炎呪転生~理不尽なシスコン吸血鬼~
23節 遥か昔の記憶part8
ヨルカは昼間眠り、夜働く。吸血鬼なので当たり前のことだ。しかし、人間の振りをしているのだ。周りに怪しまれるのは当然だった。
「ふぁぁああ」
ヨルカが欠伸をして時計で時間を確認すると、昼の一時。いつも通りの九時間睡眠だ。
いつもなら、始業時間の夜の七時まで日傘をもって買い物に行ったりするのだが、いつキューバルが来るかわからない今日は部屋で待機だ。
「お姉さま……」
ヨルカは、本当ならばキューバルに会いたかった。しかし、妹を連れていると言うのだ。ルータスもいる。ルータスに会うことに気が引けていたのだ。
この数ヶ月間、ヨルカは働き、賃金を得ていて気づいたことがある。キューバルの偉大さだ。キューバルが富を築いたのは遠い昔のことだ。だが、働いて得ることのできるお金はほんの僅か。それを貯め、富を保っているこの状況はこの世界では、少なくとも不可能に近いことなのだ。
「はいはい、みんな聞いて」
ヨルカが部屋で座っていると、ヴェニアの声が、下の作業場から聞こえてきた。
「良い、あと少しでキューバル様が来るけど、ルイのことは口にしちゃダメよ」
「ヴェニア先輩、何故ですか? 」
何処かで見たことのある光景だが、当然の反応だ。いきなりこんなこと言われて納得するものがいるわけがない。
「たまにいるでしょ、吸血鬼アレルギーの人が。彼女それなのよ」
ヨルカも聞いたことはあったが、数少なく、滅多にいないアレルギーなので、特に気にしたことはなかった。
「じゃあ、別に言うくらいなら良いのでは? 」
「ほら、それで連れてこいって言われても困るじゃない? それでアレルギーが出てきたら困るのじゃないの~」
工場の者は皆、確かに厄介だと言うように納得していた。
「はい、この話はおしまい。もうそろそろキューバル様がいらっしゃるよ」
皆、口々に返事をすると、持ち場に戻って作業を再開した。この工場は繊維工場で、一般の人間向けの服を作っている。
キューバルとは関係があるはずないのに何故ここに来るのか、ヨルカには不思議で仕方がなかった。
「失礼いたします。キューバル様が、到着されました」
見覚えのある顔、声。ルータスの乳母だった。
「わざわざありがとうございます。みんなは作業続けててね」
ヴェニアは、そういうと工場から出てキューバルの出迎えに行った。開いた扉からは、明るさを感じることができなかった。魔術でこの周辺を暗くしているのだろう。
「キューバル様ってどうしてこんな汚くて狭い工場に来るんだろうな」
「何かさ、誰かを探してるみたいだよ。二人の妹のうちの一人とか……」
ヨルカの耳に、工場の隅で話してる声が聞こえてきた。驚いた。探されているのかもしれないと。
「さ、こちらです。キューバル様」
直後、ヴェニアの元気な声が聞こえてきた。キューバルがいよいよ工場の中に入ってくる。ヨルカの頭の中は、やはり恐怖と喜びで満ちていた。
「失礼するわ」
入ってきた。ヨルカは自然に涙を流していた。こんなに長い間姉に会わなかったことはないからだ。
しかし、一緒に入ってきたのはルータスではなかった。
「ほら、あなたのことは誰も知らないんだから挨拶しなさい」
「はい、キューバルお姉さま。はじめまして、私は、メルイと言います。よろしくお願いします! 」
ヨルカには見覚えがあった。ルータスの生まれた後にキューバルによって拾われた孤児の吸血鬼だ。妹なんかじゃなく、ただの使用人だ。
「私、今日はメルイと共に妹を探しているのです。数ヶ月前、置き手紙を一枚残してから行方がわからなくなってしまいまして、何か知っていることはありますでしょうか? 」
「名前や特徴などを教えてはいただけないでしょうか。この工場で働いているものの多くは、家を出ているので、よく知らない者もおりますので」
