フェアリーリーズ

依田行平

第一章 緑の指輪と憂える黒 17

 炎主は信じられなかった。誰より優秀なレオ・フィルナが死んだ事が。現実を受け入れたくなかったのか、炎主の体が震えだした。

「ルロド、兄上は」

「今後方に潜んでいた術者を抑えようとしています」

 レオ・フィルナを、治そうとしてくれた術者がそう答えた。

「そうか」

 炎主はレオ・フィルナを地面に横たわらせ、その体に火を放った。

「長?」

「奴らには渡したくない」

 レオ・フィルナの魔力が渡ってしまうのを防ぐ為に、炎主はレオ・フィルナを燃やしたのだった。頭の中はまだ混乱していた。覚悟はしていたが、やはり炎宝珠に選ばれていた者がいなくなるという事が、どれ程の打撃となるのか、身を持って知った。いや、ずっと幼い頃から知っている者がいなくなるというのは、とても辛い物だった。顔を上げると、灰色の外套の術者達が追い詰められ、逃げて行くのが見えた。

「炎主、奴らを追いますか」

 ルロドの言葉は炎主には届いて無かった。

「炎主」

「深追いはするな。兄上の援護が出来る者はそちらに回れ」

 術者は炎主に頭を下げ、灰色の術者を追いかけて行った。炎主は頭を振り、今起きている事を見た。灰色の術者と、炎の術者が何人か地面に倒れている。

「炎主」

 ロエンは、地面に膝をついたまま動かない炎主に声をかけた。

『主』

 炎蹄の言葉にやっと頭を動かした。

「あ、あぁ……皆、兄上の救援に向かった」

『水の者達は』

「兄上の所にいる筈だ。行かなければ」

 炎蹄にそう答え、炎主が立ち上がる。

「炎蹄、この場を任せてもよいか」

『御意に』

 ロエンは炎主が、炎宝珠を持っている事に気がついた。

(レイン・ザンがどうしてここに)

「アシュド、風の精霊と話がしたい」

 ロエンはアシュドを見た。

「分かった」

「風の精霊、聞こえる?」

 ロエンが呼びかけると、わずかに風の吹き方が変わった。

「ごめんなさい僕のせいだ。こんな酷い事が……」

『主、どうかご自身を責めにならないで下さい。全ての事は起こるべくして起きるもの。この事は、決められていた事です』

 ロエンは何も言えなかった。

『それに力が回復すれば、また御前に見える事も赦されよう。それまでどうか炎主の側にいて下さい』

「炎主? どうして」

 しかし、それきり何の返事もなくなり、先刻まで吹いていた風も止んでいた。風の精霊が眠りに入ったようだ。

『風主』

 炎蹄がロエンを呼んだ。

「炎蹄、僕は今何をすべきなんだ」

『精霊の声に従えばいい』

「炎主の所」

 ロエンの呟きに、炎蹄が頷いた。

『主の気持ちが痛い程伝わってきた。おそらく』

 そこで炎蹄は言葉を切った。

「ごめん炎蹄、僕行かなくちゃ」

 ロエンは炎主の後を追った。



「炎主」

 炎主に呼びかけると、水主と話をしていたが、ロエンを見た。

「奴らは」

「今追撃の者を放った所です」

 ロエンは何とも言えない気持ちになった。

「斜光の長は灰色の術者を壊滅させたいと言っておりました。僕はその願いを叶えたいのです」

「炎主?」

 彼らしくない発言に思わず、ロエンは炎主を見た。

「炎主、私は海の方へと向かう者達を追います」

 水主が炎主にそう言った。

「分かりました。水主、ご武運をお祈りいたしております」

 水主が頭を下げ、その場を去った。

「風主、風の精霊は何と」

 炎主がロエンに向き直った。

「再び眠りに着きました」

「そうですか」

 炎主が目を伏せた。

(どうして、風の精霊は抵抗しかしなかったんだろ)

 ロエンは、風の精霊の行動の意味をずっと考えていた。
(いくら弱っていたとは言え、まるで宝珠を取って下さいと言わないばかり)

 そこでロエンは気がついた。

「やられた」

 これでは宝珠を継ぐしかなくなるじゃないか。

「どうしたロエン」

 アシュドがロエンを振り返る。

「風主、風宝珠は奪われたままです。早く取り戻さなければ」

 炎主の言葉にロエンは頷いた。

「はい」

 ロエンにとっては災厄の元を取り戻しに行くのは気が進まなかったが、放って置く訳にも行かなかった。

「今、使者に探らせている所です」

(今どこにあるんだろ)

 さすがにその気配を追うのは難しかった。しばらくして、使者が戻ってきた。

『おそらく、この辺には無いようです』

「兄上の包囲網を抜けたという事か。余程の実力者とみえる」

 その時、フェーライからの使者が送られて来た。

『炎の船が一隻密かに出航しました。今水の一族が追跡中です』

「……そうか」

 それが誰の事を言っているのか、ロエンにも分かった。

「どうやら尻尾を出したようですね。案内してくれ」



 海が見える崖まで来ると、一隻の大きな船が二隻の船に追いつかれているのが見えた。小さな船に前後に挟まれ、大きな船が止まった。ロエンがどうするのか見ていると、水柱が起こり、大きな船を包み込んだ。どうやら船を沈めるようだ。しかし、水柱から炎が巻き起こり、水を打ち消してしまった。

 大きな船が燃え始め、二隻の船も見ているだけになった。本柱の先に白い光が集まり始め、それが大きく弧を描き海の向こうへと飛んで行った。

「逃げられた……」

 炎主が呆然と呟いた。追いかけようとしたロエンを、アシュドが引き止めた。

「どうやって海を渡るつもりだ」

「どうやってって」

 そこでロエンは気がついた。炎主が水主の元へ向かう。ロエンはその後を追いかけた。



「申し訳ありません。私の落ち度です」

 陸に下りてきた水主が炎主に頭を下げた。

「いや、あなたはよくやってくれました。ここまで追い詰められたのも水主が来てくれたおかげです」

「しかし、逃げられたのでは」

 炎主はゆっくり首を振った。

「いえ、相手の力を把握してないこちらにも責任があります」

「炎主、逆火の鮮の長はどんな方なのですか」

 水主が思わぬ強敵の事を、炎主に聞いた。

「セゾルは昔から何かとレオ・フィルナと張り合っていました。負けず嫌いなのか、少々行き過ぎた所もありました」

 まるで昔の馴染みのように話す炎主に、水主は胸を突かれた。

「お知り合いでしたのですね」

「先代に躾けられましたからね」

 炎主は苦笑いを浮かべた。他にも何人か候補者はいたが、レオ・フィルナに吹っかけていたのはセゾルだけだった。その時、フェーライの所に戻っていた使者が、伝言を持って戻ってきた。

『追撃をしたものの、何人か逃げられた模様です』

「そうか」

 炎主は苦い顔をした。

『フェーライ様が後程、こちらに参られます』

 使者がそう告げると、炎主が頷いた。

「分かった。兄上が戻ってきたらこれからの事を話し合おう」

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