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日月咲

プロローグ

 深夜。
 美作みまさかゆうは、ひとり廃墟を訪れていた。軍上層部からの直々の命令である以上、拒否するわけにもいかず、いやいやながらここまで歩を進めてきたのである。
「サクラ。この場所で間違いないか?」
 胸ポケットに収めた小型端末に宿る、疑似人格プログラムのサクラに問いかける。
「ええ。経度も緯度もバッチリ間違いありません」
 サクラの返答を聞くと、悠はバタフライナイフを構える。手首のスナップだけで、器用に刃を抜いてみせた。
「三十秒後に潜入する。潜入と同時に本部へ連絡してくれ」
「了解しました」
 サクラの音声を確認すると、僅かばかりの沈黙が訪れる。
 辺りに聞こえるのは、悠の小さな呼吸音だけである。
「――潜入開始」
 誰に伝えるでもなく、自分自身の意識を切り替えるために呟く。
 視界は一面黒。視覚よりも、聴覚と嗅覚に意識を集中する。
 悠の中に眠る人狼ライカンの因子が目を覚ます。古いオイルに紛れて、血の匂いが悠の鼻腔の奥を刺激した。
 中ほどまで進んで、悠は急に構えを解いた。
「……たった三人で無茶をしない方がいい」
 悠が声を掛けると、一人の男が姿を現す。
「そっちこそ、エリート様だからって一人で大丈夫かな? 余裕な面してると痛い目見るぜ!」
 爆発音。一瞬、時が止まったと錯覚するほどの轟音が辺りに響く。
 小型爆弾を上手く仕掛けたようで、壁が崩れ落ちてくる。
「この状況で、三人相手にできるかな?」
「なんとかなるだろ。それより、腕の傷そのままでいいのか?」
 男の右腕には、ナイフで切られたような深い傷があった。
「くそ、いつの間に!」
 服を引きちぎって包帯代わりに腕に巻く。
「ああ、治療するならこいつらの分も頼む」
 悠は二人の男を片手で軽々と放り投げる。
「お、お前ら……」
 投げられた二人は気を失っている。
「サクラ……解析できたか?」
「因子は小鬼ゴブリン。レートはCです」
「大したことなかったな」
 悠はバタフライナイフの刃を収納する。
「大したことあったら大変じゃないですか」
 サクラの発言を意図的に無視して、悠は男を見る。
「さて、法律に則れば、俺に先制攻撃を加えたお前は、俺の判断でこの場で処断することができる。ただ、俺も悪魔じゃない。大人しく拘束されるなら、命までは奪わないでやる」
「……嫌だね」
「残念だ」
 悠が右腕を一振りする。男の頭が宙を舞う。
「サクラ、本部へ連絡を。法に則り処断したことも忘れずに」
「了解しました」
 悠はその場を後にすると、夜の闇に溶けていった。

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