炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~
24節 偶然
▼▼
ワカナは夢を見ていた。
初めは暗い暗い闇をずっと落ちていた。理性なんて何処かに捨て去り、悩み問い答えがでない。それを続けていた。
しかし、気が付くとワカナは座っていた。地球の日本の知っているリビングに敷かれた絨毯の上にクッションを抱えて座っていた。
ワカナはハッと冷静になり、キョロキョロと回りを見渡す。ワカナの周りには不思議そうにワカナのことを見る見知った人が何人もいた。
「どうかしましたか? 若菜さん」
茶色の長い癖っ毛を下ろした黒淵眼鏡の少女がオレンジジュースを入れたコップを両手に一つずつ持ってワカナを見下ろしていた。
「え……」
「どうせ俺に負けて悔しがってんだろうぜ、ほっといて次やるぞ」
黒髪を動きやすいように耳に触れないほどの長さで切った少年が少し乱暴に言う。茶髪の少女は優しくワカナにオレンジジュースを一杯渡し、その手で黒髪の少年の頭を軽く叩いた。
「五日にぃのことは置いといて、次は私とやろうよ。若菜さん」
「え……」
知っている名前を知っている人が呼ぶ。茶髪の少女がワカナの隣に座り、足元にあったコントローラーを差し出す。
「いやぁ、俺って天才。かわいい弟たちが喧嘩できるゲーム作れるなんて……。グラフィックも最高」
「バーカ、その絵を描いてあげたのはあたしでしょ。全部が兄ちゃんの手柄みたいに言うなっての」
「悪い悪いって」
黒髪を三つ編みにした側に座っている二人より少しだけ年上の少年が離れたところで椅子に座っていた茶髪の少年の頭に腕を乗っけながら言う。その茶髪の少年は元から細い目をさらに細くして笑っている。
「次言ったらもう描かないから」
「言わねぇよ。ほぉら、お前らもこっち見てないで続けて感想を言え」
三人の視線に気づき、細目の少年が追い払うような手をして言う。その上で黒髪の少女がニマリと笑っていた。
その二人の姿をワカナは知らなかった。知らなかったが、見たことがあった。それもついさっきだ。天使と悪魔が、必死になって天使を守っていた悪魔の姿がワカナの脳裏に浮かんだ。二人で笑っている姿がその二人にそっくりだった。
「二日にぃ、このゲームの感想ならいつも言ってるじゃねぇか。勝ってばっかりでつまんない」
「私も商業化には向かないと思う。五日にぃみたいに適当な理由じゃなくて真面目に。全部言ってほしいですか?」
ワカナの側にいる二人が口々に天使だった細目の少年に言う。その少年以外は楽しそうに笑っているが、その少年自体は悲しげに落ち込んでいた。その中でワカナだけが何もわからないという顔をしている。
「ん? どうしたんだ、若菜ちゃん」
細目の少年が顔色の悪いワカナを見て尋ねた。
「え、え……いえ、ううん、何でも」
ワカナは気付いた。これは、この確実な夢は、あの日だ。ワカナが髪にリボンを結い、手袋をはめ、敬語を使う原因になったあの日だ。
ワカナが自分の髪に触れても布の感触がない。素手でコップを抱えている。敬語を使わなくても何も思わない。ワカナは確信した。これは夢で昔の榊家だと。
「ならよかった。じゃあ私とやりましょうか、若菜さん」
黒髪の少年……五日からコントローラーを奪った茶髪の少女……六日が元気に言う。
「いいよ、今度は勝つから」
覚えている昔の口調でワカナは答えた。
「若菜に負けるやつがいるなら見てみたいな」
「次言ったら本当に殺すからな」
茶化す五日にワカナは、口が勝手に五日に言った。
ゲームは進む。まあ、当然のようにワカナが惨敗する。それを五日が馬鹿にするように笑いながら言った。
「やっぱ無理じゃねぇか!」
その言葉は鮮明に覚えている。そのあと、ワカナがとった行動も何が起きてしまうかも。
この言葉にワカナは反応する。反応してしまえば何が置きるかなど思い出してしまっている。しかし、体が勝手に反応して口が勝手に物を言った。
「……殺すって言ったよなぁ」
プツンと切れたワカナが立ち上がり、ゆらりと五日の方を向いた。流石にマズイと五日は顔色を変えて立ち上がり、少し後ずさりをする。
下がらないで。……せめて、そこにいて。
ワカナは祈る。下がらなければ、事は大きくならない。
「じょ、冗談だって……ははは」
五日は笑ってもう一歩下がった。
手は出さないで、私の前に、私を止めるために手を出さないで。 
ワカナは祈る。しかし、その祈りは届かずに五日は両手を若菜の前に出した。
「……あはは」
笑って若菜はその手を押す。冗談だ。そう言うつもりで。
「うわっ」
押された衝撃で元々後ろに偏っていた五日の重心がさらに押され、バランスを崩す。運動神経だけはいいのだ。それだけだったならばまだ大丈夫。そんなこと若菜も知っていた。
