勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第10話 予兆

――クリーク視点


魔物の数が増えている。ここ最近ギルドに寄せられる討伐依頼の急増を見て、私はそう判断した。魔物と言うのはいつの時代でも、たとえ世界が破滅の危機に陥ろうと、治世の安定した平和な時代だろうと、何処にでも存在するものだ。しかし、奴等は時として異常発生する場合がある。たとえば同じ種の中に優れた魔物――王が現れたりすると、それに率いられて人間の街に襲いかかってくる事もある。歴史上何度も繰り返された事だ。


だがそれらに一つだけ共通しているのは、全ての前兆として、様々な魔物が何かに追い立てられたように人里に降りてくる事だ。山中にしか居ないような魔物が街の近隣で目撃されている。これは正に異常事態だ。


「この数の増え方は……まさかと思うが……」


気になった私は、ギルドで管理してあった埃まみれの古い記録を引っ張り出して、現在の状況と詳細に比較してみた。前回魔物が大量発生したのは五十年前。その頃の討伐依頼数や街周辺に出没する魔物の種類などには、今といくつかの共通点が確認された。当時のギルドマスターが日誌にこう書いてある。


『魔物の討伐依頼が増えて、冒険者は階級に関係無く、ほぼ全ての者が討伐依頼に忙しい。ギルドは連日依頼者や依頼を終えた冒険者でごった返し、猫の手も借りたいような忙しさが続いている。おかげで職員には臨時のボーナスを支給できたし、冒険者達も懐が潤って、武器や防具、それから宿や酒場などが好景気に沸いている。このままこれがずっと続いてくれればいいんだが』


浮かれたような内容。ここからは全くと言っていいほど危機感が感じられない。それからしばらく似たような日誌が続く。どれも誰それがいくら儲けたとか、どんな魔物を退治したとか、そんな話ばかりだ。私はそれらを流し読みしつつ、あるページで手が止まった。そのページでは、今まで喜んでいたギルドマスターが珍しく焦りを現していたのだ。


『おかしい。いくらなんでもここまで魔物の数が多いのは変だ。問い合わせてみたが、他の地域にあるギルドはここまで酷い状況じゃないらしく、異常発生しているのはこの街の近隣だけのようだった。何も無ければ良いんだが……』


不安を書き綴った日誌は、ある日突然途切れている。書き忘れかと思ったが、そうではなく、後日になってその理由が書かれた日誌が数ページ先に見つかった。


『激しい戦いだった。突然近くにあったダンジョンから魔物が溢れ出し、大軍となって現れた魔物達から街を守るため、兵士は勿論、街に滞在する冒険者、そして戦う事の出来る者を老若男女問わずかき集め、我々は必死で戦った。市壁は崩され、街の正門は見る影もなく破壊されつくし、街の住民達に多くの犠牲者が出た。当然前線で戦った兵士や冒険者はそれ以上に酷い状況で、実に七割が戦死と言う悲惨な結果に終わった。しかし彼等の命をかけた活躍もあって、魔物達の撃退は成功した。後世のギルドマスター達よ。魔物の出現数が増えた時は要注意だ。それが単発なら心配はいらない。しかしそれが一ヶ月、二カ月と、異常な長さで続いた時、魔物の氾濫は確実に起きると思った方が良い。どうか我々と同じ失敗を繰り返さないで欲しい。悲劇は一度で十分だ』


ゴクリ――と、いつのまにか溢れていた生唾を飲み込む。魔物が増え始めてから今でどれぐらい経った? 少なくとも一ヶ月は過ぎているはずだ。最悪の場合だと、今こうしている間にもダンジョンから魔物が溢れ出してくるかも知れない。これはボヤボヤしている暇はない――そう判断した私は、資料片手に領主様の館へ急いだ。


今日の面会時間はとっくに終わっているのだが、ギルドマスターという立場だけあって、面会時間が過ぎていても強引に領主様と会う事は出来る。多少強引ではあったものの、立場を利用した私はゴネる衛兵に頼み込み、領主様との謁見が適った。


領主様は代替わりしたての若い男で、まだ三十手前といった年齢のはずだ。先代は良くも悪くも変化を嫌う性格で、街は発展も衰退もする事なく平穏なまま何十年も過ごしてきたのだが、彼が領主になってから多くの改革が実行されている。税の免除による商業活動の活性化や新規事業の立ち上げ。そして兵士の増加による治安の回復や、貧民に対する施しと仕事の斡旋と、住民の暮らしは目に見えて良くなっている。若いだけあって発想も柔軟。頭も柔らかく、人から忠告されると立場にかかわらず検討して受け入れる度量も持っている。そんな優れた人物である彼は、一日の仕事を終えて食事の最中だったのだが、嫌な顔一つせずに私を出迎えてくれた。


「火急の用件とは珍しいな。何があったクリーク?」
「はい。では初めから説明させていただきます」


持参した資料をテーブルに広げ、現在の状況と過去の類似点、それと起こりうる被害の大きさを語っていくと、次第に領主様の顔色が変わっていった。彼の優れた点は正にこう言う部分だ。これで頭の固い領主なら、私の考えすぎだとして一笑に付されるか、追い返されていたかも知れない。


