黒龍の傷痕 【時代を越え魂を越え彼らは物語を紡ぐ】

陽下城三太

浴室の災難





    暗曇が支配する空間。
 居間に集まる男女は押し黙りそれぞれに困惑を隠しきれないでいた。
 剣を弄り、髪を弄り、椅子を揺さぶり、落ち着きの無い者がちらほら窺える。
 それはアンナ対アディンとカイトの模擬戦から続いていた。
 アンナの一撃にてカイトが再起不能となった瞬間、アディンに変化が生じた。そして激しい交戦の後に連続するアンナの魔法行使が黒の鎧を纏ったアディンの構えを解き、無防備となったその身へ叩き込まれた重ね掛けされた魔法が勝負を決着させた。
 倒れたアディンが纏っていた鎧は彼が意識を手放すと同時にマナの粒子となって霧散した。
 それから居間へと運び、綿の詰められた長椅子に横たえていた。
 一同の間を満たしていた沈黙を破ったのはアンナだった。
「アディン、寝かしてくるわ」
 流石に消耗しているだろう彼の肉体を休ませるには自室の寝台に寝かせるしかないと、アンナはアディンを抱き上げ居間を後にしようとした。
「俺は、アディンを信じるからな」
「当たり前でしょ」
 当たり前、たった一言であったがそれは波紋を起こした。
 そして、その張本人は既に去ってしまっていた。
「当たり前、な……」
 アディンと過ごした期間はたった三日、されど三日。
 この短い間にここまでの想いを抱かせる、かくいう自分もその一人。
「ふっ…」
 レオは独り、小さく嘲笑を漏らした。
 
 
 
 
 
「────………ん…、ここは…?」
 目が覚めると、そこは自室だった。
 どこか記憶が曖昧で、模擬戦でアンナがカイトを殴っていたところまでしか覚えていない。
 そのあとの戦闘で何かあったのだろう、そして自分は運ばれたようだ。
 身体を起こしてみると気怠さが感じられた。
 そんな激しかったのだろうか。
 ふと隣を見ると、クロがすやすやと丸まっている。
 その頭を撫でてやるとうっすらと瞼を持ち上げこちらを仰いできた。
「ううん、まだだよ」
「じゃあお風呂に行ってくるから」
「うん、ここで待ってて」
 三言だけそう口にし、重い身体を休ませるため叱咤して立ち上がった。
 手にするのはタオルと着替えのみ。
 廊下を行き、最奥の入浴場へと着いた。
 戸を引き、脱衣所で裸になる。
 最後にタオルを持って浴室の扉を押し込んだ。
 
 
 そこには、先客がいた。
 
 
 白くきめ細かい絹のようで艶のある肌。
 手で包めば軽く手から溢れるほど豊満な胸。
 すらっと伸びた細い四肢。
 くっきりとしたくびれと張りのある臀部。
 身体に張り付く滑らかな青い髪。
 艶やかに滴り落ちる水の璧。
 誰もが目を奪われる、美しい裸体がそこにはあった。
 パサリという音と共に、その美裸神は跳ねるようにこちらへ振り向いた。
 
 アンナだった。
 
「えっアディン!?、何で入ってくるのよぉ!」
 意外に可愛い声で叫ぶアンナ。
 一瞬にて状況を理解し死を覚悟した俺はまず謝罪と誠意を示すべきだと人生最高速度で振り返り──
「ごめんっ!」
「もうっ、……いいわよ、こっち向きなさい」
 呆れたような、それでいて羞恥を堪えた声音。
 水の音にさらに肩を跳ねさせる。
 アンナが風呂に入った音だ。
 
「一緒に浸かりましょ」
 
 そしてその言葉の意味がわからず、思考が停止するアディンであった。
 
 

 
「一緒に浸かりましょ」
 アディンが脱衣場にやってきたのを感じ取ったアンナは敢えて何もせずにその成り行きを待った。
 そしてその相貌が茹で蛸のように赤くなるのを見計らって驚愕の声音を発した。
 そして躊躇いがちにアディンを入浴させようと促すのである。
「別に気にしないわ、一○も違うし」
 自分がまだ少女を名乗っても違和感がないことは自覚している。これは自慢ではなく事実であり、そしてステイタスの副次効果と言ってもいい。
 ステイタスを得た者は能力が向上するに連れて老いにくくなる。それは高い能力を保持する身体が活動可能期間を延ばそうとするためであり、言わば老化が抑制されるということだ。
 老化が進まない、つまり寿命が伸びる。
 だから私は年齢に似つかわしくない肉体を保っている。
 そんなことを考えながら彼の背中をまじまじと見つめていると、赤くなって背中を見せていたアディンは視線を明後日に向けながらチャプンと湯船に浸かってきた。
「慣れたかしら、ここの生活は」
「……うん、みんな優しいし楽しいよ」
「そう、不満に思ったことがあれば言いなさいよ。子育てなんてしたこと無いんだから」
「わかった、でも今は不満なんてないよ」
「ならよかった、……見てもいいわよ?」
 どうしてもアディンは男の子、こちらをチラチラと窺っては顔を赤くさせている。
 それならば見てもいいと面白半分で告げると。
「いやいやいや!?、見ないよ!」
「あらそう、別に私はいいわよ?」
「だから大丈夫だって!」
 林檎なんて目じゃないほどの赤面。
 流石に可哀想だと感じたアンナが冗談だったと笑いながら言うと、恥ずかしそうに苛立ち気にそして残念そうに唇を噛み締めていた。
 吹き出してしまうアンナ。
 心配していたことが馬鹿みたいだ。
 見たところ異常も無し、記憶も無し。
 憂う必要もなかったというわけだ。
「ふふっ…」
「何が可笑しいんだよ…」
「まーね」
「もういいっ…」
 やはりアディンはアディン、それ以上でも以下でもない。無駄な心配は止めるべきだろう。
「アディン、今日の模擬戦良かったわよ」
「それはどーも」
 不貞腐れた返事を返すアディンをクスクスと笑いつつ、アンナは先の模擬戦におけるアディンの動きを評価し始める。
「反応の良さは元からあったけど、冷静に魔法が使えてたと思うわ。身体の動きも三日前に比べてよくなってたわ。この調子で鍛練を続ければきっと強くなれるわよ。目標の女の子にも手が届くんじゃないかしら?」
「目標っ!?、そんな子いないよ!」
 カマを掛けただけ、のだが意外と当たっていたらしい。
 風呂だけでない顔の赤さがそれを示している。
 存外隅に置けない子ね。
「あらそう?、反応を見る限りいそうなんだけど。誰よ」
「だから居ないって!」
「………まあいいわ、別に私がどうこうできることじゃないものね」
 その女の子と結ばれるかどうかはアディン次第である。アンナがどう干渉しようと意味はない。
「さて、もう上がるわ。隠さないから存分に見ていいわよ」
「だから見ないって!」
「はいはい、見たくなったらいつでも言いなさいよ」
「だから──もういいよ……」
 アディンが言い終わる前に浴室から去ったアンナに、深いため息をつきながらアディンは湯船に沈んだ。
 
 
 
 
 
「ちょっと、見たかったなぁ……」
 
 

 
 ここだけの話である。
 
 
 
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前回の更新時の『魔法一覧』ですが最新話までの既出魔法のみの掲載となっています。一度出ていたり戦いの局面に大きく作用するものでない限り改めての説明はしないつもりです。なので不明なものがでた場合に閲覧することをお勧めします。
また登場人物固有の魔法については一覧に載せないことにしました。


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