フェアリーリーズ

依田行平

第一章 緑の指輪と憂える黒 6

 初めて見た大勢の人の中で、ロエンは俯きながらはぐれた母親を探していた。

「お母さん……」

 叫んでみるが、返事がなく声が小さくなった。

(ここはどこ? 気持ち悪い)

 知らない人のざわめきが怖くなり、ロエンは泣き出した。

「お母さん」

 その時、頭に手を置かれロエンが顔を上げると、そこには見知らぬ男の子が立っていた。

「どうしたの」

 ロエンは思わず母親とはぐれた事を話していた。
 すると、男の子はロエンの手を引き、先に立って歩き出した。

(誰? どうして私の手を引いているの?)

 ロエンには分からない事ばかりだったが、不思議とさっきより怖くなかった。

「この船だよ」

 男の子がある船の前に来ると、そう言った。

「この船に君のお母さんが乗っているはずだよ」

 船にかけられた梯子を登った時、男の子がそう言った。ロエンはお礼を言おうとして振り返った。

「――? いない」

 そこには男の子の姿はなかった。



 誰かの泣き声が聞こえ、アシュドが目を覚ました。ロエンが座り込み、泣いていた。

「どうしたんだ。また泣いているのか」

 アシュドがロエンの側に近づくと、ロエンが顔を上げた。

「ア、シュド」

 ロエンはアシュドの体に身を寄せた。思わない行為に、アシュドが驚きに目を見開いた。

「――う、あ。ロエン」

「アザレアが」

 ロエンの手に、何かが握られている事に気がついた。

「アザレア? 死んだのか」

 ロエンは首を振った。

「だよな」

 アシュドはロエンの体を引き離した。

「アザレアは、もういないの」

 ロエンが涙で濡れた顔でアシュドを見た。

「どういう事だ?」

「アザレア」

 それ以上何も聞けず、アシュドは岩の下に挟まれている灰色の外套を見つけ、引っ張りだそうとした。半分破れたが、砂を払いロエンに着せた。

「もう行こう。日も明ける」

 ロエンは頷くしかなかった。

「……うん」



 ロエンを先に歩かせ、アシュドはその後を着いて行った。

「朝だ」

 麓へ向かっていたアシュドが、山峰を照らして行く光に気がついた。山々を陽の色に染めていく。

「ロエン?」

 座り込んだ彼女を見て、アシュドがロエンを立ち上がらせようと腕を引っ張った。

「ごめん。足に力が入らない」

 片手に冷たくなったアザレアを抱きながら、ロエンがそう言った。

「少し休もう」

 アシュドは適当にその辺に腰を下ろした。そんなに歩いてもないが、思わずため息をついた。俯いたままのロエンにかける言葉が見つからず、アシュドは頭をかいた。

「アシュド」

 ロエンがアシュドを呼んだ。

「なんだ?」

「悪いけど、一人にして」

 そう言って、ロエンがどこかへ歩き出そうとした。

「ロエン?」

 立ち上がり、ロエンの腕を掴み引き止めた。

「どこへ行くつもりだ」

「離して」

 しかし、その腕を振り払おうとはしなかった。アシュドは再びため息をついた。

「僕の事が煩わしいんだろ。もう、放っておいて」

「何言ってるんだ」

「だってさっきからため息ばっかり」

 思わずアシュドの目が泳いだ。

「あれは、その」

 アシュドが言い訳を考えていると、ロエンが腕を振り払い駈け出した。



『私はいつかあなたの力が解放される事を望むわ』

 アザレアはそう言った。

(そんなのもう会えないって事じゃない。どうしたらいいの?アザレアがいるから旅をしようと思えたのに。とうしてたった一つの指輪で、私とアザレアが離れ離れにならなくてはいけないの)

「おい、ロエン。一人でうろうろするな」

 アシュドは、木の根本でうずくまっているロエンに追いついた。

「もう嫌。フェアリーリーズなんて知らない」

「……」

 アシュドはしばらく考え込んでいたが、立ち去った。掌のアザレアを見つめても、その体は動かなかった。

(初めてアザレアと出会った時、アザレアは魂が離れた所だった)

 ロエンがいつものように森の中を探索していると、アザレアを見つけた。息は無く、倒れていたアザレアに柳の精霊の碧君が、アザレアに乗り移った。

(初めて見た時、何が起こったか分からなかったんだったっけ)

 碧君が乗り移ったアザレアを、ロエンが家に連れ帰り、家族となりそれからはずっと一緒だった。

 ロエンは、碧君をいつか救おうとしていた。碧君の弱った力を回復させ、アザレアにとりつかなくても良くなるように。

(でも出来なかった。ごめんね、アザレア)

 ロエンは、アザレアを地面に置く。土を掘り、アザレアを埋めた。

「アザレア……私、アザレアと一緒に居られて幸せだった。本当はね、お母さんの所に一緒に行きたかったけど。だって、アザレアが言ったんじゃない。お母さんに会いに行こうって……」

 最後は言葉に出来ずに、俯いた。

「元気でね」

 立ち上がると、アシュドが待っていた。

「お別れはすんだのか」

「まだ、別れた訳じゃないよ」

 アシュドは笑って「そうか」と言った。アシュドが歩き出した後を、ロエンは着いて行った。

 後ろを振り返ると、アザレアがいる場所から山間の景色がよく見えた。

(アシュドになら裏切られてもいい)

 山々を見つめながらふと、そんな事を思った。

(もし、フェアリーリーズを僕が受け継いだとしても、盗られて殺されても構わない)

 アシュドが振り返り、ロエンを待っていた。慌ててアシュドを追いかけた。



 夜になり、野宿をする事になった。一応結界を張った。一日中山の中を歩き回った為か、足が棒のようになっていた。足をさすっていると、アシュドが水を入れた革袋を渡してくれた。

「ありがと。全部埋もれたかと思ってた」

「それだけは取り出せた。食料は駄目になったが」

「……」

 セゾルは何故、突然力を放出させたのだろうか。アシュドの一言に反応していた。

「炎の主か?」

(炎の主にしてはあまり力を感じなかったけど。そういえば、炎の主に選ばれなかったと言ってたな)

 炎の一族は昔から強いと、父から聞いた事があった。まさか他族に恨まれるとは思いもしなかったが。

「寒いのか」

 ロエンが腕をさすっていると、アシュドがそう聞いてきた。

「大丈夫。アシュド」

 アシュドが顔を上げた。

「なんだ」

「炎の一族って昔からあんな感じなのか」

「あんなとは?」

 アシュドが首を傾げた。

「主候補を何人も育てたり」

「結構あったみたいだな。今では慣行みたいになってる。けど、他の種族も似たようなものだな」

 ロエンはセゾルの身の上を思った。

「そ、なんだ」

(だからといって同情はしないけど)

 アザレアがいなくなった事が消える訳ではない。

「俺が見張りをするからもう寝ろ」

 ロエンは頷いた。横になると、今まですぐ側にあった温もりが思い出された。

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