「類似点が多いな。これが昔に起きた現象と同じなら、時間的猶予はほとんど残されていない事になる」
「おっしゃるとおりです。目に見えて魔物が増え始めたのが約一月前。何かあるとすれば、あと一月ほどしか猶予がないかと」


私の言葉に領主様は難しい顔のまま黙り込んでしまった。今彼の頭の中では、この事態に対する方策と、いざ魔物の氾濫が起こった時の対抗策が考えられているに違いない。


「……前回の記録に残されていたのは、北の山中にあるダンジョンだったな?」
「はい」


そう言って領主様は地図を広げる。街の北にある山中には、昔から冒険者達の狩り場として有名なダンジョンが存在する。ダンジョン――言わずと知れた迷宮だ。ダンジョンの中には数多くの魔物が存在し、それらの素材を狙った冒険者が地下深くまで潜ったり命を落としたりと、一般人には無縁の危険な場所だ。街から少し距離はあるものの、普段なら放っておいても冒険者達が討伐してくるので魔物が溢れてくる心配はない。しかし彼等では処理しきれないほど魔物が溢れたら、五十年前と同じ悲劇が起きてしまう。


「距離は歩きで二日と言ったところか。これではあっという間に街まで到達してしまうな……」
「間にいくつか砦を作るのはいかがでしょうか? 少しは時間が稼げると思うのですが」
「いや、作るのに時間がかかりすぎる上に、それ程効果が期待できない。そのための資金や人材は他に回した方が良いだろう。となれば……残る手段は一つしかない」


一瞬領主様が何を言っているのか解らなかったが、資料をチラリと視線をやると、残された手段が何なのかが私にも理解出来た。魔物を率いる王――つまり、敵にも親玉がいるのだ。


「つまり……敵の王を倒すと?」
「うむ。こちらから刺客を差し向け、王が魔物を引き連れて出てくる前に倒してしまう。率いる者さえ居なくなれば奴等はまとまりを失うはずだ。現状、これが最善だろう」


果たしてそんな事が可能なのだろうか? 今のギルドには沢山の冒険者達が所属しているが、その中で王を倒せるほどの腕利きが何人居るのか。


冒険者には功績によってそれぞれ階級ランクが与えられており、青銅ブロンズから始まって、アイアンシルバーゴールド金鋼鉄アダマンタイトの合計五つ階級がある。この中でもギルドを代表する腕利きと言えるのはゴールド以上の冒険者だ。しかしギルドに顔を出す連中を思い浮かべてみても、ゴールドランクの冒険者は一人か二人、たまに見かける程度。と言う事は、主戦力になるのはどう考えてもアイアンとシルバーの冒険者であり、その分生存率も低くなってしまうだろう。


「……余所のギルドから腕利きを呼ぶというのは可能か?」


私の表情からある程度の事情を読み取ったのか、領主様がそう提案してきた。思考の渦に捕らわれていた私はハッとする。


「一応可能ですが……腕利きの冒険者は各地で引く手数多ですので、こちらの呼びかけに応じてくれるかどうか未知数です」
「依頼料を増やすしかないか。痛い出費だがやむを得んな。ではクリーク。領主としてギルドに依頼を出そう。当該ダンジョンの内部調査及び、ゴールドランク以上の冒険者を多数集める事。費用は街で持つから遠慮するな」
「承知しました。それでは明日にでも依頼を貼りだしておきましょう」


残された時間は少ない。私は迅速に対処してくれた領主様に感謝し、急いでギルドに戻る事にした。今夜中に依頼書を書き上げ各地のギルドに応援要請をしなければならないからだ。忙しくなりそうだ。自分が直接命のやり取りをするのとはまた違った緊張感に身を焦がしながら、私は足早に領主様の館を後にした。


§ § §


――カリン視点


「ダンジョンの内部調査? 討伐じゃなくて?」
「そう。依頼主がこの街の領主様だって話題になってたよ。報酬も破格だから」


シエルの家にお邪魔して夕食を食べている時、ラピスちゃんからそんな情報を聞かされた。彼女がこの街に来て二ヶ月ぐらい経ち、私とシエルもラピスちゃんの居る生活に随分慣れてきたし、仕事のない日はほぼ毎日ここに入り浸っている。ラピスちゃんは仕事にも慣れてきたのか、最近は要領よく受け付けをこなし、時々こうやって貴重な情報を持ち帰ってくれる。


「破格ってどのぐらい?」
「相場の五倍だって」
「ごっ!?」


ダンジョンの内部調査と言っても報酬はまちまちだ。低階層なら日雇いの仕事より少し良いぐらいで、中階層なら一、二週間は生活できる報酬が約束されている。最深部ともなると半年は働かなくても生活できるぐらいの報酬が受け取れるはずだ。それの五倍――滅多にない報酬額に思わず身を乗り出してしまう。


