炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

29節 アハハ

 嫌なことを思い付いたコトがニコッと笑い、ワカナに伝える。

「もう一人会わせたい奴がいるよ」

「あれ、そんな話してましたっけ」

 ワカナが疑わし気に尋ねた。少なくともワカナが記憶している限りにはそんな話題なかった。しかし、七日に記憶を奪われていればあり得ると思い、少しだけコトの言葉を信じてしまう。

「していたことにしよう。うん、そういう話をしていた。ワカナはまだ意識が朦朧としているだけね」

 早口になり、コトはぶつぶつとワカナに言う。そんな話をしていなかったというワカナの考えは間違っていなかったようだ。よかったと安心しながら仕方ないのでワカナはコトのいう通りに頷いた。

「あー、はいそうですね」

「わかってくれたようで何よりだ? ん? 皮肉か?」

 感情のない言葉で返したワカナにコトが笑顔で返したが、どうもおかしい表情を見てコトも不満気に口を尖らせた。

「私の善意を皮肉呼ばわりしないでもらえます?」

 鋭く目付きを尖らせたワカナがコトに強く言った。

「それはっ……。あぁ! もういい。これ以上繰り返せばただ長引くだけなのよ! もう私は理解した!」

「賢明な判断ですね。少なくとも今回は私が折れることはありませんでしたので」

 感情的になるコトにワカナは冷静に言う。やる気がないのかワカナの目に光すら宿っていないのかと思える。

「ワカナこの状況に慣れすぎてないか?」

「そうかもしれませんね。神を自称する三名と話をしているからでしょうか」

「そういう問題ではない。……はぁ、ワカナと話してると疲れる」

 わざと無表情を浮かべて心の中では腹を抱えて笑っているワカナがコトの出す問に答えていく。その事に気づいていないのかコトが玉座から落ちそう程に前のめりの姿勢になって疲れた顔をする。せっかく保った威厳も後光も台無しだ。

「アハハ、よく言われます」

 無表情を耐えられなくなって声を出してワカナが笑う。

「……ハハ、まるで阿呆のようだな」

 コトもワカナにつられて笑った。

 アノニムと七日も二人の会話を邪魔しないように二人で固まって遠くから二人を見ていたが、顔を見合わせて微笑む。この場面だけ見れば平和そのものだろう。誰も嫌だと思わず、楽しそうに微笑む。続いてはいけない状況だが、この先ずっとこの穏やかな雰囲気でいれば良いのにと四人は思う。

 そして、コトの座っている玉座がゴトッ、と揺れるのと同時にその仮初の平和は崩れた。

「おい、ほのぼのするなら俺がワカナを殺したあとにしろ!」

 物騒なことを言いながら玉座の後ろから現れたのは白く長い髪を手入れもせずにボサボサと広げた天使だった。その姿を見、声を聞いたワカナが嫌な雰囲気を感じとり、眉を顰めて警戒する。

「悪いが、その必要は無さそうよ、薫」

 コトが呼んだその名前を聞いてワカナは目を見開いた。

「……は? 俺は殺すしか能がないんだろ? ワカナを殺せと命じたのはお前だろ、カミサマ」

 入ってきた天使は話が違うとコトに言う。怒鳴るような声が広いこの部屋に響いてまあ、うるさい。

「……フフ」

 誰かが笑った。

「フフフフフフフフ」

 壊れた人形のように誰かが高い声で笑う。この声もよく響き、その笑い声が何重にも合わさる。

「フフフフフフフフフフフフ」

 誰かは口角を上げ、笑う。それを聞いたアノニムが引きつった顔で誰かに近づく。

 同じく笑い声を聞いた七日が誰かに頬を赤く染め、羨望の眼差しをその誰かに向けた。

 天使……薫は不気味そうに誰かを見る。

 コトは狙っていたかのように楽しそうににこりと微笑んだ。

 そして、アノニムが誰かの肩を叩いて恐る恐る声をかける。

「わ、ワカナ……?」

 誰か……ワカナはその声に弾けたように天上を見上げ、さらに高い声で笑った。

「アハハハハハハハハハハハハハハハ」

 ワカナはいつだかの炎を制御できなくなった時のように自分の身を炎で包んだ。しかし、あのときとは違う。自分の身を包み、周りには一切広がらなかった。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 ついさっきまで楽しそうに笑っていたのにその笑いとは違う。壊れて塞がらなくなった口から勝手に声が出ている。目を見開き、その目からは涙が流れてくる。まばたきをしないせいだろうが、その顔は感動して嬉し泣きをしているようにも見えた。

「……ナノカ、アノニム。ここから出るよ。巻き込まれたら困る。よかったな、薫、お望み通りの殺し合いが出来る」

 コトが言う。その顔には幸せそうな笑みを浮かべている。その言葉の通りに七日とアノニムが後ろに下がり、そのまま部屋から出ていった。いつのまにかコトもその場から消えており、その部屋にはワカナと薫しか残っていない。

「……はっ、ここで殺すも死ぬも本望だな。死んだらもう殺さなくてすむ、殺すのは楽しいからな」

 ワカナの笑い声が響くなか、薫が一人そう呟き、強く拳を握りしめた。

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