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雪の華

音絃 莉月

1話 〜黯然の眠り姫〜

慌しい屋敷の一室にノックの音が響く。

「失礼します」

執事服を着こなし表情を変えることのない男性が、部屋の主の許可なく扉を開けたのは、今の状況に彼も動揺しているのだろう。

「ーーっ、あの子は無事か!」

部屋の主は扉が開くなり執事の行動を咎める事もなく、真っ青でやつれた顔をしながら叫ぶ。

「はい。今は自室で眠られております」

執事のその言葉で少し顔色が良くなった男はすぐに部屋を出る。だいぶ早足だが屋敷を走らないだけ余裕が出来たのだろう。広い屋敷を恨めしく思いながら執事と共に急ぐ。

目的の部屋の扉を見つけた途端衝動的に勢いよく扉を開けたが部屋の中の空気を感じ、ギリギリ叫び出しそうだった声を押し殺した。

男は眠る我が子に歩み寄りもう一度顔を見ることが出来た事に安堵しながら、専属のお抱え医師に確認する。

「ルヴィの様子はどうだ」

「命に別状はありません。怪我も手や足に縄で縛った様な痕があるだけで、それもすぐに綺麗に治りますぞ」

普段からニコニコとしている穏やかなお爺さんは孫を見る様に微笑みながら報告した。

報告を受けた男は例えすぐに治ろうとも大事な我が子に傷を付けた者どもを今すぐ殺してやりたいと思ったが、抑えた。それでも魔力が漏れ小粒の氷が弾けるぐらいには、怒り狂っていたが。

医師のお爺さんはその様子に苦笑したが、次の瞬間には笑みが消え真剣な表情となっていた。そして声を潜めて次の報告を行う。

「命に別状もありませんし、怪我もすぐに治ります。ですがルヴィ坊ちゃんはもう......」

「もう、なんだ?」

医師の暗く真剣な声を聞いて、怪訝な表情で男は尋ねた。不安が湧き出てくるのを抑える様に、出来るだけ冷静に。

「閣下は、ルヴィ坊ちゃんが救出された時の事を聞かれましたかな?」

「いや、まだだ。それよりも先に無事を確認したかったからな。誰の仕業かなど後でいいと判断した」

閣下と呼ばれた男、フリスタール公爵その人は、それがなんだと、少しイラつきながら返答した。

「ルヴィ坊ちゃんはクレーターの中央で、氷の柱に包まれていたそうですぞ。そしてクレーターの外まで気温が低下して雪が降っていたらしいのですよ」

「クレーター?......あぁ、そうか」

公爵は医師の言いたい事を理解して、顔を歪めた。

次男のルヴィネリスは大人びた子だった。妻が他の婦人方から次男はおとなしいものだと聞いたと言っていても、心配になるぐらいに感情の起伏が少なかった。
だが、魔法の話をする時は違ったのだ。普段わがままの言わないルヴィが自分の仕事の合間を見計らって、魔法を見せろとせがんでくる。他の家族や使用人にもねだっていたらしいが、その中でも自分の見せる氷の彫刻がお気に入りだったらしい。

まだ魔力回路が出来てなくて魔法を使えないのに、いつか自分が魔法を使えたらどんな事をしようかとキラキラした瞳で語るルヴィは年相応に見えた。
『魔法はロマンのかたまりですよ!』という言葉の意味はよくわからなかったが、やけにドヤ顔で言っていたので笑ってしまった。

勉強を終えた後は急いで書庫に篭りまだ理解出来ないだろうに魔法の本を漁っては、食事に呼びに行っても中々書庫から出なかったものだ。
楽しそうに笑うルヴィを思い出し、心が締め付けられた。

「閣下、ルヴィ坊ちゃんにはきちんと伝えた方がいいですぞ。この子は利口ですから、言わずともすぐに気が付きます」

「あぁ、分かっている。......犯人はどうなったのだ」

「クレーターに張った氷の中に人の体の一部と思われるモノが六人分埋まっていました」

公爵は心を落ち着けるために悲しみを怒りに変えて発散しようかと思い尋ねた。
だが、執事の答えに遣る瀬無い思いが行き場を失った。せめて、我が子の夢を奪った者が生きていれば怒りの矛先を向けられたのに。

