マグ拳ファイター!!

西順

75

 光が見えると言っても、人間に見えているのは可視光と呼ばれる、俗に言う虹の七色という狭い領域であり、その領域外には、紫外線や赤外線、X線など人間には見えない領域が存在し、その存在の方が光の大部分だったりする。
 なのでエフェクトでファラーシャ嬢の魔力を赤外線の方へちょこっと移動させるだけで、見えないファイアボールは成功した。
 見えず、音も出ない、無色無音のファイアボールの完成である。
「やりましたね」
「やったわ! …………」
 完成して一度は喜んだファラーシャ嬢だったが、すぐに不満が顔に出た。
「どうかしましたか?」
「確かにこの魔法は凄いものだと思う。ただ……」
「ただ……?」
「撃って、爽快感は無いわね」
 うん、そういうことは真逆だからね。
「爽快感を求めるなら、何か音だけ出るような魔法を開発しますか?」
「良いわね!」
「ただ……」
「ただ……?」
「創るのは今の問題が片付いてからですね。それまではそのホロウファイアボールで我慢してください」
「ホロウ……ファイアボール?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げるファラーシャ嬢。
「その無色無音のファイアボールの名前です。音もしなければ見えもしないからまるで存在しない、虚(ホロウ)のようでしょ?」
「ホロウファイアボール……。良いわね! 気に入ったわ!」
 気に入っていただけたようだ。オレ、ネーミングセンス無いからドキドキだったんだよねえ。
 ファラーシャ嬢はホロウファイアボールと言う名が結構なお気に入りだったらしく、「ホロウファイアボール!」と叫びながら何度もホロウファイアボールを放っていた。
 さて、ファラーシャ嬢の方は一段落着いたが、マヤの方はどうかな?

「おお、結構デカくなってる」
 マヤが見せてくれたのは、縦横ともに5メートルはあろうかという鬼面の大盾だ。
「どう?」
「ふむ、大盾自体が大きくなってるってことは、エフェクトを使ったのか?」
「ええ。私の中の大きくなるイメージってこっちの方が近かったのよね」
 ちょっと意外だ。マヤは重量軽減のデバフが使えるから、マテリアルの方を選択すると思ってたんだが、大きくするイメージが沸きやすい方を選んだか。余程ホワイトナイトに影響受けてるんだな。
「じゃあ強度的にはバフを使うのか?」
「ええ。今、大きさと強度がどのくらいまでなら両立するか試してるところ」
 ふむ、まあいいんじゃなかろうか。今後塩害対策で子爵周辺がどうなるか分からないからな、戦力が強化されるのは良いことだ。
「あれ? リンどっか行くの?」
「散歩だよ。どっちも一段落着いたみたいだからな。息抜きに散歩してくる」
 マヤにそう告げると、オレは西の山野に分け入って歩いていった。

