勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第11話 魔物の氾濫

「全滅って……一人も残らなかったって事ですよね。ゴールドランクはかなり腕の立つ冒険者じゃないとなれないんじゃ……」
「そうなんだが、一人残らず全滅だそうだ」


ある日の業務終了後、臨時のギルド会議を行うと聞いて会議室に集まった俺達は、ギルドマスターのクリークからダンジョンの内部調査に向かったパーティーが全滅した報告を聞かされた。ちょうど彼等がダンジョンに入る頃カリンとシエルの二人も入り口に居たそうで、そんなパーティーが中に入って行ったと愚痴混じりで聞かされていたんだけど、まさかこんな結果に終わるなんて予想外だ。集まった面々の表情は暗い。それも仕方ないか。なにせ今回全滅したのはこのギルドで一番強いパーティーだし、その上他のギルドからの応援まで加わっていたそうだから、事実上王を討伐すると言う依頼は達成不可能になったと見て良い。それはつまり、魔物の氾濫が防げない状況になっている事を意味している。


「マスター、どうするんだ? このままじゃ近いうちに魔物の大軍が襲いかかってくるんだろ?」
「住民に避難勧告しておいた方が良いんじゃないでしょうか……?」
「それもだけど、ランク関係無く戦力として冒険者をかき集めておいたらどうだい? ここの兵士だけじゃ守り切れないだろうし」


職員達が口々に対策案を出している。俺も何か言えれば良いんだけど、生憎何も上手い手が思いつかない。いつも一人で突っ込んでばかりだったからな……。


「みんな落ち着いてくれ。この報告は領主様にも届けられているし、既に戦力増強のために各地のギルドに向けて応援要請をしてある。住民の一時的な疎開先として、周囲の町や村に協力してくれるよう頼んでいる最中なんだ。実際の戦闘になる時は、兵士と冒険者しか街に残らないはずだ」


みんながホッと胸をなで下ろす。仕事が速くて的確だな。流石クリークだ。俺が密かに感心している中、ミランダさんが手を上げる。


「マスター。敵の情報は何か入っているの? 連中もただやられたってわけじゃないんでしょう?」


クリークは頷き、少し咳払いをしてから話を続ける。


「少しだけなら情報がある。全滅したパーティーのメンバーが事切れる前に知らせた情報によると、敵はアンデッド。しかもかなり高位のアンデッドだそうだ。高位と言うからにはゾンビやスケルトンの類いではあるまい。最低でも死霊……王となるぐらいだから、リッチかヴァンパイアではないかと睨んでいる」
「そんな!?」
「リッチかヴァンパイアって!」
「そんなのどうやって倒すんだい!」


場が騒然となる中、俺は周りの反応に戸惑っていた。リッチ――死霊系のアンデッドの中では最高位の魔物だ。聖職者が闇に落ちてアンデッド化したり、死霊魔法の使い手が自ら望んでリッチとなる場合がある。どちらも高レベルの魔法を使い、普通の人間ならその身体から漏れ出る瘴気だけで殺す事が出来る強力な魔物だ。


そしてヴァンパイア。これは言わずと知れた吸血鬼だ。体をあらゆる生物に変化させたり、霧に変化させたり出来る特殊能力を持っている。力も強く体も頑丈で、身体能力だけでも、並の冒険者など相手にならないはずだ。そしてヴァンパイアの一番厄介な能力はその回復力だ。どこかに隠してある棺を壊されない限り、奴等はほぼ不死身と言っていい回復力を見せる。逆に言えば、棺さえ壊してしまえば誰でも倒せると言う事なんだけど。


どちらも現役時代に何度か戦った事がある魔物だった。未熟な時はそこそこ苦戦したけど、今なら余裕で倒せる魔物でしかないし、昔は俺以外の奴でも倒せていた敵だ。しかしまぁ……今の冒険者達を基準にすると、厳しい相手なんだろう。


