落ちこぼれの冒険者だけど、地上最強の生き物と共に最強を目指すことになりました。

矢代大介

第10話 エレヴィアの町


「いやぁ、助かったよ! おかげさまで命も拾えたし、売り物もダメにならずに済んだ。本当に、何とお礼を言っていいのやら!」

 鼻下に蓄えた豊かな口髭を撫でながら、恰幅のいい男はそう言ってトーヤ達に何度も頭を下げる。言葉尻や馬車の中身から、商人であることが容易に推察できる、目尻の垂れさがった柔和な顔立ちを持つ彼は、どうやら二人に助けられたことを心底感謝しているようだった。

「とんでもない。たまたま通りがかったから助けただけですよ」
「ん。それに、いい腕試しになった」

 トーヤとアスセナ、それぞれの返事を聞いた商人は、二人の――主にトーヤの格好を見て、どこか納得したような表情で手を叩いた。

「……なるほど、キミたちは冒険者なのか。どうりで、若い割に腕が立つわけだ」
「まぁ、下積みはありますからね。あのぐらいの魔物なら、何とでもなります」

 褒められたことが嬉しいらしく、トーヤは鼻下をこすりながら自慢げに胸を張る。事実、トーヤは時に単独で、時にゼルトたちのパーティメンバーとして、何度も戦闘を重ねてきた身。故に、その言葉もあながち間違いではないのだ。

「そうかそうか、君たちが通りがかってくれてよかったよ。……ついては、何かお礼をしたいんだが、どうかね?」
「お礼……うーん、そうだなぁ」

 朗らかに笑って見せる商人の男性の言葉に、トーヤも考える体勢に入る。こういう時の謝礼は断らずに素直に受け取るべきだ……ということは、幼少からの経験と下積み時代の経験で学んでいた。
 先立つものはいろいろ必要になるだろう……というところまで考えて、ふとトーヤの視線は隣に立つアスセナの方に向く。

「じゃあ、この子が着られる服を貰いたいです。安物で構わないんで」
「うん? あぁ、もちろん構わないが…………というか、その子は一体どうしたんだね?」

 トーヤに指示されて、商人の男性も改めてアスセナの格好に――色々と物議を醸しそうな風体に気が付いたらしい。珍獣を見たような反応を見せつつ、商人はトーヤに問いかけてきた。

「ちょっと事情があって。……助けた恩、ってことで、ココは詮索しないでもらえると嬉しいです」

 いっぽうのトーヤは、とっさの思い付きだったことが災いしてか、うまい言い訳が思いつかなかったらしい。一瞬言い訳を考えようと目を泳がせるが、直後には諦めて小狡い言い訳で乗り切ることを決めていた。

「む……そう言われては詮索できないな。ならお嬢さん、こっちに来ておくれ。量産品だからサイズが合うかは分からないが、最低限着られるものを見繕おうじゃないか」
「ん、わかった」

 そう言って、アスセナはとてとてと商人が乗っていた幌馬車の中へと入っていく。

(……流石に、あの外套一枚よりはマシな服になってくれるよな?)

 真っ白い髪を揺らしながら消えていく後ろ姿を見つつ、トーヤは一人、そんな見当違いな懸念を抱いていた。






「……おぉ」

 十数分ほどすれば、幌馬車の仕切りが開き、中から一つの影が飛び出してくる。はたして結果はいかなるものか……と勝手に戦々恐々していたトーヤだったが、次に出てきたのは驚きのため息だった。

「どうかね? あいにく使い物になりそうな衣装はこれしかなくてね。安い量産品だし、布地も安物だから冒険者用のものじゃあないけど、とりあえずの繋ぎにはなるだろう」

 外套の代わりにアスセナが着込んでいたのは、簡素なワンピース。一緒に宛がわれた簡素な革靴共々、商人の言葉通り、安く仕立てられたものだということは容易に見て取れたが、飾り気のないシンプルなその衣装は、不思議とアスセナによく似合う一品だった。

(……というか、よく見たらセナって、滅茶苦茶かわいい顔なんだな)

 そして、視線を散らされる原因がなくなったことで、自然とその目線はアスセナの顔に集中する。
 人間でいうならば、13~4歳くらいの容貌だろうか。あどけなさを色濃く残しつつも、丸みを帯びた女性らしい体つき共々、ほのかな色香を漂わせる、そんな絶妙な顔立ち。どこか作り物めいた印象すら受ける目鼻立ちの整い方も相まって、精巧な人形が動いているかのような、そんな浮世離れした印象をトーヤに与えていた。

「どうしたの、トーヤ?」

 改めてその美貌に見入っていたトーヤだったが、当の精巧な人形――もといアスセナの不思議そうな声に、一瞬で現実に引き戻される。びくっと硬直しながらも、トーヤはどうにか普段通りの調子を作ることに成功した。

「え? あ、あぁ。いや、なんでもない。安物だけど似合ってるなって、そう思っただけだよ」
「似合ってる? ……んー、よくわからない」

 当たり障りのない褒め言葉を投げかけるが、服に対して関心の薄いらしいアスセナにはあまり伝わっていないらしい。そんなやり取りを見かねたのか、馬車を動かす準備をしていた商人が、口を挟んできた。

「何があったかを詮索はできないが、そのお嬢さんが御洒落を知らないなんて嘆かわしいことだ。君、これをあげるから、エレヴィアに着いたらもうちょっとマシな服を買ってあげなさい」

