競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第2話 溺れる者は屍さえ掴む

生まれた者には死が必ず来る。死せる者は必ずまた生まれる。避けられぬことを嘆くなかれ

ヒンドゥー教聖典

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「かっは!!」

俺は思わず飛び起きた。
そして自分の胸を手探りで確認する。胸に大きな風穴が空いてるような感触はない。

「夢……かぁ!!」

力が抜け、再びその場に横たわる。
全くなんという嫌な夢を見るのだろうか。
身体中がビッショリと濡れている。
冷や汗をかいてしまったようだ。
とりあえず汗で額に張り付いた前髪が邪魔に感じたので手ではらいのける。

「あれ?」

そこで異変を感じた。
前髪をはらいのけた時に一本だけ抜けてしまったであろう髪が指に絡まっていた。それ自体は別になんでもいい。
だが、問題なのはその髪が見慣れた黒髪ではなく。
綺麗な銀髪だったのだ。
慌てて飛び起きて自分の髪を撫でてみる。

長い……。
その髪は腰にまで届きそうなほど伸びており、しかも全部抜けた髪と同じで銀髪だ。
髪の色はともかくとしてこんなに伸びるには一年、二年の時間が必要になる。つまり俺はそのぐらい眠っていたことになってしまう。
……。
んなアホな……。

髪の件もそうだが、他にも不自然な点がある

まずは景色だ。
岩に張り付いた湿ったコケ植物。
太陽を覆い隠すほど生い茂った樹木達。
微かに聞こえる川のせせらぎ。
木の香りがする土。

どう見てもここは森だ。
俺は森なんて来た覚えはない。
そもそも俺が歩いていた付近に森なんてない。
ということは俺は無意識で遠い森に来たことになる。
そんなこと有り得るのだろうか?
あの時は俺は確かに無感情だったが、意識はしっかりとあった。雪の冷たさもしっかりと感じていた。
この胸を貫かれた感触も……。

いや、あれは夢だ。じゃなきゃ今ここで生きているはずが無い。
胸を触った時に気がついたが服もおかしい。
白いシャツと黒の短パン。
足は素足だ。
雪降る冬道を歩いていた俺は当然長袖長ズボンにコートを着込んでいた。
追い剥ぎに遭ったとしたてもわざわざ短パンとシャツを着せるとは随分と親切な追い剥ぎだ。
明らかに不自然だ。


ゴクリと生唾を飲みこもうとする。
しかし、唾液の分泌がどうにも調子が悪い。
気がつけば喉はカラカラだった。

(水を探さないと……)

今わからない事を考えても仕方ない。
とりあえず、今日を生き抜くために水を探そう。


俺は混乱する頭を無理矢理落ち着かせるとゆっくりと立ち上がった。近くから水の音はする。そこまで困ることはないだろう。
体をほぐすために軽くストレッチをする。
関節や筋肉の強張り具合から考えて1日以上は寝ていたことになるだろう。
全く、とんだことになってしまった。


裸足なため、土や苔の感触がムズ痒く感じる。
そう言えば昔、運動会とかで裸足で走っている人がいたが、こっちの方が足の裏が刺激されて色々とツボなどの関係で早くなるのかもしれない。
詳しくは知らないので適当な解釈だが。
そんなくだらない事を考えつつ水の音がする方へ歩き始めた。



___________

「ハァハァ……!!」

息をするのも辛い。
体中の筋肉が悲鳴をあげ、血管は灼熱のマグマを流しているように熱い。
しかし、足を止めるわけにいかない。足を止めた瞬間が僕の命が尽きる時だ。
僕はまだ死ぬわけにはいかない。
まだ死ねない理由がある。
この荷物を必ず届けないといけない。
例え、僕の命を犠牲にすることになっても……。

