炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

19節 退け

『……ワカナ? ……』

 ワカナの涙のせいでよく見えていないシアラがワカナを呼んだ。ずっとこうしているわけにもいかない。誰かが……あゆみがこの部屋に向かってきているのだ。

『ねえ、ワカナ? どうしたのよ』

 シアラの声が聞こえないのかのようにワカナはただただ声も出さずに泣いていた。

『……手遅れ、ね』

 カチャ、と小さな音がして扉が開いた。あゆみがワカナを見て壊れた壁を見る。そして、少し俯いて理解した。

「若菜。……若菜? 」

 あゆみがワカナを呼んだが反応はなかった。顔を上げながらもう一度呼ぶ。

 目の前にワカナがいた。

「……え」

 ワカナは目を覆い、あゆみの頭を壁に叩きつけた。

「ぅっ……あぁあ」

 ゴンッ、と鈍い音を響かせた頭蓋がキィーンと鳴る。押さえられて暗闇になった視界がパッと白くなる。白い闇があゆみの頭を覆う。

『ど、どこ行くの! 』

 あゆみが動けなくなったことを認識すると、ワカナはあゆみの頭を捨てて部屋から出ていった。

「……いつか…………しぬ」

 二階の壁を破壊しながらワカナはシアラの言葉に返す。

『何時か死ぬ? 』

「い、つか…………しな、ない………で」

 涙で乾いた口をどうにか開いてワカナは言う。シアラの声は聞こえていないようだ。

 壁の破壊まではいいのだが、そこから刺す日差しに怯えるようにワカナは立った。理性は若干残っているらしい。自分が吸血鬼で日光は危険だと、それだけは理解しているらしい。

 しかし、そこから翼を広げて飛ぶ。

「……? 」

 痛くない。削れる感触もない。溶ける感じも焦げる感じもない。

『安心しなさい。日光は弱点なんかじゃないわ、今のあなたは昼間にも活動できる世にも珍しい吸血鬼にしてあげたわ。ま、聞いてないでしょうけど』

 頼んだのはこちらなのに昼間動けないのは不便だろうからとヒトミとミコトがそうしたようだ。ワカナは動けるのならばそれでいいとどこかに真っ直ぐ飛んでいった。

 どこに向かうつもりなのか。それは自分にもわからない。ただ、そちらの方から嫌な予感がしたからその方へと向かっているだけだ。

「待った」

 目の前に一人の天使が浮かんでいた。ワカナは思わず止まり、その天使を見た。

「宮殿に行くなら俺を倒していってもらおうか」

「兄さんだけじゃなくてあたしもね」

 何にそんな自信が持てるのかわからないほど自信に満ち溢れた顔をしてその男の天使は言った。その男の後ろから黒い悪魔の少女が顔を出して言った。

「……じゃ……ま」

 そう言いながらワカナは手を開いて二人の前に出した。

「え? 」

「うぉっ……っと」

 二人の天使と悪魔がいた場所が炎に包まれる。天使が悪魔をつれて少しその場から下がったからどうにかその炎から逃れることができたが、巻き込まれていたら灰が残れば奇跡だと言えるほどだった。

 顔を青くした悪魔が呆然と天使越しにワカナを見ている。あり得ないと言うような顔だ。

「邪魔」

「まあ、落ち着け吸血鬼。せめて名乗らせろ」

「退け」

「聞いてんのか? 」

「死ね」

「兄さん、これ聞いてないよ」

 天使がワカナを宥めるように何度か言うが、瞬き一つせずにワカナは単語だけを並べる。シアラは諦めたようで何も言わない。

「退け」

 まだ涙を流してとてもワカナとは思えない表情でワカナは続けた。

「退け」

 天使も悪魔も何も返せない。ただ機械のように繰り返すワカナを天使は睨み、悪魔は天使の腕にしがみつくしか出来ずに見ていた。

「退け」

 動かなかった。何度言われても天使はその場を動こうとしなかった。

「退け」

 ワカナは手を二人の方に向けた。次は、今度はさっきのようにはいかない。間違いなくワカナはこの二人を燃やし殺すだろう。

「に、兄さん! 」

 手が目の前に広げられても動こうとしない天使に悪魔が言う。叫ぶように助けを呼ぶように。

「……退け! 」

 ワカナは叫んで目の前の二人を燃やそうと炎を出す。今度は局地的な物ではなく、手から放出する。後ろに避けても逃がさないように。

「兄さん! 」

「ミツカ! 」

 避けたわけではない。何か見えないものが天使と悪魔を包み、ワカナの炎を防いでいる。悪魔はワカナを睨み、天使はそんな悪魔を驚いたような顔で見つめている。

「……っ……」

 悪魔が小さく溢す。悪魔がワカナの炎を防いでいるようだ。ワカナの炎はそんな誰かの咄嗟に出したバリアなんかで防げるわけがない。

「やめろ、ミツカ」

 眉を寄せて苦しそうに歯を食い縛る悪魔に天使は言う。肩を押さえて何度か揺らしながらどうにか説得しようとするが、その炎もバリアも消える予感はない。

「退け」

 涙を流してはいるが、涼しい顔でワカナは近づく。その分炎は威力を増し、悪魔はもう耐えることができないだろう。

「っ……うぁ」

 目を瞑り、悪魔は天使の腕を強く握った。呻き、苦しんでいる悪魔を天使は説得することをやめたようでワカナを一緒になって睨んでいる。

『馬鹿ね。早く諦めた方が死なずにすむかもしれないなんてこと誰にでもわかるのにこいつらにはわからないとでも言うの? 余程の阿呆なのかしら』

 シアラはつまらなそうに誰も聞いていない言葉を話した。いや、ワカナは聞いていたが、それに反応する余裕がなかった。

「ぐあっ」

 バリ、と小さな小さな音をさせて天使と悪魔を包んでいたバリアに小さなヒビが入った。それと同時に悪魔が目を見開き、呻いた。

「……チッ」

 その様子を見て天使は悪魔の目と背中を押さえて二人して頭から地面に落ちていく。舌打ちをしてワカナを恨むように見ながら落ちていった。

 邪魔なやつがいなくなってワカナはまた真っ直ぐ飛んでいく。長く炎を出しすぎたせいで左の手袋が焦げて無くなってしまったが、ワカナは気がついていない。

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