キューバルの問いに、ヴェニアが答えた。住み込みで働いている者の多数は、経済的な理由で家を追い出された者で、基本的にお金がなく、情報を得られないのだ。
「ヨルカ、と言います。髪が黒く、長いです。瞳が紅く、肌色は……吸血鬼なので当たり前ですが、白いです。そして……部屋に全て置いてあったので、もう関係ないと思うのですが、赤いリボンをよく集め、着けています」
ヨルカはドキッとした。なぜなら、ルイとして働いている今も、少ない賃金を切り詰めて買った赤いリボンを着けているからだ。
もしかしたら、ヴェニアは気づいてしまっているかもしれない。そうしたら、もうここにはいられない。
そう思い、ヨルカは手紙を書いた。もう、出ていこうと決心した手紙を置いて、人間の街を出ていこうとしたのだ。
「……」
何故か躊躇いが生まれた。キューバルは、ヨルカを探し出して叱るかもしれない。それでも、迷惑をかけているのだ。また迷惑をかけるのか? お世話になっているのに、頼りにさせてもらっているのに、笑わせてもらっているのに。
もう、迷惑はかけたくない。
ヨルカの中で出た結論だった。姿を変える魔術を解き、手紙を燃やし、部屋を出た。
階段に足をかけようとすると、酷く緊張したが、そんなもの、この決心の前では無力だった。
「お姉さま! 」
ヨルカは思いきり叫んだ。キューバルは、ここにヨルカがいないと判断し、帰ろうと扉にてをかけていた。
少しの沈黙のあと、キューバルは息すらせずに静止していた。そして、一番始めに口を開いたのはメルイだった。
「……ヨルカ様」
「メルイ、久しぶりね。お姉さま、お久しぶりです」
ヨルカの手は、カタカタと揺れていた。が、ヨルカの言葉が、キューバルの止まっていた時間を動かした。
ヨルカのいる階段は、工場の機材などは存在するが、出入り口とほぼ真正面に位置していた。そんな階段に、キューバルは機材を壊す勢いでまっすぐ飛んでいったのだ。
ドカッ
ヨルカは、キューバルに強く押され、階段の角に強く頭を打ち付けた。痛かった。が、涙はでなかった。キューバルの目から、初めて見る涙が流れていたからだ。
「今まで……今まで、屋敷の者がどれだけ心配したと思っているの? 狼の集落にも探しに行って、もちろん、この地域にも何度も来たわ。この数ヶ月間、どれだけ探したと思っているの? ねえ、ヨルカ、答えなさいよ」
キューバルは、涙を堪えながらも、ハッキリと言葉をヨルカに伝えていた。
「私は、ルータスを家から追い出そうとしたの。だから、私は自らを追い出したの。ルータスは? 私のこと恨んでる? 憎んでる? 」
「ルータスは、自ら家を出ていきました。吸血鬼として生きるのが嫌になったと。貴女は羽の秘密を教えたのでしょう? 私が知らないはずないじゃない」
ルータスを追い出そうとしたことがキューバルにバレていた。もう、殺される。ヨルカはそう思っていた。しかし、キューバルはヨルカのことを優しく抱き締めた。
「何で私を殺さないの? お姉さまの大好きなルータスを嫉妬なんていうくだらない理由で家から追い出したのに」
「貴女が言ったことよ。姉は、妹には笑わないものよ。ルータスは私の妹じゃなくて貴女の妹じゃない」
「意味がわからないわ。お姉さま、帰って。私はここでこれからも働くから」
ヨルカには、キューバルの言っていることが理解できていなかった。確かに、キューバルは、ルータスを広間に連れて行くときや、子守りをヨルカに命じていたが、そんなことないと思っていた。
「意味なんてわからなくて良いわ。働いても良い。それでも、たまには帰ってきなさい。手紙は、一通じゃなくて何通でも渡しなさい。これは命令よ、ヨルカ」
結局、ヨルカに意味はわからなかった。しかし、そう言い終えると、メルイと一緒に工場を出ていった。
工場に残された、謎の沈黙と重い空気は、ヨルカが部屋に戻り、眠りにつくまで永遠と続いた。
