Not Change Days
〜約束〜
「新年度早々、可愛い後輩とぶつかるとかどんな少女漫画的展開だよ。」
「ははーん、さっくんにもとうとう春が来たかな?」
昼休み、弁当を頬張りながら昨日の出来事を話すと、案の定、大輝と梓はニヤニヤし始めた。不気味で仕方ない。
こいつらは三度の飯より人の恋バナが大好物である。去年の夏頃、我がクラスに君臨する圧倒的イケメンボーイの喜多嶋冬馬と、目立たない眼鏡っ娘の吾妻和華が付き合い始めたという噂を聞き付けた2人は、まるで水を得た魚の如く生き生きとし始め、「手繋いだ?」「デートした?」「キスは?」とデリカシーのない質問を投げまくっていた。
2人の暴走が終われば俺が代わりに謝りに行った。とんだ汚れ役だ。
余談だが、吾妻は眼鏡を取ると人が変わったかのように可愛い。1部の男子から圧倒的支持を得ている。
「相変わらず、お前らはこの系統の話題が好きだな。」
はぁ、と溜息をつきながら呟く。
「あったりまえじゃーん!友達の恋バナは聞いてて飽きないし、甘酸っぱいエピソードを聞かせてもらってキュンキュンするのが楽しいの!」
嬉々として話す梓の隣で「うんうん」と大きく首を縦に振る大輝。乙女か。
「朔夜!これはきっと神様がお前に与えてくれたチャンスだ!これをモノにして灰色の高校生活を卒業しようぜ!」
やかましいわ。サラッと失礼なことを言うな。
でもまぁ、悔しいことに灰色なのはあながち間違ってない。いつも通りを貫き通しすぎて彼女が出来たことどころか、親しい女友達も梓を除いてほぼ居ない。別に女が苦手という訳でもないが、クラスの女子と接するのは体育大会や学園祭等の行事の時しかなかった。
しかし、そんな女っ気のない俺に神様が気を利かせてくれたのか、はたまたただの気まぐれか、俺は長谷川とぶつかってしまう。そして今日の朝、校門前で偶然出くわし親しくなってしまった。
「出来すぎだよなぁ…」
思わず声に出てしまったが、幸い2人の耳には届いていないようだ。
でも、偶にはイレギュラーもあっていいだろう。いつも通りの日常にちょっとしたイベントが転がり込んできただけだ。それだけで、この日常が急激に変わることなんでありえないだろう。
そう自己完結した俺はミートボールを口に放り込み、無事に弁当を完食した。
***
学校近くの公園に立つ時計が17時を指している。夕陽に照らされながら、俺は俺そっくりの長い影と共にダラダラと朝来た道を戻る。
部活には入っておらず、クラスメイトよりも早く帰れる。1日1回だけのちょっとした特別感。
小さな頃からインドア派だった俺はサッカーボールが蹴れなかったり、ゆっくり飛んできたバレーボールを顔面で受け止めるなど、かなりの運動音痴だ。俺の通う学校の部活はほとんどが運動部のため、必然的に帰宅部だ。
ちなみに大輝はテニス部、梓はバレー部だ。今頃2人共頑張ってるんだろうなぁ。
この帰宅時間が好きだ。1人だから考え事をしていても、好きなバンドの新曲をリピートして聴いていても、誰にも邪魔されない。周りには通りすがりの知らない人だけで、おかしな行動をしない限り、変に注目されることも無い。
俺の生活の中で唯一の1人だけの時間だ。
ふと、上を見る。
あの雲は魚みたいな形をしている。魚なら、秋刀魚が好きだなぁ。
あの雲は猫の形だ。猫は愛くるしくて好きだ。時々、無性に撫で回したくなる。
そんなことを考えていると、なんの前触れもなく視界の端に何かが映った。
素早く横を見ると、そこには長谷川がいた。
「……うおおおお!?!?」
突然の出来事に頭が追いつかなかったが、とりあえず情けない声を出してしまったことは分かる。死にたい。
「あははっ、驚きすぎですよ、能登先輩。」
俺のリアクションが面白かったのか、口元を抑えて笑い出す長谷川。こいつ、なかなかにワルだな。
「一言声かけてくれればいいのによ…」
「わたし、ずっと先輩の後ろ歩いてましたよ?全く気づいてくれないから横に来ちゃいました。」
「マジか…全然気づかなかった…」
きっと彼女は凄腕忍者の末裔かなにかだろう。足音にすら気づかなかった。
…ん?長谷川がここにいるということは…
「お前も家はこっち方面なのか?」
「はい!駅の近くの住宅街に住んでますよ。学校も近いし少し歩けばスーパーとか映画館もあってとてもいいところです。」
へぇ〜、と軽く相槌を打つ。朝出くわした時に勝手に逆方向から来たのかと思っていたが、なるほどなるほど…