「落ち着きなさいカリン。よくわからない話に焦って飛びついたら、この間みたいな事になるわよ」
「う……」


博打で借金した事を思い出して少し頭が冷えた。確かに美味しい話だけど、いくらなんでも五倍は変だ。異常と言っていい。つまりそれだけ危険があるって意味なんだから。私は頭を振って浮かれた考えを追い出して居住まいを正した。


「ラピスちゃん。その依頼の内容、詳しく話してもらって良い?」
「良いよ。あれはね――」


ラピスちゃんの説明で、私達はギルドに問い合わせる事なく詳しい内容を知る事が出来た。


ダンジョンの内部調査――最近大量発生している魔物達。その原因を調べるために、ダンジョンの最深部に向けて探索を行う依頼だ。今回魔物が大量発生しているのは『王』と呼ばれる魔物の変異体が原因じゃないかと、ギルドマスターや領主様は疑っているらしい。このまま増え続ければ五十年前にもあった大氾濫と同じ事が起きてしまい、街に大変な被害が出る可能性があって、それを防ぐために今回の調査が必要なんだとか。


「王を発見してその種族や能力を確かめただけで依頼成功だけど、討伐すれば特別に追加報酬も出るって。依頼料と同額だから、単純に倍になる計算だね」
「でもそれって、物凄く危険じゃない?」


難しい顔のシエル。私も同じ気持ちだ。私もシエルも、他の冒険者と同じように街の北にあるダンジョンには何度も潜った事がある。でもあそこは魔物も強いし、真っ暗闇の中で神経もすり減らされるし、外のように水や食料も手に入らないしで、進めても中階層までが限界だった。最下層を調べようと思ったら、最低でもゴールドランクの冒険者がパーティーを組んでないと無理だと思う。


「危険だね。だからギルドは、依頼書に推奨ランクとしてゴールドランク以上って注意書きを書いてるよ」
「やっぱりね。私達みたいなアイアン程度に出来る仕事じゃないか」


せっかく美味い儲け話だと思ったのに――と思ってたら、ラピスちゃんは首を振る。


「それがね。初心者や中級者向けの低、中階層探索の依頼も同時に出てるんだよ。こっちは相場の倍ぐらい。暇なら二人も行ってみたら?」
「本当!? 行く行く!」
「特に予定もないしね。稼げる時に稼いでおかないと。カリン、さっそく明日から出発よ」
「もちろん!」


少し懐事情が寂しくなった私のために、戦いの神ゲールが与えてくれた贈り物だ――なんて、そんな事を考えていた時期が私にもありました。……だってダンジョンの入り口に人が溢れて、順番待ちの列が出来てるなんて誰が思う!? 娯楽施設でもないのにこんなに集まるなんて、みんな金の匂いに釣られたんだな……それは私もか。街にある人気スイーツのお店のように全然動かない列を眺めながら、私達は途方に暮れていた。


「どうするシエル? これじゃ中に入っても探索どころじゃないよ」
「うーん……。でもこのまま帰るのも無駄足だしね。しばらく様子見てみようよ」
「……そうだね」


幸い、ダンジョン入り口の周囲には目ざとい商人達が臨時の露店を開いているし、食べ物に困る事は無さそうだ。様子を見るために時間つぶしを始めたのは私達だけじゃないみたいで、周囲には同じようなパーティーがいくつか腰を下ろしている。シエルは魔術書を広げて読書を始めたので話し相手にならない。私は彼女みたいに趣味もないから、素振りを少しして地面に寝転んだ。体力の温存は基本中の基本。休める時に休んでおかないとね。天気も良いし、昼寝するには最高だ。


一時間ぐらいした経った頃、誰かに揺り起こされたので慌てて飛び起きる。誰かと思えばシエルだ。


「なに? どうしたの?」
「もう帰りましょ。さっき団体さんが来たんだけど、ゴールドとシルバーの混合パーティーだったわ。このままじゃ稼ぐどころか無駄に時間を潰すだけよ」
「ええ? そんなの来たら魔物を狩るなんて無理じゃない!」
「だから帰ろうって。戻って別の仕事を探した方がマシよ。幸い違約金も罰則もないんだし、キャンセルしたって構わないわよ」


チラリとダンジョンの入り口に視線を向ける。数こそ減ってるけど、相変わらず行列は残っているし、中に入っても魔物より人の方が多いぐらいかも知れない。しょうがない。私達じゃあれだけ居る冒険者を出し抜く実力もないし、ここはシエルの言うとおり街に戻った方がいいよね。


「わかった。じゃあ帰ろう。帰ってラピスちゃんと残念会でもしようよ」
「そうね。……まったく、こんなに集まるなんて無駄足も良いところだわ」


ブツブツ言いながら街に戻った私達だったけど、しばらくしてからとんでもない情報を耳にして驚く事になった。――探索成功確実と思われたゴールドランクのパーティーが全滅。その衝撃の情報がギルドにもたらされたのは、私達が戻ってから僅か数日後の事だった。

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