マグ拳ファイター!!

西順

190

 金毛の狼獣人(ワーウルフ)の咆哮が月夜に響く。
 オレの眼前には狼獣人十体、こちらを睨み付けている。元人間の獣人が。

 今日も今日とて、タマに振り回されて山野を駆け巡る。
 やれ神槍やら聖弓やら魔盾やら、神器財宝の類いを引き当てるタマ。花咲かじいさんのお犬様も真っ青の財宝引き当て確率だが、肝心のデウスカルコスが見付からない。
「おお!」
 タマが「ここ掘れワンワン」と鳴くので掘ってみると、何やら金の壺が出土した。
「中身なに?」
 オレが尋ねると、天使の一人が蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
「酒だな」
 酒ねぇ。またハズレか。と思いながら受け取ったのが不味かった。オレは受け取った壺を取りこぼし、中身の酒を盛大に地面にぶちまけてしまったのだ。
「……悪い」
 おそらくこれも相当値が張る逸品だったのだろうが、ぶちまけてしまったのだからしょうがない。と思っていたのはオレだけだった。
「え? 何でそんなに睨んでるの?」
 三人の天使がスゲエ睨んでくるんですけど?
「酒は神宝だ。大事に扱わなければ罰が当たるぞ」
 三郎にこっぴどく叱られた。泣きそうになりながら倒れたままになっていた金の壺を拾うと、まだ中身がなみなみとある。どういうこと?
 オレがもう一度壺を逆さまにして、酒を大地にご馳走したら、三郎に殴られた。殴られはしたが、壺の中身は減っていない。
「この壺、もしかして無限に酒が湧くんじゃないか?」
 オレがそんなことを口にしたばっかりに、三人の天使の箍(たが)が外れた。
 まだ陽が高いうちからその場で酒盛りが始まったのだ。
 しかも中身の酒は相当美味いらしく、これは神宝として浮遊島に持って帰る、いや、これはオレたちクランが保有する、と天使たちで殴り合いの喧嘩に発展する始末。飲んでないオレからしたらバカらしかった。
 殴り合いに疲れたのか、酔いが回ったのか、陽がとっぷり沈んだ頃には、三人はオレを残して眠ってしまった。
 オレがタマを撫でながら、月を見上げて独り火の番をしていると、オレの気配察知圏内に誰かが侵入してくる。数は10。
 こんな山奥に、何者かが立ち入るなんて珍しい、いや、ここで穴掘り生活を始めて初めてだ。しかも相手は一直線にこちらへ向かってきている。どうやら偶然ではなさそうだ。
 オレは砂をかけて素早く火を消すと、タマに留守番を頼み、向かってくる相手の元へ走り出す。

「こんな夜更けに何の用だい?」
 オレの呼び掛けに、黒と黄のローブを着た連中が足を止める。やはりと言うか、脱天集会の奴らだった。
「天使は滅ぶべし」
「それ! その教義、いまいち良く分からないんだけど?」
 オレが首を傾げると、
「天使は、神の使いを語る邪悪なる存在。天使は、神の存在を吹聴する邪悪なる存在。天使滅ぶべし!」
 あ、ちゃんと理由教えてくれるんだ。変なところに感心してしまったが、脱天集会がオレらを襲う理由は分かった。だが、
「こちらとしては、はい、そうですか。と、やられる訳にはいかないなあ」
 オレは泉の剣と石の剣を宙に浮かし、臨戦態勢を取る。
 オレが臨戦態勢になったことで、向こうも態勢を整え、何かを口に含んだ。

 ゴクン

 夜の静寂の中では、それはいやに大きく響く。
「ウオオオオオオオオッッ!!」
 それは人間のものと言うより、獣の遠吠えだった。
 それとともに相手の体躯がボコンと膨れ上がり、服を破く。身体は段々と毛に覆われていき、顔は犬狼のように口が長くなっていく。身の丈は元の二倍となり、その瞳も体毛も金色だ。
「これは……!」
 狼獣人(ワーウルフ)。昔からおとぎ話で語られる狼男だ。女も混じっているが。おそらく、変身の前にこいつらが飲み込んだのは、生の魔核だったのだろう。それを飲むことで自らを魔物に変じた。なんてこと考えるんだ。元に戻る方法なんて無いだろうに。
 少し同情したのが隙になった。狼獣人の一体は一瞬でオレとの距離を詰め、その鋭い爪でオレを引き裂きにくる。が、オレは泉の剣の鞘によってそれを防御する。
(危ない。下手なこと考えてる余裕ないぞ)
 気を引き締め直したオレは、中空の剣を操り、襲いくる狼獣人たちと対峙する。
 ドラゴンに比べれば狼獣人の攻撃力は低いが、機動力なら断然こちらが高い。オレをスピードで翻弄する狼獣人。一体でも厄介なのに、それが十体である。たとえ鞘の守護に護られているとはいえ、気が抜けない。
 奴らの攻撃はヒットアンドアウェイで、攻撃してはすぐにその場を離脱する。なので奴らが攻撃してきた後にその場で剣を振っても当たらないのだ。先回りしなければならないのだが、スピードが向こうの方が高いのでそれもできない。重力魔法を使ってスピードを落としにかかるが、それでやっと互角だ。
 オレと狼獣人たちは山野を駆けながら斬り結ぶ。十体が一撃離脱で攻撃してくる中、オレは段々と三郎たちの方へと追いやられていった。
 と狼獣人たちは考えただろうが、実際はオレがそう見せ掛けてただけだ。
 オレは三郎たちの元へと到着すると、金の壺を取り上げ、酒を周囲にばらまいていく。
 犬の嗅覚は人間の100万倍から1億倍はあると言われている。そこに多量のアルコールをぶちまけてやれば、匂いだけで酔っぱらう。
 狼獣人たちはその匂いで立っていることもできなくなり、一体、また一体と倒れていった。
 これだけ酔いが回っていれば、死出の旅路も痛くないだろう。一人一人トドメを刺していくと、残ったのは魔核と10人の死体だった。

「ふあ~あ」
 三郎たち天使三人はあれだけ飲んだのに二日酔いにはなっていないようだった。
「おはよう」
「? 何かあったのか? 目の下、隈が凄いぞ」
「いえ、別に」
 あの後、三人に見付からないように10人を土葬してあげたオレは偉いと思う。
「ワンワン!」
 何かタマがちょっとだけ優しかった。

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