「仲のいい友達はみんな反対方向に住んでるから1人で登下校なので、ちょっと寂しいですけどね。」
少し困ったように笑う長谷川。彼女の初めて見る表情に嬉しくなってしまう。
そんな雑談をしていると正面に駅が見えてきた。向かって右側に長谷川が住んでいる住宅街も見える。
「では先輩、わたしこっちなので!」
そう言って、長谷川は住宅街方面に歩きだそうとする。
…なんだろう、この気持ちは。
自分でも訳が分からないほどに、鼓動が早くなる。ドクンドクンと鳴り響く心臓が邪魔で仕方ない。
彼女は自宅に帰るだけなのに、変に不安が増していく。何故か遠くに行ってしまうのではないかという焦り。
「なあ!」
引き止めるつもりなんてなかったのに、無意識に声をかけてしまう。
長谷川は驚いたのか肩をビクリと跳ねさせ、ゆっくりと振り返る。
「ど、どうしましたか?先輩。」
長谷川はキョトンとしている。
言え、早く。言え。
「あ、あのさ…長谷川が良ければなんだけど。時間が合う時でいいんだ。…これからもこうやって、一緒に帰らないか?」
静寂が訪れる。
言ったあとに気づく、自分の発言の恥ずかしさ。
先輩で男の俺が、後輩の女の子に一緒に帰ろうなんて、まるで小学生の約束のようだ。穴があったら今すぐ飛び込んで人生を終わらせたい。
「い、いや、やっぱりなんでも…」
「是非!!」
……え?
「わたしでよければ、またお話しながら帰りましょう!」
長谷川の弾ける笑顔を直視できない。眩しすぎる。
ーーああ、なんで俺にそんな笑顔を見せてくれるんだ。たまらず変な顔をしてしまいそうだ。
兎に角、今顔を見せるわけにはいかない。すぐに退散しよう。
「そ、そうか。ありがとう。じゃあ、またな。」
「はい!また明日!」
そう言うと俺は早足で駅に向かう。ダメだ、ついついニヤついてしまう。
心の中でガッツポーズを繰り返す。
どうして?ただの後輩なのに。
俺にそっくりな影はさらに身長を伸ばしている。
早く帰ろう。今日の俺は、いつも以上に特別な気持ちに溢れている。
長谷川と一緒に帰るという約束をしたこの日から、俺のいつも通りの日常が少しずつ変わっていくのだった。
「ははーん、さっくんにもとうとう春が来たかな?」
昼休み、弁当を頬張りながら昨日の出来事を話すと、案の定、大輝と梓はニヤニヤし始めた。不気味で仕方ない。
こいつらは三度の飯より人の恋バナが大好物である。去年の夏頃、我がクラスに君臨する圧倒的イケメンボーイの喜多嶋冬馬と、目立たない眼鏡っ娘の吾妻和華が付き合い始めたという噂を聞き付けた2人は、まるで水を得た魚の如く生き生きとし始め、「手繋いだ?」「デートした?」「キスは?」とデリカシーのない質問を投げまくっていた。
2人の暴走が終われば俺が代わりに謝りに行った。とんだ汚れ役だ。
余談だが、吾妻は眼鏡を取ると人が変わったかのように可愛い。1部の男子から圧倒的支持を得ている。
「相変わらず、お前らはこの系統の話題が好きだな。」
はぁ、と溜息をつきながら呟く。
「あったりまえじゃーん!友達の恋バナは聞いてて飽きないし、甘酸っぱいエピソードを聞かせてもらってキュンキュンするのが楽しいの!」
嬉々として話す梓の隣で「うんうん」と大きく首を縦に振る大輝。乙女か。
「朔夜!これはきっと神様がお前に与えてくれたチャンスだ!これをモノにして灰色の高校生活を卒業しようぜ!」
やかましいわ。サラッと失礼なことを言うな。
でもまぁ、悔しいことに灰色なのはあながち間違ってない。いつも通りを貫き通しすぎて彼女が出来たことどころか、親しい女友達も梓を除いてほぼ居ない。別に女が苦手という訳でもないが、クラスの女子と接するのは体育大会や学園祭等の行事の時しかなかった。
しかし、そんな女っ気のない俺に神様が気を利かせてくれたのか、はたまたただの気まぐれか、俺は長谷川とぶつかってしまう。そして今日の朝、校門前で偶然出くわし親しくなってしまった。
「出来すぎだよなぁ…」
思わず声に出てしまったが、幸い2人の耳には届いていないようだ。
でも、偶にはイレギュラーもあっていいだろう。いつも通りの日常にちょっとしたイベントが転がり込んできただけだ。それだけで、この日常が急激に変わることなんでありえないだろう。
そう自己完結した俺はミートボールを口に放り込み、無事に弁当を完食した。