「......ルヴィ様はいつ、目覚めるのでしょうか」

ずっと眠る我が子に寄り添って涙を流していた子供が、医師に尋ねた。
この子は孤児で1年前から育てているが、まだ貴族の礼儀に不慣れな部分がある。

今も当主と医師の会話に割り込んだのだ。
本来なら見習いである子供は当主の許可を得ない限り話しかけてはならない。仕える主人によっては即刻追い出されかねない。

だが、お陰で少し冷静さを取り戻した。
今大事なのは、既にこの世にいない犯人への怒りよりも、我が子の容態と目覚めた後の心の保護なのだから。

「二、三日程度で目覚めるでしょうな。魔力暴走による発熱も治まってきておりますし。魔力回路が無い状態で魔力が安定すれば、意識が戻るでしょう」

「......そうか」

辺りを沈黙が包んだ。窓際に置かれた氷の花の彫刻が陽の光を浴びて輝く。

暫く誰の言葉も聞こえず子供の嗚咽だけが響いていた部屋の扉が開いた。

「ルヴィ!ルヴィが見つかったって!ルヴィは無事なの!?」

「奥様!?......安静にしておいてくださいと、あれほど言いましたよね。お腹の子と奥様のお身体の為にも」

思いがけず入ってきた白銀の髪に琥珀色の瞳の美しい女性。その女性を見て驚きに叫んだ執事だったが、その女性を支える侍女が申し訳なさそうに目を伏せたのを見て吐きそうになった溜息を押し殺し、論すように言った。

「ルヴィも大事な我が子です。我が子の一大事に大人しく寝てられる筈がないでしょう」

だが垂れ目で普段穏やかなその女性は、執事を真っ直ぐ見据え、キッパリと反論した。
彼女は優しい人だが、一度決めたら余程のことが無い限り意見を曲げることはないほどに頑固な一面を持つのだ。
長い付き合いでその事を熟知している執事は口を噤んだ。この部屋に医者がいる事も理由の一つだろう。

「リーシア。身体は大丈夫なのか」

公爵にリーシアと呼ばれた女性は、公爵の愛妻でありルヴィの母親である。

「ええ。今日は調子が良いのです」

公爵の身を案じる問いかけに手短に答え、侍女に軽く支えられながら足早に我が子の元へと急いだ。

暫く無事を確認するように我が子の白金の髪を優しく撫でていたリーシアは、ふと何か違和感を覚え目に魔力を集めた。
彼女の琥珀色の瞳が白く光る。公爵はその行動の意味を悟り表情を曇らせた。

彼女はジルトゥム族の族長の娘であり、ジルトゥム族の中でも飛び抜けて優秀だった。だが彼女は魔導機兵に興味がなかった。どちらかといえばアクセサリーや魔導具を好んで作っていたのだ。ジルトゥム族の中でも魔導機兵は難易度が高く作り手が限られる。

魔導機兵を作れる筈の彼女は周りがどう言おうと魔導機兵を作ろうとしなかった。理由は単純で魅力を感じないから。

それはさておきジルトゥム族には二つの特殊能力がある。
一つは本来ならなんの力も持たない七色に輝く魔水晶を、どんな魔力鉱石よりも良質で竜の魔核と同じ位の性能を持つ、魔晶石へと変質させ自在に加工する為の特殊な魔力属性【地空】。

もう一つは生まれながらの特異体質で魔眼持ちである事。その魔眼は魔力を集めると虹彩が白く変化する。そして魔力を帯びた眼はあらゆる魔力の流れを捉えるのだ。

暫く布団をめくり、眠る我が子の全身眺めていたが、やがて顔を歪めその白い目に大粒の涙をためた。公爵は黙って妻の肩を抱く。

彼女が一度瞬くと涙が頬を伝い彼女が握る小さな手に落ちた。
彼女の瞳は悲しみに暮れ、まるで耐え難い現実から目を背けるように、その瞳の色は美しい琥珀色に戻っていた。

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