炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~

黄崎うい

33節 遥か昔の記憶part18

「あった…」

 ヨルカは、小石を二つ手に持ち、頭をあげた。そして、呼んだ。

「ヒナでしょ、わかってるわ。隠れてこんなもの投げたりしないで出てくれば良いじゃない」

 ヨルカが優しくそう言っても、返事はなかった。ただ、またヨルカに向けて石が飛んできた。

「ヒナ! 答えなさい。何故、吸血鬼を恨んでいる貴女が、私たちの家に勤めていたの? 貴女は、ルータスと行動を共にしている。それは、私たちに何か恨みを持っているのでしょう? 」

 ヨルカは、目の前にいるはずの人に向けて今度は強めに言った。その人は、ザッと音をたてて立ち上がった。

「……違う。ヒナじゃないわ、ヨルカ」

 ヨルカが聞いたのは、メイリスの声だった。

「何故、貴女が? 全く理解ができないんだけど、何がしたいのよ」

「良いこと教えてあげるわ。お母さんは殺したの、私が。貴女を殺すとか言うから」

 ヨルカは、ますます意味がわからなくなった。ヨルカがルータスに殺されることは、メイリスにとって都合が悪いのだろう。しかし、ルータスをメイリスが殺す理由がわからなかった。

 メイリスは、ゆっくりとヨルカに近づき、手をヨルカの首もとに運んだ。そして、そっと首を握った。

「お母さんにヨルカを殺されるのは困るのよ。あんな小さな恨みなんかで最後の吸血鬼である貴女を殺されたくなんかないから。感謝はしているわ。私一人ならこういう風に実行しようだなんて思わなかったもの」

 ああ、そうか。ヨルカは全てを理解した。ルータスは、キューバルに後悔させ、ヨルカだけを殺すつもりだった。しかし、そんな温い方法は、メイリスが納得する内容ではなかったのだ。

 この世界で吸血鬼は、生きているものの気持ちがわからないと言われている。それは、吸血鬼や、吸血鬼の血を持つ者の孤児が最も多いからだ。それも、親であったものに暴力を受けた状態で捨てられていた者だ。そして、それと同時に暴力を受けた状態で捨てられ、死んだ状態で見つけられることも、吸血鬼の血を持つ者が一番多かった。

「貴女たち吸血鬼は、私たちみたいな捨てられた者の気持ちなんてわからないでしょう? だからね、少しでも私たちの気持ちを知ってほしいの」

「え……」

 ヨルカは、腕を捕まれて身動きがとれなかった。その後、ヨルカの身に起こされたことは、小学生のいじめにも劣るほど幼稚な暴力だった。

 ただ殴られ、蹴られ、死なない程度に甚振られた。その間、ヨルカは弱音の一つも吐かずに、冷静に話続けていた。

「確かに、吸血鬼は他の種族のように情を深めることは少ないわ。それに、貴女たちが復讐したい気持ちもよくわかる。それでもね、私はこれを受け入れるけど、お姉さまにはこんなことしないでよね。どうせ生きているんだから」

 ヨルカはずっと、この言葉を何度も繰り返していた。そして、言い終わる度に力は強くなっていった。

「時間。戻るよ」

 日が昇り始めたのか、ヨルカのことをその場に捨ててメイリスたちはその場を去った。

 ヨルカは悟った。このまま日に当てられて殺されることを悟ってしまった。

 ヨルカの身体中が痛み、動けるわけがない。しかし、それだけではない。足の骨は意図的に砕かれ、羽も飛べないほどにボロボロに破られてしまったのだ。

 何かかけられている様子もない。暖かくなってきた。そのせいで、徐々に消えていくことが、ヨルカに感じとることができた。

 しかし実際には、吸血鬼と言えど個体差があり、ヨルカは消えたりしているわけではない。手足など、身体の末端から徐々に死んでいくのだ。

 昼頃には、脳もほとんど機能しなくなっていた。考える気力も起きず、考えることもできずにただひたすら過ぎる時間の中で、死を待つのみだった。

「これはもう助からないな。全く……ズィミアは本当にミスが多いな。まあいい、ようやく死んでくれるのか、長かったな。……まだ生きてるか」

「……だ……れ? 」

 なんとか口は動いた。言葉になっていない言葉を、どうにか聞き取ったヨルカの近くに立つ者は答えた。

「今のあんたには関係ない。それに、記憶のないあんたは私にとってなんの価値もないんだ。いいか、本来のあんたは……」

 ヨルカがそこまで聞いたときだった。完全に意識と記憶はプツリと切れてしまった。

 その瞬間、ヨルカは死んだのだ。



 数時間後日が沈んだ後、メイリスは一人でヨルカの元にに戻ってきた。念のため確認しに来たのだ。
 その場からヨルカの姿はなくなっていた。姿だけでなく、身に付けていたものまでなくなっていたことに疑問を抱きはしたが、よく確認することもないまま街の方へと戻っていった。

 その後、メイリスは街と森の間に高い壁を造り、街の者に森への立ち入りを禁じた。そして、千年以上が経ち、遠く離れた別の街から人間が訪ねてくるまで、街と屋敷跡地と湖のある森の間の扉が開くことはなかった。

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