 そう言って、商人は呼び寄せたトーヤに小さな袋を手渡す。渡された袋を軽く揺らしてみると、中からは幾らかの硬貨が揺れる音が聞こえてきた。

「え……そんな、セナの衣装だけで充分なのに、お金まで貰うなんてできないですよ!」
「いやいや、これは私のほんの気持ちだよ。私を助けた代金だと思って、彼女の為にも受け取ってやってくれ」

 謝礼を貰って、そのうえお金まで……と断ろうとするトーヤだったが、商人はそう言って強引に押し付けてくる。
 結局、最後はトーヤが「アスセナのため」という言葉に押し負ける形で、そのお金を受け取る形になった。


***



「トーヤ君、アスセナ君。そろそろ到着するぞ!」

 馬車を操る商人の声を聴いて、二人は荷台に乗り込むために設けられた足場から身を乗りだし、馬車の行く先を見やる。視界の先には、しっかりと手入れの施された石煉瓦の壁と、大きくあけ放たれた木製の門。そしてその先に広がる、白木らしき建材を中心として、非常に整えられた街並みを見ることができた。

「あれがエレヴィア……初めて来るけど、綺麗な町だな」
「ん、凄い。私のいたところには、あんな大きな壁はなかった」

 数日前まで滞在していた町の景観と比較して、トーヤは驚きと感嘆の入り混じった言葉をもらす。
 アスセナもまた、方向性は違えど似たような感想を抱いているらしい。道に対する期待を映してか、相変わらず無表情ながらも、その瞳はキラキラと輝いていた。

「トーヤ君たちは、田舎から来たのかい?」
「えぇ、まぁ。俺の場合は旅の中で生まれた子供だったんで、事情はちょっと違いますけど」

 疑問をぶつけてきた男性――エルモという名の彼は、町から町へと渡り歩いては各地で商売業を営む、いわゆる行商人を生業としているらしい。今回荷物を満載して町、ことエレヴィアに向かっていたのも、そこで露店を開くのが目的だったそうだ――は、トーヤの言葉を聞いてすぐに事情を理解したらしい。「なるほど、そういうことか」という呟きだけを口にして、それきり事情の追及はしてこなかった。

「さて、セナ。街に入ったら、まずは最優先で冒険者として登録しよう。情報を集めたり街を見て回るのは、ひとまずそれからだ」
「ん、わかった。頑張る」
「あとそれから、街にいる間はなるべく俺と一緒に行動してくれ。いくらセナが戦える実力を持ってるって言っても、万が一が無いに越したことはないからな」

 忠告を聞いて、アスセナは素直に頷いて見せる。
 その正体が巨大な竜であり、圧倒的な力を持つ存在だとは言え、今のアスセナは傍から見ればただの可憐な美少女なのだ。面倒ごとなど、それこそ雨のように降ってくるのは自明の理だろう。
 それに服のことと言い、アスセナはまだまだ人間側の常識を知らない。仮に一人で行動させれば、どんな問題が起きるかなどわかったものではなかった。

(速めに何とかしないとなぁ)

 今後しばらくは、強くなるための準備と並行して、アスセナにしっかりと常識を教え込むとしよう。
 そう心に決めたトーヤを乗せたまま、エルモの馬車はガラガラと音を立てながら、ゆっくりとエレヴィアの町に足を踏み入れていった。






「すごい! ヒトがいっぱい! 建物もいっぱい!!」

 馬車から降りたかと思うと、軽快に飛び出したアスセナが声高に叫び、目を煌めかせる。容姿に似つかわしい無邪気なはしゃぎように、相手が超常の存在だということもひと時忘れて、トーヤは苦笑交じりに少女を諫めた。

「ほら、通行の迷惑になるかもなんだから、こっちこっち」
「ん……でも、ほんとにすごい。ヒトがいっぱいいるのは知ってたけど、こんなにたくさんいるなんて」

 呼び寄せられたアスセナは、いまだに興奮冷めやらぬと言った様子のまま、初めての街の感想をトーヤに語って聞かせる。その様子を見て、エルモが愉快そうに笑いをこぼした。

「エレヴィアの町は、周囲の町に比べても規模が大きい、いわゆる都会だからね。観光名所のエレコル湖畔もあるから、君たちみたいな田舎から来た人は驚くかもしれないね」
「なるほど、観光名所が……どうりで人が多いわけだ」

 魔物という危険こそあるが、基本的にこの世界は戦火に見舞われるようなこともない、平和な世界だ。それ故、場所によってはエルモの言うような観光名所を見るために、世界中から人が押し寄せるような場所も存在するのである。

「これ以上に人が集まる場所もあるけど、色々と面倒ごとも多いからね。私のような小心者は、この位の町が落ち着くよ。……さて、積もる話はあるけれど、私はこの辺でお暇させてもらうよ」
「あ、はい。ここまでありがとうございました」
「何を言うんだ、礼を言うのは私だよ。……そうそう、しばらくの間はここで露店を出させてもらう予定だから、もし入用なものがあったら、ぜひ私の店をひいきにしておくれ。それじゃあ、幸多き旅を」

 最後にしっかりちゃっかりと自分を売り込んでから、エルモは馬車と共に去っていく。

「幸多き旅を! ……さて、それじゃ行こうか、セナ」
「ん、行こう、トーヤ」

 その後ろ姿にしばし手を振ってから、トーヤはアスセナと共に、冒険者組合の建物を目指して、雑踏と共にエレヴィアの町を進み始めた。

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