「ふぁぁああ」
ヨルカが欠伸をして時計で時間を確認すると、昼の一時。いつも通りの九時間睡眠だ。
いつもなら、始業時間の夜の七時まで日傘をもって買い物に行ったりするのだが、いつキューバルが来るかわからない今日は部屋で待機だ。
「お姉さま……」
ヨルカは、本当ならばキューバルに会いたかった。しかし、妹を連れていると言うのだ。ルータスもいる。ルータスに会うことに気が引けていたのだ。
この数ヶ月間、ヨルカは働き、賃金を得ていて気づいたことがある。キューバルの偉大さだ。キューバルが富を築いたのは遠い昔のことだ。だが、働いて得ることのできるお金はほんの僅か。それを貯め、富を保っているこの状況はこの世界では、少なくとも不可能に近いことなのだ。
「はいはい、みんな聞いて」
ヨルカが部屋で座っていると、ヴェニアの声が、下の作業場から聞こえてきた。
「良い、あと少しでキューバル様が来るけど、ルイのことは口にしちゃダメよ」
「ヴェニア先輩、何故ですか? 」
何処かで見たことのある光景だが、当然の反応だ。いきなりこんなこと言われて納得するものがいるわけがない。
「たまにいるでしょ、吸血鬼アレルギーの人が。彼女それなのよ」
ヨルカも聞いたことはあったが、数少なく、滅多にいないアレルギーなので、特に気にしたことはなかった。
「じゃあ、別に言うくらいなら良いのでは? 」
「ほら、それで連れてこいって言われても困るじゃない? それでアレルギーが出てきたら困るのじゃないの~」
工場の者は皆、確かに厄介だと言うように納得していた。
「はい、この話はおしまい。もうそろそろキューバル様がいらっしゃるよ」
皆、口々に返事をすると、持ち場に戻って作業を再開した。この工場は繊維工場で、一般の人間向けの服を作っている。
キューバルとは関係があるはずないのに何故ここに来るのか、ヨルカには不思議で仕方がなかった。
「失礼いたします。キューバル様が、到着されました」
見覚えのある顔、声。ルータスの乳母だった。
「わざわざありがとうございます。みんなは作業続けててね」
ヴェニアは、そういうと工場から出てキューバルの出迎えに行った。開いた扉からは、明るさを感じることができなかった。魔術でこの周辺を暗くしているのだろう。
「キューバル様ってどうしてこんな汚くて狭い工場に来るんだろうな」
「何かさ、誰かを探してるみたいだよ。二人の妹のうちの一人とか……」
ヨルカの耳に、工場の隅で話してる声が聞こえてきた。驚いた。探されているのかもしれないと。
「さ、こちらです。キューバル様」
直後、ヴェニアの元気な声が聞こえてきた。キューバルがいよいよ工場の中に入ってくる。ヨルカの頭の中は、やはり恐怖と喜びで満ちていた。
「失礼するわ」
入ってきた。ヨルカは自然に涙を流していた。こんなに長い間姉に会わなかったことはないからだ。
しかし、一緒に入ってきたのはルータスではなかった。
「ほら、あなたのことは誰も知らないんだから挨拶しなさい」
「はい、キューバルお姉さま。はじめまして、私は、メルイと言います。よろしくお願いします! 」
ヨルカには見覚えがあった。ルータスの生まれた後にキューバルによって拾われた孤児の吸血鬼だ。妹なんかじゃなく、ただの使用人だ。
「私、今日はメルイと共に妹を探しているのです。数ヶ月前、置き手紙を一枚残してから行方がわからなくなってしまいまして、何か知っていることはありますでしょうか? 」
「名前や特徴などを教えてはいただけないでしょうか。この工場で働いているものの多くは、家を出ているので、よく知らない者もおりますので」
キューバルの問いに、ヴェニアが答えた。住み込みで働いている者の多数は、経済的な理由で家を追い出された者で、基本的にお金がなく、情報を得られないのだ。
