競奏のリアニメイト~異世界の果てに何を得るのか~

柴田

第1話 絶望の中に何を言う

死は人生の終末ではない。生涯の完成である。

ドイツの宗教改革者 マルティン・ルター

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空から光の具合で灰色に染まった雪が降り積もる。
雪は俺の黒髪に積もり、髪は湿りっけを帯びてだらしなく俺の視界へ垂れ下がってくる。
俺のやや火照った頬を冷やしつつ、灰色から無色の水へと変化し、頬から滴り落ちる。
それは傍から見たら涙のようにも見えなく無い。
ややタレ目は雪の影響でほぼ半開きになっている。
そんな俺の涙はとうに枯れ果てた。


俺にはもう帰る場所なんて無い。
正確にはほんの数時間前までは確かにあった。
でも、俺は追い出された。

別に俺は最近の小説に出てくるようなニートや引きこもりが原因で家を追い出された訳ではない。
中学、高校では県で上位の学校に入学し、勉学と習い事をしっかりと頑張った。必死に勉強し、超一流の大学の合格をもらえだってつい先月の事だ。
父親は早くに亡くなって母子家庭だったが母は俺を愛してくれていたと思うし、俺も一生懸命俺を支えてくれた母の期待に応えようと努力した。

でも、いつからだろうか?叔母さん達との仲が悪くなったのは……。
母は三人兄弟の長女で他に次女と三女がいる。
次女の叔母さんは俺が小さい頃からよく遊びに連れて行ってくれたりした。三女の叔母さんはあまり見かけなかったが優しい印象があった。


だが、ある日を境にそれは一変した。
母が仕事と家庭でのストレスのはけ口に俺の自慢をするようになったのだ。
俺が学校の勉学で一桁の順位を取ったら、知り合いに世間話という名目で自慢した。
俺が習い事の剣術で全国ベスト四に入った時なんてお祭り騒ぎだった。そして、ことある事に叔母達の子息と俺を比較していた。
叔母達の子息ははっきり言ってしまえば出来はそこまで良くはなかった。
でも、俺と彼ら個人の付き合いはそんなに悪くなかったし、俺も別に彼らを侮蔑するつもりは無かった。
俺の努力が衰えることは無かったが、考えてみれば叔母達にとって母は目の上のたんこぶになっていったのかもしれない。

そして、悲劇は起こった。
母が仕事からの帰り道、事故を起こした。
警察が言うにはブレーキの油圧システムが不備を起こしていたという話だ。
母は三日間の意識不明の後、死亡した。
その日、俺は母と目標を失った。

でも、一番精神的にきたのは葬式時。

皆、顔を悲痛に染めながらも終始口元に微笑を隠しきれていなかったのだ。
そこで俺はやっと気がついた。彼らが「やっと邪魔者が消えた」と思っているの事に。
それに気がついた瞬間、俺は過去を失った。

そして葬式が終わり。今後の話し合いをするとして叔母達が家にやって来たのが今日。
時間通りにやって来た叔母達は急に笑い出すなり、一枚の紙を俺の前に叩きつけた。
それは母の遺言書であり、そこには叔母達に全財産を譲ると書いてあった。
叔母達の二言目は「ここはもうあなたの家じゃない。でていけ」だった。
その後の記憶はない。気がついてたら雪が降り積もる道をただ呆然と歩いていた。

俺は全てを失った。
今にして思えば母の死には叔母達がなんらかの形で関与していたのは明らかだろう。

今から警察に駆け込む?

否、もうどうでもいい事だ。そんなことをしても母は帰ってこない。もう努力する意味も理由も見出すことが出来ない。
例え財産が帰ってきたとしても俺は全てを失った、ただの木偶人形に成り下がってしまった。操り糸が切れた人形はもう動くことは出来ない。
俺の今まで努力が母を殺した。
人はとても脆い生物だ。一度壊れてしまったら治るのは不可能に近い。
もう、どうでもいい。人の闇に深く触れてしまった俺はもう立てない。


灰色の雪がだんだんと黒色を帯びていく。もうすぐ夜の到来なのだ。
泊まる当てなど勿論ない。俺に親友と呼べる存在はなく、中・高ともに皆と一枚壁を隔てて接してきた。
当時は別に私生活に支障はなかったし、それでいいと思っていた。しかし、人の冷たさを目の当たりにした今。人の温かみに触れたいと思うのもまた人の性の(さが)なのだろうか?
親友を作らなかった事を深く後悔する。
友達を作り、一緒に学校を楽しむのも悪くなかったかもしれない。
男友達なら馬鹿な話をして笑い合い。女友達なら恋愛感情と言った今の俺には無縁な感情が出てきたかもしれない。

俺はただ単に全てを断絶し、努力し続けることだけを続けた。世界も全ての人間に努力それを要求し続ける。
努力した者は報われ、怠惰は堕ちる。そんな耳触りのいい絵空事綺麗事をいつまで信じ続ければいい?