***
学校近くの公園に立つ時計が17時を指している。夕陽に照らされながら、俺は俺そっくりの長い影と共にダラダラと朝来た道を戻る。
部活には入っておらず、クラスメイトよりも早く帰れる。1日1回だけのちょっとした特別感。
小さな頃からインドア派だった俺はサッカーボールが蹴れなかったり、ゆっくり飛んできたバレーボールを顔面で受け止めるなど、かなりの運動音痴だ。俺の通う学校の部活はほとんどが運動部のため、必然的に帰宅部だ。
ちなみに大輝はテニス部、梓はバレー部だ。今頃2人共頑張ってるんだろうなぁ。
この帰宅時間が好きだ。1人だから考え事をしていても、好きなバンドの新曲をリピートして聴いていても、誰にも邪魔されない。周りには通りすがりの知らない人だけで、おかしな行動をしない限り、変に注目されることも無い。
俺の生活の中で唯一の1人だけの時間だ。
ふと、上を見る。
あの雲は魚みたいな形をしている。魚なら、秋刀魚が好きだなぁ。
あの雲は猫の形だ。猫は愛くるしくて好きだ。時々、無性に撫で回したくなる。
そんなことを考えていると、なんの前触れもなく視界の端に何かが映った。
素早く横を見ると、そこには長谷川がいた。
「……うおおおお!?!?」
突然の出来事に頭が追いつかなかったが、とりあえず情けない声を出してしまったことは分かる。死にたい。
「あははっ、驚きすぎですよ、能登先輩。」
俺のリアクションが面白かったのか、口元を抑えて笑い出す長谷川。こいつ、なかなかにワルだな。
「一言声かけてくれればいいのによ…」
「わたし、ずっと先輩の後ろ歩いてましたよ?全く気づいてくれないから横に来ちゃいました。」
「マジか…全然気づかなかった…」
きっと彼女は凄腕忍者の末裔かなにかだろう。足音にすら気づかなかった。
…ん?長谷川がここにいるということは…
「お前も家はこっち方面なのか?」
「はい!駅の近くの住宅街に住んでますよ。学校も近いし少し歩けばスーパーとか映画館もあってとてもいいところです。」
へぇ〜、と軽く相槌を打つ。朝出くわした時に勝手に逆方向から来たのかと思っていたが、なるほどなるほど…
「仲のいい友達はみんな反対方向に住んでるから1人で登下校なので、ちょっと寂しいですけどね。」
少し困ったように笑う長谷川。彼女の初めて見る表情に嬉しくなってしまう。
そんな雑談をしていると正面に駅が見えてきた。向かって右側に長谷川が住んでいる住宅街も見える。
「では先輩、わたしこっちなので!」
そう言って、長谷川は住宅街方面に歩きだそうとする。
…なんだろう、この気持ちは。
自分でも訳が分からないほどに、鼓動が早くなる。ドクンドクンと鳴り響く心臓が邪魔で仕方ない。
彼女は自宅に帰るだけなのに、変に不安が増していく。何故か遠くに行ってしまうのではないかという焦り。
「なあ!」
引き止めるつもりなんてなかったのに、無意識に声をかけてしまう。
長谷川は驚いたのか肩をビクリと跳ねさせ、ゆっくりと振り返る。
「ど、どうしましたか?先輩。」
長谷川はキョトンとしている。
言え、早く。言え。
「あ、あのさ…長谷川が良ければなんだけど。時間が合う時でいいんだ。…これからもこうやって、一緒に帰らないか?」
静寂が訪れる。
言ったあとに気づく、自分の発言の恥ずかしさ。
先輩で男の俺が、後輩の女の子に一緒に帰ろうなんて、まるで小学生の約束のようだ。穴があったら今すぐ飛び込んで人生を終わらせたい。
「い、いや、やっぱりなんでも…」
「是非!!」
……え?
「わたしでよければ、またお話しながら帰りましょう!」
長谷川の弾ける笑顔を直視できない。眩しすぎる。
ーーああ、なんで俺にそんな笑顔を見せてくれるんだ。たまらず変な顔をしてしまいそうだ。
兎に角、今顔を見せるわけにはいかない。すぐに退散しよう。
「そ、そうか。ありがとう。じゃあ、またな。」
「はい!また明日!」
そう言うと俺は早足で駅に向かう。ダメだ、ついついニヤついてしまう。
心の中でガッツポーズを繰り返す。
どうして?ただの後輩なのに。
俺にそっくりな影はさらに身長を伸ばしている。
早く帰ろう。今日の俺は、いつも以上に特別な気持ちに溢れている。
長谷川と一緒に帰るという約束をしたこの日から、俺のいつも通りの日常が少しずつ変わっていくのだった。
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