競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第4話 怪物の真意

死が老人だけに訪れると思うことは間違えだ。死は最初からそこにいる。

アメリカの精神科医 ヘルマン・ファイフェル

────────────────────

身体中に巻かれた包帯を解く。

部屋の中は数本の蝋燭の火で照らされているだけなので少々解くに手間取ってしまった。電気は……ないのか?

薄暗い中多少の苛立ちを覚えつつ、やっとの思いで包帯を解き終える。

そこにはまだ擦り傷や打ち身が残っていたが痛みはだいぶ引いている。

包帯は無造作にその場に投げ捨てる。

そして、ゆっくりと上着の裾に手をかける。

やはりこの目で確認しなければならない。

心の中で誰かも分からない少女に平謝りをしつつ、一気に上着を脱ぎ去る。

下着等は付けていないのでそのまま半裸状態になる。

そのまま上半身を眺める。

まだ体が幼いためか、上半身は男性とさほど変わらないように見える。

意を決してゆっくりと胸部に触れる。

昔、小学生だった頃たまに自分の胸部に触れた事があった。その時は勿論男だったため硬かった。

しかし。

その胸部は微かな柔らかみを持っていた。

これから成長していくだろうと何故か予想がつく柔らかさだ。

冷や汗が大量に流れる。

だが、これだけでは完全に把握することは出来ない。

心の中で平謝りから土下座に変更しつつ、ゆっくりとズボンに手をかける。

ゆっくりと下ろすのはなんだかとても怖かったのでこっちも一気に引き下ろすことにした。

そしてズボンを引き下ろした。

そして絶句した。

__________________

「はぁ……」

湯船の中で体育座りしながら溜息をつく。

老人に風呂に入るように勧められたため、自分の状況確認を込めて承諾した。

もしかしたら女顔なだけで性別は変わってないと微かな期待を込めて。

だが、その期待は大いにはずれていた。

見慣れたものがないというのはこれほどまでに絶望するのだと初めて知ったかもしれない。

これからどうしたらいいのだろうか?

それに……。

俺はゆっくりと胸部下方へ手を伸ばし触れる。そのまま腹部へと手を下ろしていき、腹部下方で手を止める。

そこには本来へそがあるはずだが、この体にはへその変わりにへそに似た大きな切り傷による凹みがあった。

あまりにも気になりすぎて撫でていると、下腹部内部の方へ鋭い痛みが走った。

これは本来のへそと同じ感覚かもしれない。ということはこの傷は腹膜以上まで届いていることになる。

「一体俺の体はどうなってしまったんだ……」

思わず口から溜息にも近い愚痴がこぼれる。

気を紛らわすように部屋中を見回す。

サウナ部屋に近い感じのお風呂。

シャワーはないが湯船があるので文句はない。

とりあえず今は身体中の垢を落とすことに専念するとしよう。

湯船からゆっくりとあがる。

湯船からでると、床に座り込み。あらかじめ置いてあった石鹸に似た物で身体中を擦りまくる。

傷に痛みはない。手当が幸をそうしたようだ。

なるべく体を見ないようにしているが、それでも擦っている以上感触はどうしても伝わってしまう。

頭は複雑な気持ちだが、心は比較的に落ち着いている。

自分の体はどうやら自分には欲情はしないようだ。

知識を持ってる分そういった面では有難いかもしれない。

とりあえず、何とかなるだろう。

「お嬢さん、湯加減はどうだい?」

ドアの向こう側から老人の声が響いてくる。

どうやら俺の様子を気にして見に来てくれたようだ。

有難い事だが、出来れば今はほっといて欲しい。

こんなことになって頭が混乱しているのだ。

「大丈夫です、お気遣いありがとうございます。」

「そうかい。ゆっくり入るといい。」

酷く適当な返しになってしまったが致し方ない。

幸い老人も気にする様子はなく、ドアの前から気配が消えた。

部屋は再び静寂につつまれた。

気を取り直して再び体を洗うことに専念する。

「………」

ここは多分異世界。

信じ難い事だが、まず間違えないだろう。

そうに思い至る理由は二つ。

まずは俺の知らない地形と地名、そして不自然な言語。

何も俺は世界の全ての地名、言語を知ってる訳では無い。だが、明らかに不自然な地形と地名、そして言語を喋る人。

あんな巨大な滝の絶景があるならテレビなどで見たことがあるはずだ。

それにあの特有の言語。

英語でも韓国語、中国語でもない特有の言語。

さらに俺は何故、そんな聞いたこともない特有の言語を理解できる?

そしてその疑問は二つ目の理由へ着地する。

何故、俺は女の体になってしまったのだろうか?