「連中に対抗するためには聖属性の魔法……つまり回復魔法や浄化魔法が一番効果的なんだが、現状、聖職者達の協力が思うように得られていない」
「そんな……それはどの教会もって事!?」
「今の所、戦神ゲールの神殿と豊穣の神ファルティラの神殿は協力を約束してくれている。しかし光の神を祭るリュミエルや、知恵、商売、匠、の神殿からは色よい返事をもらえていないんだ」


苦虫を噛み潰したような表情になったクリーク。みんなも同じように不満そうだ。何故全ての神殿から協力を得られないのか、街に住んであまり長くない俺でもなんとなく事情を察する事は出来た。協力を約束しているのはこの街でも信徒の多い宗派の神殿で、それ以外は信徒の少ない神殿ばかりだ。つまり単純に神官の数が少ないのが理由の一つとしてあり、あとは自分達を優遇してくれない街に対して、命懸けで協力したくないと言う意思表示なのかも知れない。


なんだかなぁ……。こんな時こそ率先して協力すれば、評判が上がって信徒が増えると思うんだけど……。俺の考え方が間違っているんだろうか。


「そんなわけで、神官の数はあまり期待できない。つまり主力はあくまでもこの街の兵士と私達冒険者と言う事になる。そこでだ。事が起きてから慌てるわけにはいかんので、事前に役割を決めておこうと思う。聞いてくれ」


そう言うと、クリークは大きな一枚の紙を取りだして壁に貼り付けた。それにはギルドの面子の名前と役割がそれぞれ記入されている。たとえばギルドマスターのクリークなら、冒険者を率いて前線の指揮とか、カミーユさんなら後方での支援活動とか、ミランダさんは各部隊の伝令のまとめ役とかだ。俺の仕事は何だろうと思って自分の欄に目をやると、そこには予想外の文字が書かれていた。


「あの、マスター。俺の仕事が……」
「ああ。ラピス君は後方での回復を頼みたい。今言ったように神官の数が足りないのでな」
「それは構いませんけど、俺は――」


言いかけた俺をクリークが手で制する。俺の剣の腕はクリークも知っているだろうに、前線で戦わせずに後方での回復要員に回されるなんて、やっぱりこの外見が原因なのか?


「ラピス君が強いのは解っている。恐らくこの中の誰よりも強いだろう。しかし、今回の戦い――いや、戦争は、個人の力でどうにかなる規模を越えている。だから君には前線で剣を振るうより、傷ついた者達に対する癒やしを頼みたいんだ」
「あ……わ、わかりました」


再び反論しかけた自分の口が、勝手に動きを止めたのが解った。ここで強引に前線を志願した場合、たぶん許可は下りる。俺の力を使えば広範囲の魔法攻撃で魔物の群れを殲滅するぐらいは出来ると思うけど、その後どうなるかが予想できて、反射的に納得した風を装ってしまった。


魔王を倒した後、俺は一体どんな扱いを受けた? あまりに強すぎる力は忌避の対象になってしまうのは散々経験してきたじゃないか。せっかくいい人達と知り合えて安定した生活基盤を手に入れた今、それがなくなるのは何より恐ろしい。カリンやシエルから化け物扱いされ、カミーユさんやミランダさんから腫れ物扱いを受ける。そんな光景が頭をよぎって、口を開く事が出来なかった。ゴクリ――と知らずに喉が鳴る。俺の強さを知っている人が居れば、ひょっとしたら今の俺の決断を卑怯者だと罵るかも知れない。でも、どうしても俺にはその勇気がなかった。


§ § §


ギルドと領主様。その両方からの告知の後、住民達は続々と街を後にして、それぞれの避難先へ疎開していった。家財道具などは持って行けないから、彼等が持てるのは貴重品だけだ。その間ほぼ無人になる街は火事場泥棒対策のために、兵士が二十四時間態勢で巡回し続けている。領主様は疎開に先立って火事場泥棒は極刑に処すると告知しているので、よほど命知らずじゃない限り盗みなど働かないと思う。仮に捕まったら後で処刑か、その場で処刑かのどちらかだろうし。