偶然、五日のすぐ後ろに予備のコントローラーがあった。それに躓いて後ろに倒れる。
偶然、倒れた頭の先に二日が座るために少し出していた椅子の角があった。そこに頭を強く打つ。
偶然、その下に若菜が持ってきた鞄の金具があった。
偶然、その金具にさっき打った頭と同じ場所が当たった。
偶然、ちょうどその時買い物に行っていた一日と麗菜が七日を連れて帰ってきた。そして、その現場を見た。
偶然、偶然が重なり、偶然バチが当たったように、偶然五日が頭から血を流して倒れていた。
偶然、それを見た者は顔色を失った。
偶然、ワカナが目を見開き、言葉を失った。
そのあと、ワカナが動けるようになるよりも前に麗菜が救急車を呼び、五日は近くの大学病院に運ばれた。
誰も状況を理解しておらず、何を聞かれても誰も何も答えられなかった。そうしている間に意外と軽傷だった五日が目を覚まし、こう言った。
「ふざけてて転んだだけ」
それは実際そうだった。しかし、その言葉を聴いて三日がこう言ってしまった。
「若菜が五日を突き飛ばさなければ」
麗菜は頭を下げた。五日が転んだだけと言ってくれたお陰で一日は若菜に何も言わなかった。ワカナを見る目が多少変わってしまったものの、それでこれは終わった。はずだ。
麗菜は必要以上に気にしてしまった。すぐに五日の怪我も治り、他も元気に今まで通り。それでいいじゃないかと思っていた。
麗菜は若菜に言った。怒るな、喧嘩するな、もう誰も傷つけるな。当然のことだが、そのせいでワカナは良く言えば変わってしまった。
姉との約束のリボンと手袋を常に身に付け、口調は六日を真似し、他人と関わればまた同じになると恐れて必要以上に関わらなくなった。それを頼んだ本人である麗菜が心配してしまうほどにだ。
そして、それからも仲良くしていた榊兄弟でも二日と三日、五日とはほとんど会うこともなくなり、ワカナが十六才になる頃にはそんな記憶も自分を守るように塞いでしまった。
しかし、そんなことどうでもいい。
ワカナは思い出すべくして一つ思い出した。思い出したと言うのは少し違うかもしれない。この夢の中ではじめて気がついたことだ。
若菜が驚いているその視線の先で、ワカナは見た。七日が一瞬だけだが若菜に羨望の眼差しを向け、笑った。
そう言えば六日に言われたことがある。七日が昔のワカナのように良く喧嘩をするようになったと。
▲▲
ワカナは夢を見ていた。
初めは暗い暗い闇をずっと落ちていた。理性なんて何処かに捨て去り、悩み問い答えがでない。それを続けていた。
しかし、気が付くとワカナは座っていた。地球の日本の知っているリビングに敷かれた絨毯の上にクッションを抱えて座っていた。
ワカナはハッと冷静になり、キョロキョロと回りを見渡す。ワカナの周りには不思議そうにワカナのことを見る見知った人が何人もいた。
「どうかしましたか? 若菜さん」
茶色の長い癖っ毛を下ろした黒淵眼鏡の少女がオレンジジュースを入れたコップを両手に一つずつ持ってワカナを見下ろしていた。
「え……」
「どうせ俺に負けて悔しがってんだろうぜ、ほっといて次やるぞ」
黒髪を動きやすいように耳に触れないほどの長さで切った少年が少し乱暴に言う。茶髪の少女は優しくワカナにオレンジジュースを一杯渡し、その手で黒髪の少年の頭を軽く叩いた。
「五日にぃのことは置いといて、次は私とやろうよ。若菜さん」
「え……」
知っている名前を知っている人が呼ぶ。茶髪の少女がワカナの隣に座り、足元にあったコントローラーを差し出す。
「いやぁ、俺って天才。かわいい弟たちが喧嘩できるゲーム作れるなんて……。グラフィックも最高」
「バーカ、その絵を描いてあげたのはあたしでしょ。全部が兄ちゃんの手柄みたいに言うなっての」
「悪い悪いって」
黒髪を三つ編みにした側に座っている二人より少しだけ年上の少年が離れたところで椅子に座っていた茶髪の少年の頭に腕を乗っけながら言う。その茶髪の少年は元から細い目をさらに細くして笑っている。
「次言ったらもう描かないから」
「言わねぇよ。ほぉら、お前らもこっち見てないで続けて感想を言え」
三人の視線に気づき、細目の少年が追い払うような手をして言う。その上で黒髪の少女がニマリと笑っていた。
その二人の姿をワカナは知らなかった。知らなかったが、見たことがあった。それもついさっきだ。天使と悪魔が、必死になって天使を守っていた悪魔の姿がワカナの脳裏に浮かんだ。二人で笑っている姿がその二人にそっくりだった。
「二日にぃ、このゲームの感想ならいつも言ってるじゃねぇか。勝ってばっかりでつまんない」
「私も商業化には向かないと思う。五日にぃみたいに適当な理由じゃなくて真面目に。全部言ってほしいですか?」
