フェアリーリーズ

依田行平

第一章 緑の指輪と憂える黒 4

「や、やった。止まった?」

 ロエンは剥がした札を両手でかざしながら、炎を止めた事に喜んだ。しかし、竜にのしかかられ動きを封じられた。

「――!」

 竜の顔がすぐ近くに迫り、ロエンは息が苦しくなった。

「離せ」

 アシュドが、走ってきた勢いのまま、竜の背中を剣で刺した。

「グゥゥ!」

 竜が驚いたように振り返ると、アシュドは背中から剣を抜いた。竜がアシュドに向かって炎を吐く。

「くっ」

 攻撃を避けると、後ろの木が燃えた。ロエンが喉元を抑えながら立ち上がった。

「アシュド」

「ロエン!」

「羽の付け根を狙って。多分、弱点だと思う」

 さっき竜が羽をかばう様にしていたのを見て、ロエンはそう思ったのだ。

「分かった」

 再び炎が吐かれ、アシュドは両手を上げて避けた。ロエンが術を唱え、竜の動きを留めようとした。アザレアが、何かの気配に気がつき鳴いた。

「俺もお前を逃す訳には行かないんだよな」

 青年がロエンを抑えつけ、短刀で動きを止めた。

「ロエン!」

 アシュドの慌てたような声が聞こえ、ロエンは震えた。

「すぐ済むって」

 そう言って青年は何かを唱え始めた。アザレアが青年の指に噛み付き、思わず青年は手を払いのけていた。

「このっ」

 その間に、ロエンが短刀を相手の喉元に突きつけた。

「!!」

「もう僕を狙うのを止めるんだ」

「それで脅しているつもりなのか」

 そう言って、ロエンが握っている短刀を掴んだ。

「離せ」

「手が震えてるぞ。そんなんで人を刺す事なんてできるのか」

 その瞬間、顔が近づき何が起こったか理解する前に青年の顔が離れていた。

「触るなと言っただろ」

 アシュドが剣を投げつけてきた。竜がその後ろで倒れていた。

(今口から何かの術が入ってきた)

 ロエンが口を抑える。

「仕方ないNo.23。俺はいつでも待ってるからな」

 そう言って青年は再び森の中へ消えて行った。

「あっ、おい!」

 しかし、へたり込んでいるロエンを置いていく訳にも行かず、アシュドは追いかける事が出来なかった。

「大丈夫かロエン」

「……」

「どうした? 立てるか」

 立ち上がろうとしないロエンを見て、アシュドがそう言った。

「アシュドごめんね。僕がアザレアを探しに行ったばかりにあいつらに見つかって」

 アシュドはロエンに伸ばしかけた手を止め、膝を屈め視線を合した。

「そんなのロエンが気にする事では無いだろ」

 アシュドがロエンの体が震えている事に気がついた。

「どうした?怪我でもしたのか」

 と、ロエンがアシュドにしがみついて来た。

「ロ、ロエン?」

 アシュドが顔を真っ赤にし戸惑っていると、ロエンの体の冷たさに気がついた。

「寒い」

「寒い?」

 ロエンの顔が青ざめている。ヨノの時期が終わりかけとはいえ、日中はまだ暑いぐらいだった。アシュドは思わずロエンを抱き締めていた。

 

 アシュドは、アザレアが見つけた洞窟へ入った。
 外套を敷き、ロエンを寝かせた。額に触れてみたが、熱はなかった。

「アシュ……ド」

 ロエンがアシュドを呼んだ。

「ロエン、大丈夫か」

「ごめんねアシュド。私のせいで」

 アシュドはロエンを抱き締め、額に唇を落とした。

「自分を責めないでくれ。泣くなどうしらたらいいのか分からなくなる」

 ロエンの体が氷のように冷たくなった。アシュドは服を脱ぎ、自らの体温でロエンを温めようとした。

「ロエン、死なないでくれ」



 聖夜の守人の長は、夜道を馬で駆けていた。今日、先代の炎主が斜光の火の長に世界宝珠の一つ、レイン・ザンを引き継いだと話し合いがあったばかりだった。と、聖夜の守人の長ローワライ・ジュデンスは何か違和感を感じ、馬を止めた。暗がりから出てきたのは、目深く外套を羽織った術師達だった。

