黒龍の傷痕 【時代を越え魂を越え彼らは物語を紡ぐ】

陽下城三太

迷子

 
 
 
 《蒼の双星》の一同とはぐれてしまったアディン。
 そのことにも気づかないまま呑気に散策を楽しむ彼を探すため、子供達をアンナに任せたレオは走り出す。
 
 
 そしてそのころのアディンは。
「あれなんか美味しそうだね」
 お店にある焼き鳥から美味しそうな匂いがして、思わず涎を垂らしてしまいそうになる。
 だけどお金を持たせてもらってないから買えない。 
 少し残念。
 歩いていると、気づくことがたくさんある。
 みんなの種族はたくさんで、何気なく見て目の合ったエルフの女の人が笑ってくることもあった。
 ちょっとドキリとして気まずくなって目を逸らしたけれど。
 クロからは馬鹿にしているような雰囲気を感じた。
 好きなように歩いていると、新しいものがいっぱい見られた。
 でも、これは僕でも馬鹿だったと、後から思った。
 
 
「ちょ、やめてくださいっ…」
 
 
「──あ…」
 
 無意識に、声を出してしまったのは駄目だった。
 チラリと見た路地裏で、何人かの男の人たちが女の人を囲んでいる所を見て、心の声が咄嗟に出てしまったのだ。
 すぐに逃げ出そうと口を塞いだ。
 でも。
「あぁ、なんだてめぇ?」
 僕には、それだけで立っていることしかできなくなった。
「おい、あのガキの腰…」
「へっ、餓鬼がいっちょ前に剣なんて持ちやがって」
「それにしては業物だなぁ?」
 ジリジリと近づいて来たのは三人、全部で七人だけどその残りは向こうで女の人を押さえつけている。
「こ、これはあげない!」
「ああ?、餓鬼の分際で粋がんじゃねぇぞ?」
 絶対に渡すわけにはいかないこの黒い剣。
 小さい抵抗、でも僕は叫んだ。
「俺がやる、小人族の猿真似だったら面倒だからな」
「じゃ、俺らはあの女で楽しんどくぞ」
「あとでな」
 僕は、走り出した。
「あぁ?、ゴラ待てガキっ!」
 男の人達が話に夢中になっているのを見て、今がその機会だと逃げ仰せた。
 でも、やっぱり大人には勝てない。
 がむしゃらに逃げ回った先、そこは行き止まりだった。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ…」
「はっ、自分からネズミになるとはなぁ!……こけにしやがって」
 金属の滑る音。
 男の人は腰にある剣を抜いた。
「ひっ!?」
「あぁ?、へっ、剣なんか構えてよぉ、腰引けてんぜ、ガキ」
 怖い。
 恐い。
 こわい。
 耐えきれなくなって僕は使わないと決めていた黒い剣を手に持つ。
「来て【『オーガ』】【『ドラゴンナイト』】」
 鬼と、竜の騎士を呼んだ。
 そして。
「【融合召喚──『オルグドラゴノイド』】」
 竜鬼士を産み出した。
「行って!」
 僕自身じゃ絶対に勝てない。
 でも、みんなの力を借りれば、どうにかなるかもしれない。
 一か八か、その賭けに出るんだ。
 
 
 
 ■
 
 
 
「あの、なにしてるんですか?」
 アディンが密かに決意を固めた少し前、エルフの女性を襲う暴漢達の前に一人の女性が現れた。
「あぁん?」
 美しい空色の長い髪の、金眼の女性だ。
「えれぇ別嬪じゃねぇか、なぁ、嬢ちゃん、俺らと一緒に楽しいことしねぇか?」
 そんな美麗な女性に触手が働いたのか、男達の内一人が反応を示した。
 突然どこかに行った仲間を怪訝に思いその方向へ目をやると、そこには今自分達が連れ込まんとする女とは比べ物にならない美女がいた。
 たかが女一人、されど男達は群がるように一人を残してその美女を囲んだ。
「手荒なことはしたくねえ、素直に従ってくれや」
 暴漢にも割と紳士──いや暴漢の時点で紳士ではない。
 そして女性は笑顔を浮かべる男に一つ。
「んふっ……」
「─っ!?、てめぇ…」
 その馬鹿にするように漏れた笑い、男はすぐに頭に血が登った。
 友好的に差し伸べられていた手には剣が握られ、それを突きつける。
 しかし。
「──…は?」
 気づけば剣は甲高い音を響かせ空を舞い、男の目の前には鋭い剣先が逆に突きつけられていた。
 続いて剣を唸らせその横腹で男のこめかみを打ち抜き意識を刈ると、間髪入れず別の男の背骨を柄で強打しへし折る。
 あっという間に仲間二人が地に沈められ、動揺が男達に走った。
「や、殺るぞ!?」
 一人の号令で全員が一斉に飛びかかる。
「──はっ!」
 気合い一つ、半月を描いた美剣は一太刀の下に全てを打ち払い、無防備を晒す男達には斬閃が叩き込まれた。
 完全に戦闘不能に追い込まれた六人の男達。
「大丈夫、ですか?」
「え、ええ、どこも。……てか、強いのね…」
 襲われていたエルフの女性も種族柄美しい、その自覚がある彼女でさえも、目の前の苛烈な剣を持ちながら冷然とした美貌を兼ね備えた美女に赤面せざるを得ない。
「──あ、でも、さっき男の子が追われて逃げていったわ。剣がどうたらこうたら──」
「【ミストラル】」
「─っ!?」 
 突然の魔法行使、そして自分の頬を吹き付ける旋風に女性は咄嗟に顔をその両腕で覆った。
 吹き荒れる風は徐々に収束、風に揺らむその水色の頭髪はいっそ美しく、救われたことも相まって頬を染めてその横顔を覗く。
 窺えたのはただただ真剣。
 先程の男の子でさえも助けにいくつもりなのだろうか。
 そんなことを考えている内に彼女はやがて屈伸し、そして跳躍。
 垣根を易々と飛び越えていってしまった。
 鮮烈な剣士の背中を思い出すように、礼を告げることができなかった女性は残った風に撫でられながら空を見上げ続けるのだった。
 