道無き道を駆け下りる。
後ろから荒々しいそれ(・・・)の息遣いが聞こえる。
死の神に追われているような恐怖が膨れ上がる。
後ろを振り向くことなど出来るはずがない。振り向いた瞬間、僕は恐怖に立ち尽くし、それに追いつかれてしまうだろう。
だが、このままでは明らかに先に音をあげるのは僕の方だろう。
進むも死。止まるも死。
完全に成すすべがない絶望的状況を前でも僕は常に頭を働かせていた。
全ては未来のため。

「ハァハァ……いちか、ハァ……。バチか……賭けるしかない!!」

覚悟を決めるため僕はその言葉を口に出す。
万二一つの可能性。しかし、諦めるぐらいなら何千倍もマシだろうと思われる手に縋り付く。
足は自然とその秘策がある方へと向かっていた。
向かうは水の音がする方向。
否、水がある所では語弊があるだろうか?
それはもっと巨大な場所……。

ザーーーー。
凄まじい水量が流れる音がする。
目指すは断崖絶壁にある滝。
近づくほどに落水による風圧で息が出来なくなる。しかし、足を止めるつもりは無い。
滝付近はまるで嵐の真っ只中にいるような、風圧と水しぶき。そして、途中から途切れている地面。
それにより僕がこれから行うことに対する恐怖を一層煽りたてる。

そう。
僕は崖下に飛び降りるつもりだ。
後ろの死神は絶対に付いてこれない。その確信がある。
だが、飛び降りた先で死ぬ可能性も充分ある。
所詮人間なんて脆い生き物だ。崖から飛び降りただけで死ぬことも普通に有りうる。
だが、例え僕が死んだとしても川は下流へと流れ、運が良ければ死体は街へと流れ着くだろう。時間はかかるだろうが、僕が持つ荷物はいずれ目的の地へとたどり着くだろう。
奪われるより遥かなマシな選択だ。
だが、あわよくば……。

あわよくば……。

「生きたい……。」

僕の口から溜息に近い声で本音が思わず出てしまった。
一瞬の躊躇。
恐怖から来るものでは無い。生への執着による躊躇。
死神に手を掴まれるような感覚がする。
後一歩。
一秒後に確実な死が待っている。
その事実を再確認すると。
僕は……足を踏み出した。

景色が凄まじい速さで上へ消えていく。
浮遊感と共に凄まじい突風が聞こえる。


「うわぁぁぁあああ!!?」

僕の叫び声が風に乗って崖にこだました。
川へ落ちるのに後一秒もかからない。


______________

俺は完全に考えが甘かった……。
足を引きずりながら俺は後悔していた。
既に身体中は傷だらけ。
食事どころか水も飲めてないので脱水症状のせいで頭痛と吐き気が耐えない。
勿論、水浴びもしてないため、髪と体はフケと垢まみれ。
服は初日で血と埃で薄汚く変色してしまった。
傍から見たらゾンビか幽霊にでも見間違われそうな風体。
まさにボロ雑巾という言葉がお似合いだ。

あの日。水の音がすると思ったら大間違いだった。
確かに水はあったが、そこは断崖絶壁の滝の音だった。
周り道をして滝下に行きたかったが、そんなものは当然無かった。
グランド・キャニオンの周りを森にして崖上から水を流したらあんなふうな景色になるだろうか?
少なくてもあれほどの滝を僕は見たことがない。
ナイアガラの滝とかを見たことがあれば比喩出来たかもしれないが残念だ。

だが、問題はその後。
水もなにも手に入れられずに途方に暮れた俺は水を飲むために滝下に降りようとするために森へ入ったが、思っていた以上にその道のりは厳かった。既に水を求めて五日間は下っているが全く降りれる気配がない。
飲食をしてない為、もはや糞尿すらこのこの五日間出ない。
このままだと確実に俺は死ぬ。
本当にこのままだとまずい……。

「ハァハァ……誰か…いない……のか?」

力のない叫びが森の中でこだまする。
俺の叫びを聞き鳥達がしばらく鳴き止む。
だが、数秒すると再びさえずりを始める。ただ、それだけで誰も俺の声に返答はしない。
何故だろう。雪の日に独りで佇んでる時は対して感じなかったが、今この瞬間。凄まじいほどの孤独感を感じる。
このまま俺は独り寂しく死ぬのだろうか?


