炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

13節 着せ替え人形

「私は殺すなって言ったよ」

 帰ってきたワカナを見たあゆみは、おかえりよりも前にワカナが抱えている焦げた天使が目に入って不機嫌そうに言う。

「いえ、死んではいませんよ。軽く炙っただけです」

 そう言ってワカナは天使を床に投げた。自分の家のようにそこにあったソファに反対の手で持っていた服を投げ、手に付いた汚れを払う。

「おう、帰ってたのか……どんな格好してんだよ」

「羽を出したかったのですが服を破いてしまいたくなかったので脱いだだけですけど、何か」

 ワカナが出ていった時とは違い、繊細なレース生地で作られた真っ白な下着のみを身に付けていることに気がついて五日は向かってきていた足を止めて尋ねた。ワカナは自分がしたことを正直に話しただけなのに五日は納得していない様子だ。

「あとで私の服を貸してあげる。サイズは合わないかもしれないけど、そんな格好でいたら風邪引くよ。暖炉の前にいて」

 テキパキとあゆみはワカナが投げた天使を汚れても構わない場所まで移動させた椅子に座らせ、ソファの服を回収してワカナに言った。

「吸血鬼は風邪を引きません」

「馬鹿は風邪引いたことに気づかないの。いいから黙って言うこと聞いて大人しくそこにいて」

 ワカナの言葉にあゆみは何をバカなこと言っているんだと言う目で返した。反論するのも面倒になって結局ワカナは暖炉の前で膝を抱えて座った。

「五日、彼女は目を覚ました? 」

「いいや。調べたら何度も記憶の書き換えが起こってるから負担が半端じゃ無いのかもしれないな。若菜には言わない方が良いと思う」

「伝える気はないわ。あんな姿見たら恐らく泣き叫ぶでしょうしね。私たちの命も危ういわ」

 ワカナが暖炉の炎をぼんやりと見つめている内にあゆみと五日はこそこそと話をしていた。ワカナには聞こえないようにと相手に聞こえるかどうかの小声で。

 そんな配慮は必要なかった。ワカナはワカナで話しかけてくる声を聞いていただけだ。

『この家には俺役とイロク役とワカナ、他にもう一人いるわね。俺は見えないから誰かはわからないけど、ロロ役ね。知りたければあの二人に言及すれば良いけど……。どうする? ワカナ』

 ワカナはシアラからの言葉に返すために耳を澄ませた。あゆみとイロクは何かを話している。炎がパチパチと鳴く音もある。小声ならバレないはずだ。

「どうでも良いです。どうせ夜が明ければわかる気もしますし、知らない方がいいことだってあります」

『そう。なら俺は俺で調べるからわかったらとりあえず伝えるわね。答えは言わないでおいてあげるけど』

「それはご配慮感謝しますよ」

 ワカナはクスリと笑いながら言った。そして気がついた。あゆみがすぐ側にいた。

「これ着て。それと、手袋も汚れてるみたいだから洗っておこうか? 」

 白い手袋に多少の汚れがあることには気づいていた。焦げた天使を担いだし、少し地面にも触れてしまったのだから仕方がない。

「いえ、替えがないので平気です」

 汚れた所を大切そうに撫でながらワカナは言う。

「五日が白いの持ってるよ」

「俺は手が小さい方だし、サイズは心配する必要ない。取ってくる」

 ワカナの意見なんて聞かずに五日は二階にあるのであろう自分の部屋に戻った。

 ワカナはシアラからもらった薄い赤色の服を着る。全体的に白い印象のある襟つきの薄いコートのようだ。生地は薄いのにかなり暖かくて少し安心する。着丈は長いけれど、腰までしか止められないのでおかしな印象はない。袖も中途半端だが長すぎることはない。それを着たワカナを見たあゆみは嬉しそうに頷いた。

「これもはいてごらん」

 そう言ってあゆみはワカナに白くふんわりとしたスカートを渡した。

「……私を着せ替え人形か何かと勘違いしてません? 」

 そう言いながらもワカナはスカートをはいた。元の長さが短いのか膝下くらいの長さで落ち着いていた。

「そんなわけ……ないよ! うん、ないない」

 かなり怪しいが、本人がないと言っているのでワカナはそういうことにしておいた。

 最近は黒い服ばかり着ていたのでかなり新鮮な気分だ。動きにくいわけでもないし、側転も出来る。

「あ、この服破いても良いですか? 」

「ふふふ。その服は天使が着る服よ? 破けるなんてあり得ないからやってみなさいよ」

 自分の背中を見ながらワカナが言うと、その質問を待っていたかのようにあゆみが笑って答える。本当にそうなのかと疑いながらワカナがしまっていた羽を広げる。

「……どういう原理ですか」

「それは考えないことをおすすめするわ。でも、平気でしょ」

 服も体の一部と言うように全く傷が付かなかった。ワカナにはよく見えないが、羽の根本はかなり細くなり、形も若干変わっているが、飛行には何の問題もない。

「はい、ありがとうございます。あゆみさん」

 羽をまたしまってワカナは笑顔をあゆみに向けた。そして、あゆみはおいで、とワカナをホコリ一つ無く綺麗に保たれているソファにつれていき、座らせた。

「若菜って麗菜の妹よね。たしか」

 ワカナのとなりに座ってあゆみは寂しそうな笑顔で言う。ワカナはその顔を見て眉を下げて不機嫌そうに答える。

「はい。私の記憶ではお姉ちゃんの知り合いに貴女のような方はいませんでしたけど、仲が良かったのですか? 」

「あぁ……そうよね、覚えていない方がいいよ。まあ、私は中学三年の時に初めて麗菜と話したからね。高校は離れちゃったし、仕方ないよ」

 ワカナに覚えていないと言われてもあゆみは仕方ないと思うしかなかった。何度も会っていたわけでもないし、あゆみも名前を五日から聞くまで気が付かなかった。それに、あまり良くないことが起きていたから、ワカナはあゆみの存在を覚えていない方が良いと思うしかない。

「まぁ、改めて自己紹介をしましょうか。私は天使のシアラ役、不知火あゆ……」

 あゆみはキチンと改めて名乗った。いや、名乗ろうとした。途中まであゆみが名前を言うと、ワカナが勢いよく手をあゆみの服まで伸ばして掴んだ。

「不知火あゆみ先……え? おま、貴女ゆうちゃんシリーズのあゆみセンセ、え? 」

「落ち着いて、たしかに私はゆうちゃんシリーズを書いていたわ。でも、何で、それで、ワカナが、驚くの? 別に有名なんかじゃなかったのよ」

 揺さぶられるのを嫌がってあゆみがワカナの腕を強引に服から引き剥がした。そのまま手首をつかんでワカナをなだめながらあゆみも焦りながら言った。

「私、ゆうちゃんのことがすごい好きなんです。気づいたら読んでるくらいに好きなんです」

 長年の恋心を打ち明けるようにワカナは言葉をあゆみに投げた。

「え、そう……あ、ありがとう……うん」 

 嬉しい気持ちはあったが、どうその言葉に返せば良いかわからず、あゆみは顔を伏せて戸惑いながら返した。反応を間違えたような気はしたが、それ以上どうすればいいかなどわかりはしなかったのだ。

「すみません。とりあえず、会えて良かったです」

「私も、良かったわ」

 熱を吐き出して冷静になったワカナがあゆみを困らせていることに気がつくと、謝ってソファに座り直した。あゆみも顔に手を当てながらだが、前を向いてチラチラとワカナの方を向く程度には冷静になった。

 そして、二人が完全に忘れた頃に一人、一階の広間に悪魔が降りてきた。

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