ワカナの側にいる二人が口々に天使だった細目の少年に言う。その少年以外は楽しそうに笑っているが、その少年自体は悲しげに落ち込んでいた。その中でワカナだけが何もわからないという顔をしている。
「ん? どうしたんだ、若菜ちゃん」
細目の少年が顔色の悪いワカナを見て尋ねた。
「え、え……いえ、ううん、何でも」
ワカナは気付いた。これは、この確実な夢は、あの日だ。ワカナが髪にリボンを結い、手袋をはめ、敬語を使う原因になったあの日だ。
ワカナが自分の髪に触れても布の感触がない。素手でコップを抱えている。敬語を使わなくても何も思わない。ワカナは確信した。これは夢で昔の榊家だと。
「ならよかった。じゃあ私とやりましょうか、若菜さん」
黒髪の少年……五日からコントローラーを奪った茶髪の少女……六日が元気に言う。
「いいよ、今度は勝つから」
覚えている昔の口調でワカナは答えた。
「若菜に負けるやつがいるなら見てみたいな」
「次言ったら本当に殺すからな」
茶化す五日にワカナは、口が勝手に五日に言った。
ゲームは進む。まあ、当然のようにワカナが惨敗する。それを五日が馬鹿にするように笑いながら言った。
「やっぱ無理じゃねぇか!」
その言葉は鮮明に覚えている。そのあと、ワカナがとった行動も何が起きてしまうかも。
この言葉にワカナは反応する。反応してしまえば何が置きるかなど思い出してしまっている。しかし、体が勝手に反応して口が勝手に物を言った。
「……殺すって言ったよなぁ」
プツンと切れたワカナが立ち上がり、ゆらりと五日の方を向いた。流石にマズイと五日は顔色を変えて立ち上がり、少し後ずさりをする。
下がらないで。……せめて、そこにいて。
ワカナは祈る。下がらなければ、事は大きくならない。
「じょ、冗談だって……ははは」
五日は笑ってもう一歩下がった。
手は出さないで、私の前に、私を止めるために手を出さないで。 
ワカナは祈る。しかし、その祈りは届かずに五日は両手を若菜の前に出した。
「……あはは」
笑って若菜はその手を押す。冗談だ。そう言うつもりで。
「うわっ」
押された衝撃で元々後ろに偏っていた五日の重心がさらに押され、バランスを崩す。運動神経だけはいいのだ。それだけだったならばまだ大丈夫。そんなこと若菜も知っていた。
偶然、五日のすぐ後ろに予備のコントローラーがあった。それに躓いて後ろに倒れる。
偶然、倒れた頭の先に二日が座るために少し出していた椅子の角があった。そこに頭を強く打つ。
偶然、その下に若菜が持ってきた鞄の金具があった。
偶然、その金具にさっき打った頭と同じ場所が当たった。
偶然、ちょうどその時買い物に行っていた一日と麗菜が七日を連れて帰ってきた。そして、その現場を見た。
偶然、偶然が重なり、偶然バチが当たったように、偶然五日が頭から血を流して倒れていた。
偶然、それを見た者は顔色を失った。
偶然、ワカナが目を見開き、言葉を失った。
そのあと、ワカナが動けるようになるよりも前に麗菜が救急車を呼び、五日は近くの大学病院に運ばれた。
誰も状況を理解しておらず、何を聞かれても誰も何も答えられなかった。そうしている間に意外と軽傷だった五日が目を覚まし、こう言った。
「ふざけてて転んだだけ」
それは実際そうだった。しかし、その言葉を聴いて三日がこう言ってしまった。
「若菜が五日を突き飛ばさなければ」
麗菜は頭を下げた。五日が転んだだけと言ってくれたお陰で一日は若菜に何も言わなかった。ワカナを見る目が多少変わってしまったものの、それでこれは終わった。はずだ。
麗菜は必要以上に気にしてしまった。すぐに五日の怪我も治り、他も元気に今まで通り。それでいいじゃないかと思っていた。
麗菜は若菜に言った。怒るな、喧嘩するな、もう誰も傷つけるな。当然のことだが、そのせいでワカナは良く言えば変わってしまった。
姉との約束のリボンと手袋を常に身に付け、口調は六日を真似し、他人と関わればまた同じになると恐れて必要以上に関わらなくなった。それを頼んだ本人である麗菜が心配してしまうほどにだ。
そして、それからも仲良くしていた榊兄弟でも二日と三日、五日とはほとんど会うこともなくなり、ワカナが十六才になる頃にはそんな記憶も自分を守るように塞いでしまった。
しかし、そんなことどうでもいい。
ワカナは思い出すべくして一つ思い出した。思い出したと言うのは少し違うかもしれない。この夢の中ではじめて気がついたことだ。
若菜が驚いているその視線の先で、ワカナは見た。七日が一瞬だけだが若菜に羨望の眼差しを向け、笑った。
そう言えば六日に言われたことがある。七日が昔のワカナのように良く喧嘩をするようになったと。
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