兵士達は疎開する住民の安全確保や街の治安維持に忙しい。その間ギルドや冒険者も遊んでいるわけじゃなかった。魔法が使える者は土塁を築いて簡単な防壁代わりにし、それ以外の冒険者は武器の手入れや回復薬の分配に動き回っている。俺もギルドの職員として貴重な資料の保管作業に追われていた。


「カリンとシエル……大丈夫かな」


前線で戦う事を志願した二人。山で鍛え上げただけあって、今の二人はそう簡単にやられる事はないと思うけど、不安は拭いきれない。危なくなったら迷わず逃げろと言ったものの、あの二人なら無茶をやりかねないから心配だ。作業を続ける手を動かしながら、俺は二人が無事で帰って来てくれる事を祈った。


§ § §


――シエル視点


私達がいるのはダンジョンから少し離れた小高い丘。ここには遠距離攻撃の手段を持つ冒険者と、それを護衛する近接攻撃が得意な冒険者の一団が待機してる。ダンジョンの内部では足の速い冒険者が連絡役に残って、危険な偵察任務を続けてくれている。私達の出番は、彼等が魔物の氾濫を知らせてきてからだ。


「緊張するねシエル」
「うん。カリンも体が硬くなってるんじゃないの? こんな時こそ落ち着かないと」
「わかってるんだけどね。流石にここまでの人数で集団戦をするのは初めてだし、怖いよね」


カリンとは何度も一緒に冒険している仲だけあって、その性格はよく知ってる。彼女は逆境でも仲間達を盛り上げるために笑顔を絶やさない強い子だ。そのカリンがガチガチになっている。なんとか彼女の緊張を解してあげたいけど、私も人の事は言えないぐらいだし、何より全然心に余裕が無い。なにせゴールドランクのパーティーが全滅したんだから、敵がどれぐらい強いのか、見当もつかない。


(そんな強敵相手に私達の力がどれだけ通用するんだろ……)


チラリと周りを見渡してみる。ここに居る冒険者は全部で五十人ぐらいだ。数はそこそこ集まってるけど、そのほとんどはアイアンランクの中級者ばかり。中には冒険者に成り立てのブロンズランクまで混じってる。正直戦力としては心許なかった。


「私達の役目は牽制と足止めで、本格的な迎撃は街の兵士と上級の冒険者がやる事になってるんだから、そこまで危なくないよね」
「そうだと良いんだけどね……」


実際戦いが始まったら予定通りに行かないのは誰でも解る。カリンも頭じゃ理解してるんだろうけど、口に出して認めてもらい、自分が安心したいんだと思う。


「…………」
「…………」


会話が途切れる。他の冒険者も軽口を叩く余裕が無くなったのか、誰一人話そうとしない。先ほどから何度か偵察隊から報告があったけど、既に魔物の群れはダンジョンの低階層まで達していて、外に溢れてくるのも時間の問題らしい。来るならサッサと来て! いや、やっぱり来ないで! ――そんな思考が行ったり来たりしている時、一人の冒険者がダンジョンから大声を上げて走ってきた。


「来た! 来たぞ! 奴等もう外に出てくる! 戦闘準備だ!」


一斉に武器を取り出す冒険者達。私は愛用の杖を、カリンは剣を抜きはなって、敵の襲撃に備えた。


「……なに?」
「地震?」


足下の小石が跳ねて地面が揺れている。こんな時に地震なの? と思ったけど、すぐに違うとわかった。なぜなら、地揺れの原因になってる魔物の群れが、地響きを上げながらこっちに向かって来ているのが見えたからだ。