「ご同行願おう。聖夜の守人の長」

「何者だ」

「逆らわない方が見の為ですよ」

 次の瞬間、ローワライは驚きに目を見開いた。夜空に悲鳴が上がった。


 アシュドはロエンの体温が戻ってきた事に気がつき、顔を見ると色が戻ってきた。

「よかった」

 安堵し体を起こした時、何も纏っていないロエンの体が視界に入った。一瞬思考が止まったが、そこから目を逸らした。邪な考えを追い払うように頭を振り、服を着ようと立ち上がった。

 その時、後ろから抱き締められた。慌てて振り返ると、ロエンが抱き付いてきた。

「ロ――」

 口を唇で塞がれた。アシュドはロエンの顔を両手で引き寄せ、その口付けに応えた。体を横たわらせ、何度も口付けを交わす。息が苦しくなるほど、長く交わした。ロエンの体に印を刻み、何も纏っていないその素肌に舌を這わした。

「あ……」

 その時ロエンが声をあげ、思わず顔を見た。どこか違和感を感じた。目がアシュドを見ている筈なのに、何も写してなかった。アシュドは唇を重ねた。深く、息が出来ないように。

「ううっ」

 ロエンが目を見開いた。アシュドを叩いたり髪の毛を引っ張った。やっと唇が離れ、ロエンは咳き込んだ。

「ロエン」

 アシュドが呼びかけると、ロエンがアシュドを見た。

「アシュド? 僕」

 体を起こすと、何も着ていない事に気がついた。

「これは一体どういう」

 ロエンが慌てて近くにあったアシュドの外套で体を隠した。

「何も覚えてないのか」

「……」

「ロエンは術にかかり死ぬところだった」

 そういえば、とロエンは口を抑えた。

(なら、何で僕は何も着ていないんだ?)

「服だけではお前の体温が戻らなかった」

 ロエンの疑問に答えるかのように、アシュドがそう言った。

「だからって何も全部脱がす事」

「すまない。俺も動揺していた」

 アシュドが服を渡してくれた。

「俺はアザレアを見てくる」

「アザレア?」

「薬草を採りに行ったきり戻ってこないんだ」

 ロエンは慌てて服を着た。

「僕も探しに行く」

「いや、アザレアとすれ違いになるといけないから、ロエンはここで待っててくれ」

「でも」

 アシュドはロエンの返事を待たずに洞窟を出て行った。

「おいてかれた」

 そこではっとなった。

(不安になんかなってないし。アザレアがいないから心配してるだけなんだ)

 ロエンは更しを巻き直しながら、今までの事を思い出そうとした。

(何で、体が熱っぽいんだろ)

 急に一人の洞窟が怖くなり、二人を追いかける事にした。洞窟を出た所で誰か近づくのが見え、思わず岩陰に隠れた。月光で見えたその顔は見た事がなかった。

(誰?)

 ロエンは逃げようとしたが、足が竦んで動けなかった。相手が洞窟の前に立ち止まり、中の様子を伺っていた。ロエンは見つからないように願っていたが、声をかけられた。

「そんな所で楽しそうだね?」

(見つかった)

「あのね、自分が風の主だって忘れてない?気配を消すなら、魔力も隠さないと」

 ロエンは思わず顔を上げていた。

「少し君と話したいんだけど、いいかな」

 そこにいたのは、一目で貴族だと分かる上等な衣服を着た青年だった。

「初めまして風の主。僕は逆火の鮮の長、セゾル・エノ・ヴィアド」

 ロエンは何も答える事が出来なかった。ただ怖かったのだ。この男の放つ気が。

「どうしたの? そのままの格好で話してもいいけど」

 ロエンは立ち上がった。

「何のご用ですか」

 精一杯、力を込めてそう聞いた。そうしないと、また座り込んでしまいそうだったのだ。

「先代はね、僕が一番優秀だって褒めてくれたんだ。なのに、さっさとあんな頭だけの女に宝珠を渡してしまったんだ」

 話が見えず、ロエンは首を傾げる。

「君、お父さんが前主だったから今の主になれたんだよね。君のおかげじゃない。リナザ・フェルタン?」

「――!」

 ロエンはセゾルに片手で首を締められた。

「たいした力がある訳でもないのに、どうしてお前が」

 手に力がこもる。ロエンは反射的に手を動かそうとしたが、出来なかった。セゾルが動きを封じる術を唱えていたのだ。

(助けて!)

 ロエンの叫びは声になる事はなかった。

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