一体ずつです。見ず知らずの人間との連携、そして筋力、戦いの勘、全てが鍛えられるお得なコース内容となってます。良かったですね!」


あ……悪魔だ。重力魔法って何だよ!? そんなの実際に使える奴を見た事無いぞ! 王都のギルドなら高ランクに居るかも知れないが、この辺境で使える奴に出会うなんて……しかもゴーレムだと!? 召喚や回復まで使うなんて何者なんだよ!


「じゃあゴーレムから……」


俺達の戸惑いを無視したラピス嬢が腕を振るうと、土が盛り上がってあっという間に巨大なゴーレムが出来上がった。それも三体同時に。まるで夢か幻でも見てるような気分だが、驚く俺達の体が急に重くなった事で現実に戻された。


「くっ!?」
「な、なんだこりゃ!?」
「立ってられない!」


体が重い! いや、体だけじゃない。身に着けている全ての物が重くなってる! 慣れ親しんだはずの革の鎧が、まるで全身鎧を着込んだみたいにデタラメな重さになってやがる! しかも、槍まで似たような状況だ。持ち上げるだけで一苦労だぞこりゃ!


「これで大体二倍ぐらいの重力になってます。この環境で普通に動けるようになれば、一般的なシルバーランクを圧倒する実力が身につくはずです」


そう言うラピス嬢は、同じ環境に居るはずなのに顔色一つ変えてない。彼女にとってこんなものは、慌てる必要のない事態なのか!?


「それじゃ私は上級者の皆さんに訓練メニューを伝えてきます。時々様子を見に来るんで、みなさんはこのままゴーレムと戦っててください。一応手加減するよう命令してあるんで死人は出ないと思いますから。じゃあ頑張って」
「ちょっ!」
「まって!」
「体が! 動かな――」


 未だ立つことも難しいこの状況で、ゴーレムは地響きを上げながら俺達に向かって歩いてくる。無慈悲に振り上げられた拳と引きつった俺達の顔。誰かが見ていたなら笑うか哀れむかしてくれただろうが、残念ながら意識の飛んだ俺達に、それを確認する手段はなかった。


§ § §


気絶したと思ったら体中を襲う痛みで目が覚める。ああ、また立ってた地面ごと吹き飛ばされたのかと思い、傍らに転がっていた誰の物とも知れない槍を掴んで立ち上がる。俺が無言で横に立つ兵士に視線を向けると、彼の方もわかったとばかりに無言で頷いた。口を開くのも惜しいぐらい体力を使っている中、俺達は自然と他の参加者の間で連携が取れるようになっていた。命の危機に理性が吹っ飛んだのか、それとも人間に備わっている原始的な部分が目覚めでもしたのか、知らないうちにそうなったんだ。これがラピス嬢の狙いだとしたら大したもんだと心底思う――が、今俺達に共通しているのは感謝よりも恨みの感情。ゴーレムに何回殴られたかわかりゃしない。まともに受けると吹き飛ばされて気絶。かすっただけでも吹っ飛ばされて何処か怪我をする。いくらなんでもやり過ぎだろうと思う。しかし抗議したらもっと酷い目に合わされそうなので、黙って耐え忍ぶしかない。


信じられない事に、ラピス嬢は訓練所全体を見渡せる空中にポツリと浮かぶと、骨折などをした者を発見した場合文字通り飛んできて治療を行う。だからといって手助けしてくれるわけじゃ無い。治療だけしたら、相手が気絶してようが泣きわめいていようがお構いなしで、あっさり元いた位置に戻って再び監視の続行だ。中級者コースの俺達だけならともかく、初心者コースや上級者コースの全員を見ながらそれをやれるんだから、俺はあの人の事を神か悪魔の類いだと思うことにした。あんなの絶対人間の括りに入れちゃいけない。俺達とは根本的に何かが違うんだ。


ここから俺達が生き残る方法――それは単純に強くなること。強くなりさえすれば、あの天災――いや、天才も納得してくれるに違いない。そんな事を考えながら、震える足を気力で奮い立たせ、俺は今日何度目かの突撃を行うのだった。