「出てこいよ」
 教会からしばらく行った所でオレがそう発すると、木陰から一人の男が出てくる。モーニングなんていう山野に相応しくないカチッとした格好。年の頃は二十代か?
「おや? 気付いていましたか?」
「まあな。オレたちを見張ってた、ってことは、あんたらサヴァ子爵派でいいのか、な!」
 とオレは小鬼の小手に仕込まれた刃を出して、後ろを斬りつける。そこにいきなり人が現れオレの刃から飛び退いた。
「おっとと、あぶねえ。シャーク、オレの擬態そんなにバレバレだったか?」
 後ろに飛び退いた迷彩服を着た禿頭の男は、オレの攻撃など無かったかのようにシャークと呼ばれたモーニングの青年に話し掛ける。
「いいえタコ野郎さん。私からはどこにいるのか分かりませんでしたよ」
 ずいぶんとアホな名前付けてんな。プレイヤーかこいつら?
「だよなあ。おい、あんた、何で分かったんだ?」
 オレにも普通に話し掛けてくるんだな?
「光学迷彩が、本来は熱光学迷彩だって知ってるか?」
「おいおい、熱が感知できるとか、蛇かよ?」
 確かに蛇にはピット器官という熱を感知できる器官があるが、別にそれを魔法で造り出した訳じゃない。人間の皮膚にも、温覚、冷覚という温度を感じる感覚器があるのだ。オレはそれをバフで強化してるだけだ。だから見えないホロウファイアボールも、オレには感じとることができる。
「オレも聞いて言いか?」
 モーニングと禿頭に挟まれながら、オレは尋ねる。
「何ですか?」
 応えたのはシャークと呼ばれたモーニングの男。
「あんたらプレイヤーだろ? そっちに付いたら、アカウント停止もあり得るんじゃないのか?」
 とオレの疑問に二人の男が可笑しさを堪えきれないかのように笑いだす。
「何が可笑しい?」
「いえ、まだお子様には分からないかも知れませんが、ゲームだからこそ、こういったギリギリのプレイで攻めるのが面白いんですよ。まあ、人工宝石を造っている彼らは、捕まればアウトでしょうけど」
 う〜ん、厄介だな。享楽的なくせに、どこか理性的だ。
「ま、楽しくやろうぜ少年!」
 言って両手に持ったナイフで斬りかかってくるタコ野郎。それを小手の刃で受け止めるが、うう、名前が気になって戦闘に集中できない。そこに、
「パアーーーーッ!」
 響くラッパの音色。シャークの後ろにから響くブルースの音色に皆の意識が向いた瞬間、マーチが人形でタコ野郎に斬りかかる。が、マーチの短剣は何かによって弾かれてしまった。
 軌道からその方向を見ると、遠くで誰かがサッと木陰に隠れるのが一瞬見えた。狙撃手か。
「ふふ。今日はこれぐらいにしましょう。では、サヴァ子爵の屋敷でお待ちしております」
「逃がすとでも?」
 オレがそう応えるのと同時に、教会の方でドーンッと爆音が轟いた。
 オレたちがそれに気をとられた瞬間、猛スピードで走り去っていく二人。
「くっ」
 追い掛ければ追い付けるかも知れないが、今は教会が気になる。追跡を諦めオレたちは教会に向かった。

「大丈夫か!?」
 山野から駆け戻ると、地面に焦げ跡こそついているものの、マヤ、ファラーシャ嬢、アジィ修道士、三人とも無傷だった。
「私たちは大丈夫。でも敵を取り逃がしたわ」
「こっちも同じだ」
「そう」
 どうやらマヤも山野の方の気配には気付いていたようだ。

「そっちでも宣戦布告をしてきたのね?」
 そっちもってことはマヤたちの方もオレたちと状況は同じか。
 あの後教会に入り互いの状況報告をした。マヤたちの方には爆弾使いともう一人、現れたらしい。
「どうするの?」
 マヤの問い。全員の視線がオレに集まる。
「決まってる。ここにいてもまた海賊たちに包囲されるだけだ。こちらから仕掛ける」
 オレの答えにアジィ修道士以外が頷く。そこに馬の駆け寄る音が聴こえてきた。全員が構えるが、扉から入ってきたのは血塗れのブリー青年だった。
「どうしました!?」
 慌てて駆け寄るアジィ修道士。オレたちもそれに続く。
「父が新たに雇い入れた冒険者に……お前はこれで用済みだ……と……」
 そう言ってアジィ修道士に手を伸ばすブリー青年。アジィ修道士がその伸ばされた手をしっかり握り返す。そこでブリー青年は気絶してしまった。
「リン……!」
 皆の視線がオレに集まる。分かってる、これは生き餌だ。こうしてブリー青年をオレたちの所まで来させ、義憤に駆られて正常な判断ができなくなったオレたちを、楽に倒す作戦なのだろう。でも、しかし、だからって、
「行くぞ!」
 オレの言葉に皆が頷く。
 やって良いことと悪いことがあるだろ!

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