最近小説でよく見かける異世界転生?

否、転生は前世での記憶を持った状態で初めからの人生のやり直しだ。

俺の体は明らかに十歳前後。異世界転移は自分の体が異世界へ転送されてしまう現象だ。俺の体は明らかに別人であり、これも当てはまらない。

話題の小説でも見ない異常な状況。事実は小説より奇なりという言葉はまさに的を射てる言葉だと思い知った。

だが、あえて言葉にするなら俺は別の人間の体に魂こころだけ定着している状態だと言える。

言い方を悪くすれば、俺は別の人間の体を乗っ取っている。

だから言葉にすれば【憑依】だ。

異世界憑依。

魂だけのリセット。

俺は魂だけのやり直すことが出来たのだ。

他人を蹴り落として得たリセット。

この体のを奪って得たやり直し。

この体の人生これまでを無かったことにして得た時間。

「全てを失ってまで得たリセットの結末がこれ……ね」

ゆっくりと俯く。

髪は湿っているため、だらりと俺の顔の周りを垂れ下がり視界はやや暗闇になった。

その感じが更に俺の気分を暗くする。

あれは夢ではなかったのだ。

胸を貫かれた痛みを思い出す。

鉄臭い血の匂い。

切り抜かれても動き続けた自分の心臓……。

思わず吐きそうになるのを我慢して呻く。

「あなたの目的はなんだ……死神?」

あの骨だけの怪物。

呼称に困ったのでとりあえず皮肉を込めてそう呼ぶことにする。

人の死たましいを弄ぶ存在。まさに死を司る神。死神と呼ぶのはふさわしい。

あいつの関与はまず間違えないだろう。

俺に一体どうしろというのだ。

他人の人生を奪ってまで生きろというのだろうか?

俺は死を望んでいるのに……。

だが、今の俺の命はもう俺だけのものでは無い。

勝手に死ぬことは出来ない。

まさか……これが狙いなのか?俺がこのように考えること自体がやつの策略なのか?

否、この際そんなのどうでもいい。

これからどうするかだ。元の世界に戻る……いや、あんな世界はもう真っ平だ。だったらせめて体をどうにかしなければならない。

そのためには……。

「暫くの間お世話になります」

この体を借りなければならないだろう。

予想外の出来事だから仕方ない、と言えば言い逃れは出来るがなるべくそうしたくない。

結局、全ては結果論に過ぎないがとりあえずこの現象をどうにかするためには暫くこのままでなければならない。

それまでは俺が使わせて貰うことにする。

さてと、気を取り直して髪を洗うとしよう。

ゆっくりと顔をあげ、髪に触る。

手入れしていなかったため、髪はボサボサだったがこうして手入れしてみると絹のような感触が俺の手に伝わる。

改めて俺の性別が変わっていることが分かる。

頬が赤くなりそうだが我慢する。

だが、こうして見ると女の髪というのはとても面倒とも思えてくる。水気を帯びた髪はとてつもなく重い。そして顔に張り付いて少々こそばゆい。

さらに洗剤を馴染ませた後に洗うとなかなか洗剤が落ちない。

高校に通っていた頃は長髪の女の子が多かったが、あの子達は入浴の度こんな苦労をしていたのだろうか?

何故こんな所で知りたくもない女の苦労を知らなければならないだ。

まぁ、俺の愚痴はさておこう。

お湯で髪を流し終え、再びお風呂に浸かる。

一度浸かったとはいえ元々体温が下がっていたため一回では温まりきるはずもない。

五臓六腑に染み渡るような感覚がした。

「はぁ……」

思わずため息が出てしまう。

これからの不安も一緒に乗せて……。

俺はどうしたらいいのだろうか?

お湯に浸かると再びその疑問が浮かび上がってくる。

悪循環だ。

どうしようにも出来無かった。

そのまま何分ぐらい考え込んでいただろうか?

少なくてもそれなりには入っていたとは思う。

それは突然やってきた。

「あれぇ?」

不意に悩み事がまるで湯船に溶けていくような感触に襲われた。

まるで意識だけが飛んでいくような浮遊感。

そしてそのままブクブクと……。

ブクブクと。

意識が飛んでいた。

「お嬢さん!!?」

遠くからおじいさんの声が聞こえる。

勢いよく湯船から引っ張り上げられる感覚を残して気絶した。

ただ単にのぼせただけだ。

すぐに異変に気が付きおじいさんに助けられた後、素っ裸で目覚めた俺が茹でダコ以上に赤くなったのは説明するまでもないだろう。

今度から風呂場で考えるのはやめようと思う。

死ぬ死なない以前の問題であるからだ。

「競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く