あの日、俺は確かにこうなることを望んでいた。だが、今は痛烈に生きたいという願望が俺の中で強く主張している。
不思議な感覚だ。まるであの日の俺と今の俺は別物だと錯覚する。
でも、どれだけ生きたいと思ってもこの現状を打開すると策は思いつかない。
もう…疲れた。諦めよう。

「あれ?」

座りこもうとした足が急に停止した。
明らかに不自然な姿勢。だが、俺の腰は見えない何かに支えてられるように動かない。
そしてそのまま俺の腰は元に戻り、歩き始めた。
自分が自分でない感覚。俺の体は既に満身創痍なのにしっかりとした足取りで真っ直ぐ進んでいく。
なんだ……何が起こっているんだ……。
草木をかき分け進み続ける。
まるで最後の抵抗をするかのように。
絶対に諦めないかのように。

「あ……。」

急に膝に力がなくなる。
地面がふと近づく。
その最後の抵抗もとうとう力尽きてしまったのだろう。草の中でそのまま行き倒れてしまう。
これで終わりになってしまうのだろうか。
思っていた通りの最後だが、凄く寂しい。

「あぁぁぁ……。」

それでも手を伸ばす。何かに縋り付くように……。
生きるために……。
もうやめてくれ……。
疲れたんだ……。
諦めたんだ。

何故あれほど人の闇を見て、これほどまでに生に執着するのだろう?
分からない。
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない!!


「生きたい!!」

俺ではない誰かが言う。
その時、ふと…手に何かが触れた……。
そっと手繰り寄せる。
それは金属製の筒。中からぽちゃぽちゃと水の音がする。

水筒!!

「ハァハァ……んッグ!!んく。んく。んく!!」

中身も確認せずに筒の蓋を開けて中身を飲み干す。
僅かに酸味のある液体を息が続く限り飲み続ける。
涙が溢れる。
今まで飲んだ、どの飲み物より美味く感じた。

しかし、こんな所に何故水筒が……。
水筒が転がっていた場所を見る。
そこには人の手。

「うぅ……」

呻き声をあげて、荷物を背負ったまま行き倒れてる人がいた。

「はっ……!!」

思わず起き上がって後ずさってしまう。
全身はびしょびしょで頭から血を流している。
だが、その手は微かに痙攣しており、肩も僅かながらに震えている。
まだ息はある。
助けられるかもしれない……。
しかし、

「俺に……何が出来る……。」

俺だって死にかけの人間……。
水を貰って僅かに延命しただけに過ぎない。
死にかけの人間が二人。
何も出来ない。
俺は役立たずだ。

こういったときどうすればいいか知ってたら……。
努力してたら違っていた。
努力……?

俺はその言葉に躍らされたんだ。
ふざけるな!!
俺は今生きている!!
目の前の人間は運がなかった。それだけの話じゃないか。
俺が責任を負う必要は無い。

「ありがとう。」

お礼だけいい俺はその場を離れる。
俺はその日始めての人殺しをした。

俺がその後倒れたのはその出来事の五時間後だった。
水だけでは俺の体力は回復しなかったのだ。
やはり延命に過ぎなかったのだ。

「こんな所で終われない……」

無意識のうちに口から言葉が洩れていた。これは間違いなく俺の言葉ではない。
狂ったように手足を動かす。だが、立つことは出来ず、地面に醜い跡を付けることしか出来ない。
そして意識が遠のき始める。

人を殺してまで生きる価値なんて果たしてあったのだろうか?
最後に感じたのは罪の意識だった。


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