炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

4節 何がそんなに怖いのか

「何がだ」

「罠に掛かった回数よ。それ以外に何があるって言うの? 」

 シアラは目を細めて微笑むようにアノニムの言葉に答えた。声も口も全く笑っていないが、残念そうに聞こえた。

「で、何の用? 」

 後ろにあった椅子に座り、シアラはワカナの方に首を傾けて顔を向けた。折れそうな勢いで向けられた首にワカナはギョッとしながら眉間にしわを寄せながら答えた。

「……貴女は消えたはずですよね? 何故存在しているのですか。そして、何を目的にこの部屋に留まるのですか」

 シアラは、透き通った赤い瞳を極端に細め、子供のように口をへの字に歪めて少し悩んでいた。そして、口元に微かな笑みを浮かべて指をそこに当て、目をしっかりと開いて答えた。

「俺が存在しているのは外の副神様に訊いてね。で、俺の目的は貴女がチラチラさっきから見ているものがそうよ」

 言われてハッとした。ワカナは無意識の内にシアラが座っている隣の椅子に掛けられている黒い布を何度も見ていた。布の下には何かがありそうな膨らみがあるが、何かがいそうな気配はしない。

「……見たい? 」

 そう言ってシアラが布の端を軽く持つと、反対側が少し捲れて血が通ってないだろう、けれど人形などではない人間の質感だと何故か感じ取れる腕が見えた。

「……」

「……」

 ワカナもアノニムも一言も答えない内にシアラも無言で布を完全に取り、そこにあったものを二人に見せた。

 真っ白な腕に青いような黒いような長い髪をした黒い服を纏って白い蝙蝠のような羽を生やした美しい少女のような容姿の物。開く気配のない瞼の奥には青い瞳が二つ眠っているだろう悪魔。座ったまま眠ってしまったかのような姿勢で青白い腕を手摺に置いているシアラを愛した一人の悪魔。

「どう? 綺麗でしょ。俺のお人形」

 ワカナがふとアノニムの方を見ると、アノニムは軽蔑するような目で悪魔の人形とシアラのことを睨んでいた。元々白い顔が血の気が引くように微かに青くなっていたような気がしたが、ワカナにはそんなことを気に止めている程余裕はなかった。

「えーと、確かズィミアに聞いたのよ。自分の駒になってくれるお人形の作り方」

「……それが目的なのですか? 私には理解しがたいのですけど」

 シアラは、楽しそうに思い出すように二人に……いや、アノニムの方を見て言った。そして、ワカナは元から鋭い目をさらに細めて人形を見ながらシアラに尋ねた。

「いいえ。厳密にはイロクの完全復活よ。あ、このお人形名前はイロクって言うの。昔々俺のことを愛し操られてくれた大切な傀儡なのよ」

「……操り人形ですか。そんなの復活させてどうするんです? 」

 シアラは楽しそうな笑みを浮かべて本当に嬉しそうに人形の頬を優しく指で撫でる。気味が悪いものを見るようにワカナが数歩下がりながらまた聞いた。アノニムはまだ睨んでいる。この世で一番恐ろしいを見ているように動かない足を誤魔化すように睨み続けた。

「どうもしないわ。でも、今度は俺が愛してあげるの。俺が彼と同じくらい愛して幸せに苦しめてあげる。それだけよ」

「…………ぁい。…………だ」

 ワカナに無垢な笑顔を向けるシアラに死にかけているような細く小さな声でアノニムは言った。深呼吸の音ですら打ち消せてしまう程小さな声がシアラの耳にも入る。驚いたように目をギョロりと見開き、シアラが首が折れるほど勢いよくアノニムの方を見た。そこにはさっきの笑みはない。

「何よ。言いたいことでもあるのかしら? 」

「……お前に魂は作れないし直せない。無理だと言ったんだ」

 まだ聞き取りにくい小さな小さな声でアノニムは言った。髪で隠れている額には大量の冷や汗がつぅっと流れている。その事を面白がるようにシアラはまた笑った。

「さあ、どうかしらね。俺は全部話したわ。このワカナっていう吸血鬼とはもうひとつ話したいからアノニムだけ出ていって。罠は解除してるから」

 いつの間にか足は動くようになっていた。アノニムはワカナの方を向くと、ワカナは少し考えてから頷いたのでアノニムは血の味がするんじゃないかと思うほど奥歯を強く噛み締め、シアラのことを睨みながら扉まで下がってそのまま部屋から出た。

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