「うわ!」
「ひいっ!」
「嘘だろおい!」


数が多すぎる! 百や二百じゃきかないぐらいの魔物が、身の毛もよだつ雄叫びを上げながらこっちに向かって突進してくる。ブロンズランクの冒険者なんかこれだけで戦意喪失しているし、アイアンランクの中にも逃げ腰になってるのが何人か居る。このままじゃろくに時間も稼げないまま奴等を素通りさせてしまう! 焦った私は杖を構えて一番前へ飛び出した。


「シエル!?」
「魔法を使うわ!」


少しでも奴らの足を遅くしないと話にならない。私は手に持った杖を前に突き出し、精神を統一して魔法の詠唱に入った。ラピスちゃんに鍛えられたおかげで、今の私は以前と比べものにならないぐらい素早く、確実に、何倍もの威力を持つ魔法を唱える事が出来るようになっている。そんな私が選んだのは炎の魔法だ。杖の先に灯る小さな火の玉は詠唱と共に大きさを増していき、直径五十センチぐらいに膨れ上がった。


「炎よ! 奴等を焼き尽くせ!」


絶叫と共に魔力を込めると、杖の先に出現した巨大な火炎球は勢いよく魔物の群れ目がけて飛んでいった。そして一瞬の後、先頭を歩く魔物にぶち当たった瞬間、辺り一帯を火の海に沈めた。絶叫しながら倒れていく魔物達。火のついたまま逃げ惑う魔物のおかげでいくつも混乱が発生しているみたいだ。


「おおお!」
「凄い! こんな威力の魔法はシルバーランクでも滅多に居ませんよ!」
「凄えな姉ちゃん!」


褒めてくれるのは嬉しいんだけど、私は喜んでいる余裕なんか無かった。声も上げず枯れ木のように燃え朽ちていく魔物達。今の一撃ならかなりの数は倒せた手応えはある。けど、魔物の群れはそんな味方に構う事なく、死体を乗り越えて前に進み続けていたからだ。


「見てる場合じゃねえ! 俺達もやるぞ!」
「おうよ!」
「やってやるわ!」


弓を構えて次々に矢を放っていく冒険者。魔法使いはそれぞれが得意な魔法を次々と魔物の群れに叩き込んでいる。でも連中の足が止まる気配はない。遠距離攻撃出来る冒険者が必死で攻撃している中、足の速い魔物が数体こっちに接近してきたので、カリンを初めとする護衛の冒険者達が迎え撃つために斬りかかった。


「やああ!」
「おらああ!」
「この野郎!」


敵の親玉はアンデッドのはずなのに、出てきた魔物は種類が豊富だ。たぶんダンジョンの中に潜む全ての魔物が出てきているんだろう。今カリン達が切り倒したのもオークやコボルトと言った、統一性のないものだった。


カリン達が守ってくれる中、私達は必死に攻撃を続けていたけど、魔物の先頭集団はそんな私達の陣取る小高い丘を通り過ぎてしまった。もう私も他の魔法使いも魔力が残っていないし、弓も矢が尽きかけているみたいだ。カリン達も酷い傷を負っているのが何人か居て、私達に戦う力はほとんど残されていなかった。


「もう限界だ! このままここに居たら、あの集団に飲み込まれて全滅しちまう!」
「撤退! 撤退する! 怪我人を置いていくな! 一人も死なせるんじゃないぞ!」


リーダー役を務める冒険者の号令に、私達は残された気力を振り絞って、その場から撤退を始めた。後ろから迫る魔物に残った矢を放ち、怪我をした冒険者に肩を貸しながら必死で逃げていく。群れの本体から離れる事を嫌ったのか、ある程度距離を取ったら魔物の追撃がなくなったので、私達は崩れるように地面に座り込んで安堵のため息を吐いた。


あの魔物達が向かう先には私達が拠点にする街がある。次に帰った時、ちゃんと街は残っているのか……口にこそ出せなかったけど、私はそんな事を思っていた。



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