§ § §


ラピス嬢――いや、先生のありがたい訓練が始まってから、今日でちょうど二週間。厳密に言えば二週間の間の六日間。俺達槍のコース受講者は、全員が見た目で解るほど鍛え上げられていた。三十周で音を上げていた初心者達は見違えるほど体力がつき、今や槍を振り回しながら六十周を走りきる体力と筋力を身につけている。


中級者である俺達は戦闘に必要な能力が全て底上げされている。槍を振り回す筋力、敵を翻弄する速度、痛みに対する耐性、絶望的な状況でも諦めない不屈の心。そして見ず知らずの人間が望む次の行動の予測など、まともな冒険じゃなかなか手に入らないような力を参加者全てが身につけていた。


上級者コースの受講者はそんな俺達より遙かに強くなっている。連中、どうやっているのかわからないが、槍の穂先に魔力を纏わり付かせて、武器の威力を何倍にも引き上げる技を身につけていた。俺達中級者コースの受講者があれを身に着けようと思ったら、次に先生が槍のコースを教える時まで待たなければならない。


「……知らないうちに続きをやりたくなってたな。これも先生のおかげかな?」


自分の心境の変化に苦笑が漏れる。最初は逃げ出すことばかり考えていたと言うのに、今じゃ次の受講が待ち遠しくて仕方がない。この短期間に目に見えて強くなった自分自身に驚くが、この先があるのだと解ったら止めるわけにはいかない。なぜなら、先生について行けば、俺は確実に一流冒険者の仲間入りが出来るはずだからだ。


「えーと、みなさん。講習は本日で最後です。まずはここまで着いて来てくれたみなさんにお礼を言います。ありがとうございました」


ペコリと頭を下げる先生に対して、俺達は一斉にガバッと頭を下げた。最初の態度が嘘のような光景だ。でも、誰もそれを不自然とは思わない。当たり前なんだと体と心にすり込まれている。


「この二週間で、皆さんは多少力を向上させることが出来たと思います」


これが多少扱いなんだから、この人はどれだけ底なしなんだろうか。今更先生のそんな部分に驚いたりはしないが、心の中で呆れてしまう。


先生の話は続く。


「上級者コースの方はこれで終了となりますが、初級者と中級者の方は再びこのコースを受けて頂いて構いません。次の週から別の講師が担当することになっているので、私がこの槍コースに戻ってくるのは当分先です。なので私に指導を受けたい方は、この後事務所で予約の手続きをしておいてください」
「先生は次にどこのコースを受け持つんですか?」


一人の冒険者が手を上げて尋ねると、先生は少し思い出すような素振りを見せた。


「次は弓ですね。その次が魔法。剣、格闘、短剣、棍棒と続いて、また槍に戻ってきます。それぞれ期間は二週間で、実際に動くのは週三日ですから、槍は当分先と言う事になります。それでも良ければ予約していってください」


額に一筋の汗が落ちる。予想はしてたけど、実際耳にするととんでもないな。つまり、先生は実技を全部教えることが出来るって事じゃないか。他のコースじゃ昔名を上げた冒険者や兵士が受け持っているようだが、ここまでハッキリとした形で成果を出しているコースは一つもないはずだ。これと同レベルを全コースってんだから、あと一年……いや、半年もすれば、この街周辺の戦闘職の連中は、みんながみんな異常な強さになってるんじゃないのか? 末恐ろしいぜ。


「それではみなさん、お疲れ様でした。また機会があったらご一緒するかも知れませんが、その時はよろしくお願いしますね。では解散です」


あっさりと。非常にあっさりとした挨拶を最後に、先生は背を向けてサッサと運動場を後にする。集まっていた連中はその場に留まり、今後のことをどうするのか、仲良くなった連中と話しているようだ。士官希望の者は試験を受けるだとか、冒険者は難しい依頼に挑戦してみたいだとかの話題で盛り上がっている。そんな中、俺は一人冒険者ギルドに向けて走り出す。


どうするかなんてもう決めている。一体どれぐらい強くなったのか、依頼の中の戦いで確かめてみたいからだ。勢いよく飛び込んだギルドの受付で、俺達を散々しごいた鬼教官を見つけて悲鳴を上げることになるのだが、この時の俺には知る由もないことだった。

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