 
 
 ■
 
 
 
「やっぱテメェ、召喚士だな、ああ?」
 アディンの呼び出した竜を模した鎧を纏う鬼と対峙する男は、カテゴリーⅡらしきモンスターを前に目を細めた。
 話には聞いたことがあるが見たことのない珍しい魔法。
 それが召喚。
 ただの餓鬼ごときが使っている時点で何の障害にもならないのだが、それよりも、男はあるものに注意を引かれていた。
 その視線の先には、その餓鬼が持つ真っ黒の刀。
 およそ似つかわしくない名刀だが、造形が美しいだけではない。
 秘められた力が、己の本能が恐れている。
「行って!」
 覚悟を決めたように叫ぶ少年を前に、嘲笑う。
「はっ、雑魚だな」
 首を飛ばし瞬殺してやると、面白いようにその顔は絶望に染まった。
 だが男はふとここで気づく。
 目の前の子供を殺して、あの刀を奪って、それで?
 何故あの餓鬼が持てているのかは不可解だが、自分がアレに手を触れた瞬間、そこから自分は正気を保てなくなるだろう、と。
 アレはそういう代物だ、と。
 なら、別に殺さなくてもいいのではないか、と。
 奪う必要がないのではないか、と。
 すると今まで自分を渦巻いていた負の感情がおかしいように消え去った。
 犯行を見られたからといって、何もここまでする必要性が今となっては皆無。
 いつもならどうでもいいと見逃していたはずだ。
 ……あの刀がそうさせた?
 
「………【我が身を喰らえ】」
 
 ポツリと落ちた詠唱。
 
 カァァァンッッ! 
 
「……させない」
「────は?」
 咄嗟に反応はできた、しかし理解はできなかった。
 自分と剣を交えている存在が、あまりにも予想の範疇から逸脱していた。
 荒れ狂う風を纏う、冷たい美貌の女。
 そして自分の腕を痺れさせる力。
 膂力が桁違いなのを悟ると同時に男は身を翻し、すぐさま距離を取る。
 はずだった。
「──なっ─」
 退き、空けたはずの間合いはいつの間にか無くなっていて、そして、右腕に感じた微かな振動に視線を向けると、肩から下が宙を待っていた。
 続いて襲う激痛に顔を歪ませ叫ぶ。
 だが女は待ってくれやしなかった。
 続けざまに左腕が斬り飛ばされ、よろめき倒れた暁には自分の持っていた剣が右足を地に縫い付けた。
「~~~~~~!?」
 身動きの取れなくなった男を一瞥した女は近くの砂を一握り、そして男の口内に押し込んだ。
 もがき苦しむ男など一切目もくれず、女は風を解除してスタスタとアディンの元まで近づき、言った。
「大丈夫ですか?」 
 アディンは手を差しのべられて戸惑う。
 今も忘れられない真っ赤な光景。
 女の人は血を浴びていないけれど、その後ろには血をたくさん流す自分を追いかけてきた男の人がいる。
 何もここまで、そう思ったけれど助けてもらっておいてそれはないことぐらい、僕にでもわかる。
「あ、ありがとうございま──「どいて」っ!?」
「随分と丁重にもてなしてくれたようだな、嬢ちゃんよ」
 礼を言おうとした僕を押し退けて、鋭い眼差しで女の人はさっきとは別の男の人を睨んでいた。
「幼い子供に襲いかかった、それだけで断罪の必要がある」
 にしてもやりすぎじゃ、という言葉は呑み込む。
「どこのギルドかは知らねえが、俺からしてみれば知人が斬られていやがる場面バッタリ出くわしたってことになるよな、あぁ?」
 そんなことはないと声に出す勇気は僕にはなくて、男の人も怖くて動けない。
「どうでもいい、文句があるなら掛かってくればいい」
 僕とは違い、女の人は強かった。
「話が早ぇじゃねぇか、じゃあちょくっと殺らせてもらうぞ!」
 同じタイミングで二人とも剣を抜く。
「【ミストラル】」
「【エンチャント晏混】」
 戦いが突然に始まった。
 
 

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