「ヨルカ、と言います。髪が黒く、長いです。瞳が紅く、肌色は……吸血鬼なので当たり前ですが、白いです。そして……部屋に全て置いてあったので、もう関係ないと思うのですが、赤いリボンをよく集め、着けています」
ヨルカはドキッとした。なぜなら、ルイとして働いている今も、少ない賃金を切り詰めて買った赤いリボンを着けているからだ。
もしかしたら、ヴェニアは気づいてしまっているかもしれない。そうしたら、もうここにはいられない。
そう思い、ヨルカは手紙を書いた。もう、出ていこうと決心した手紙を置いて、人間の街を出ていこうとしたのだ。
「……」
何故か躊躇いが生まれた。キューバルは、ヨルカを探し出して叱るかもしれない。それでも、迷惑をかけているのだ。また迷惑をかけるのか? お世話になっているのに、頼りにさせてもらっているのに、笑わせてもらっているのに。
もう、迷惑はかけたくない。
ヨルカの中で出た結論だった。姿を変える魔術を解き、手紙を燃やし、部屋を出た。
階段に足をかけようとすると、酷く緊張したが、そんなもの、この決心の前では無力だった。
「お姉さま! 」
ヨルカは思いきり叫んだ。キューバルは、ここにヨルカがいないと判断し、帰ろうと扉にてをかけていた。
少しの沈黙のあと、キューバルは息すらせずに静止していた。そして、一番始めに口を開いたのはメルイだった。
「……ヨルカ様」
「メルイ、久しぶりね。お姉さま、お久しぶりです」
ヨルカの手は、カタカタと揺れていた。が、ヨルカの言葉が、キューバルの止まっていた時間を動かした。
ヨルカのいる階段は、工場の機材などは存在するが、出入り口とほぼ真正面に位置していた。そんな階段に、キューバルは機材を壊す勢いでまっすぐ飛んでいったのだ。
ドカッ
ヨルカは、キューバルに強く押され、階段の角に強く頭を打ち付けた。痛かった。が、涙はでなかった。キューバルの目から、初めて見る涙が流れていたからだ。
「今まで……今まで、屋敷の者がどれだけ心配したと思っているの? 狼の集落にも探しに行って、もちろん、この地域にも何度も来たわ。この数ヶ月間、どれだけ探したと思っているの? ねえ、ヨルカ、答えなさいよ」
キューバルは、涙を堪えながらも、ハッキリと言葉をヨルカに伝えていた。
「私は、ルータスを家から追い出そうとしたの。だから、私は自らを追い出したの。ルータスは? 私のこと恨んでる? 憎んでる? 」
「ルータスは、自ら家を出ていきました。吸血鬼として生きるのが嫌になったと。貴女は羽の秘密を教えたのでしょう? 私が知らないはずないじゃない」
ルータスを追い出そうとしたことがキューバルにバレていた。もう、殺される。ヨルカはそう思っていた。しかし、キューバルはヨルカのことを優しく抱き締めた。
「何で私を殺さないの? お姉さまの大好きなルータスを嫉妬なんていうくだらない理由で家から追い出したのに」
「貴女が言ったことよ。姉は、妹には笑わないものよ。ルータスは私の妹じゃなくて貴女の妹じゃない」
「意味がわからないわ。お姉さま、帰って。私はここでこれからも働くから」
ヨルカには、キューバルの言っていることが理解できていなかった。確かに、キューバルは、ルータスを広間に連れて行くときや、子守りをヨルカに命じていたが、そんなことないと思っていた。
「意味なんてわからなくて良いわ。働いても良い。それでも、たまには帰ってきなさい。手紙は、一通じゃなくて何通でも渡しなさい。これは命令よ、ヨルカ」
結局、ヨルカに意味はわからなかった。しかし、そう言い終えると、メルイと一緒に工場を出ていった。
工場に残された、謎の沈黙と重い空気は、ヨルカが部屋に戻り、眠りにつくまで永遠と続いた。
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