「阿呆らしい……」

今の俺の文句だって結果論だ。
結果なんて実際にその時になるまで分かるはずがないのに。
俺の結果は失敗だった。それだけのことかもしれない……。
どちらにせよもう疲れた。
このまま野垂れ死にも案外悪くないかもしれない。


日が完全に落ち、当たりは静寂と闇につつまれた。
唯一照らす街灯の光も電球が切れそうなのか、今にも消えそうな勢いで瞬またたいている。
疲れてはないが、不意に歩く事すら億劫になってしまった。
街灯の下に座り込む。
ズボンの布越しに尻に雪の冷たさが伝わり、一瞬驚いたがすぐに慣れた。
そのまま下を俯く。
何秒、
何十秒、
何分、
何十分、
何時間そこに居たかは分からない。

でも、俺の体はとうに冷えきっていたため、それなりの時間が経ったことは解った。
ゆっくりと顔をあげる。
人が雪をかき分けて歩く音が聞こえたからだ。
もし、俺の姿を見たら通りがかった人はどのような目で俺を見るだろうか?
少し興味が湧いてきた。
足音は俺がいる電灯の明かりのすぐ前で止まった。
目が慣れていないためその人がどんな人か全く見えない。

「これはこれは、お若いの……そんな所で何をなさっているのかな?」

芝居がかった口調で喋る老人の声が闇夜に響く。
無視することは簡単だ。だが、俺は答えることを選んだ。
見知らぬ人でも俺の話を聞いてくれるのならと。

「自分でも分かりません。」
「ほうほう。でも、私には分かります。あなたはこの世界に絶望しておられる。冥界の牢獄者でもなかなか貴方あなたほどの表情をした者はいないと思います。」

面白い例えをする老人だ。まるで冥界が何かを知っているような口ぶりだ。
だが、面白い。

「実は人の闇を見てしまいました。人はどうしてあんなに簡単に人を陥れることが出来るのでしょうか?俺には分かりません。」
「ふふふ、なるほど。人の闇という物は恐ろしく巨大ですからね。今までの人の歴史を見てもそれは頷けます。土地が欲しい、権力が欲しい、富が欲しい、そういった私利私欲に塗れた人間は必ずと言って他人を陥れ、傷つけ、そして殺す。そういった輩は必ずと言っていい程に言い訳をする。その点から見ればあなたは心優しい。」
「そう……でしょうか?でも、俺はこの世界からを失いました。もう立つことは出来ません。」
「いえ、あなたは確かな心をお持ちだ」
「……確かな心を持っていたら、俺はこんな所で座り込んでいませんよ」

老人は押し黙る。
微かに老人の唸り声が聞こえてくる。
俺を必死に励まそうとしているのだろう。その心遣いは有難いが俺の冷えきった魂には何も響かない。

「もし……もしの話ですが……あなたのその魂をやり直せる。と言ったらどう思いますか?」
「はぁ?」

俺は思わず奇っ怪な叫び声をあげてしまった。実に非現実な話過ぎて頭がついていけなくなったのだ。
慌てて老人は言葉を繋ぐ。

「だからもしもの話ですよ……魂をやり直せると言ったらあなたはやり直したいと思いますか?」

老人の口ぶりは極めて穏やかで諭すような感じがある。
とても酔狂な老人だ。
人生ではなく魂を……やり直す。

「そうですね……もしそのような話があるならやり直したいと思いますね。」
「それはあなたの魂に誓って断言出来ますか?」

老人の声が急に真剣になる。
魂に誓っててどういう……。
否、考えても仕方ない。どうせこれは老人との世間話だ。深く考える必要は無い。
もうどうでもいい事だ。

「魂に誓って」
「解りました」

今まで街灯の外にいた老人が不意に光の中に入ってくる。
いや、それは老人ではなかった。
コートからはみ出た手は白い二つの棒。顔は骸骨。
どう見ても人ではない。
言うなれば……死神

電灯が瞬く。
それはその一瞬で俺の前へ立っていた。
そしてそのまま骨で出来た手を無造作に掲げると。
なんの迷いもなく俺の胸へと突き刺していた。

「がっ、ほっ…ぁ…。」

むせるような感覚とともに口から鉄臭さが充満し、咳と一緒に吐き出す。
それは俺の口と服を汚しつつ雪の上へ赤いシミを作り上げる。どんな薔薇でも勝てない真紅の花。
それとともに胸から熱した鉄を押し付けられているかのような熱さを感じる。

「安心しなさい。痛みは一瞬だ。」

骸骨が目のない穴から俺を見ながらいう。
その言葉が終わると同時に胸に突き刺した手をさらに深くえぐり始める。

「~~~~~--------------------!!」

声にならない叫びが響き渡る。
胸骨を砕き、肋骨を割る気色悪い音が聞こえる。
そして、その手はゆっくりと俺の何かをつかみ始める。
骨の手から伝わるそれは微かに振動していると感じた。

「あなたの魂……確かに受け取りました。」

死神の囁きとともに胸から手を一気に引っ張り出す。
凄まじい衝撃とともに体から何かが無理矢理引き抜かれる感触。生々しい鉄の匂い。
意識が遠くなる。
足に力が入らなくなり、そのまま白い地面に倒れ込む。
倒れる瞬間に見えたのは切り取られても微かに振動している俺の心臓だった。

夢と現実の間でさえ、俺はこれは低体温症で見えた幻覚では無いのだろうかと考えていた。
俺は雪の中で眠っているだけではないのだろうか?

「魂は全てをつなぐ」

その声が薄れゆく意識の中で聞いた最後の言葉だった。

そして何もかもが暗くなった。






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