【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百七十五時限目 師匠から弟子へ


 だれかをすきになること。

 それがどれだけ大変なのかは、恋をしてみなければわからない。

 勿論、想像はできるだろう。

 こんな感じかなと想いを馳せて、妄想して、夢想して──幻想のなかで幸福に浸るのは自由だ。

 然し、世間の男子、女子は、自分の想いを相手に伝えず卒業してしまうのが殆どだろう。おそらく、告白という行為を行って卒業する学生は全体の三割にも満たないのでは? と僕は思っている。

 すき──たった二文字を伝えるのに、どれほどの勇気と覚悟を要するのか、どれくらいの月日をかけなければならないのか。

 恋愛なんて時間と労力と精神力の無駄なのではないか?

 とすら考えてしまうけれど、その無駄な工程こそ尊むべき掛け替えのない時間だったようだ。

 答えは出ている。
 後は伝えるだけだ。
 覚悟を決めよう。

「僕は」




 * * *




 十二月が終わり、新年が始まった。

 両親に年初めの挨拶をして、おせち料理を食べた。

 今年のおせちも昨年と変わらず、近くのスーパーマーケットで注文した物である……特に感想もない味だった。

 おせちが美味しいと思ったことはないのだが、自室に戻って携帯端末を立ち上げると、月ノ宮さんから料亭で出てきそうなおせち料理の写真が送られていた。

 海老、雲丹、鯛のお刺身、数の子が黄金色に輝く松前漬けと、嫌味かってほど美味しそうである。嫌味だな。嫌味という名の嫌がらせだな。いや、これはもしかして嫌い過ぎて逆にすきってアプローチしているのでは──ないな。多分。絶対に。どっちだよ。

 画面をそのまま上にスクロールしていくと、初詣と初日の出にいったときの写真があった。

 鳥居をバックにして撮影されたその写真は、強引に浴衣──当然ながら女性用の浴衣である──を着せられたせいで、どう見ても七五三のお参りに赴いた女の子にしか見えない。

 笑顔が引き攣っていて、半目。

 なぜこんなタイミングでシャッターを切ったのか、同行していた月ノ宮家のメイド・大河さんの悪意を感じて止まない。

 でも。

「みんなで写真を撮れて、よかった」

 結論をいうと、あの日、僕は告白をして、それによって僕らの関係が破綻することはなかった。

 無論、無傷とは言えない。
 大きな傷を背負っても、離れないと言ってくれた。
 僕はその言葉に対して心の中で感謝をしたけれど、なにも言うことはできなかった。

 返す言葉がなかったというほうが正しいだろう。結果的に拒絶したのだから、相手に掛ける言葉などない。

 佐竹と天野さんからは、『明けましておめでとう』の旨を伝えるメッセージだけが送られてきていた。天野さんは丁寧に、佐竹は砕けた感じに、それぞれ返信する。

 流星からもメッセージが届いていた。

『末永くお幸せになったところで殺してやる』

 新年早々、奇抜で物騒な殺害予告ではあるが、これも流星なりに祝ってくれているのだろう。

 でもね流星、新年の挨拶なのだから、もうちょっと形式に沿った言葉を送っていいんだよ?

 散々言われてきたからどうとも思わないけど、本来は使っていい言葉じゃないからね?

 とは送らずに、『あけましておめでとう、アマっち』と返信。どう返ってくるかは言わずもがなだ。

 それから関根さんのハイテンションに任せたあけおめメッセージに、春原・柴犬ペアの熱々な写真に、八戸・犬飼ペアの甘ったるい年賀状を模した画像にと、それなりに面倒ではあるけれども、順々に返していった。

 全てのメッセージに返信し終えてベッドに寝そべった。思いの外、僕のことを気遣ってくれている人間は多いらしい。照史さんなんて、『その後、おかわりはないでしょうか?』と送ってくれるくらいには心配してくれているようだ。「ご心配ありがとうございます。近々顔を出します」とは送ったが、ダンデライオンにいくのは学校が始まってからになるだろう。

 で、一番厄介な人物のメッセージが残っている。

 僕の師匠であり、今年からボーイズラブを扱う漫画雑誌の連載が決まったコトミックス先生こと佐竹琴美から送られたメッセージに、どう返信しようか悩んでいた。

 琴美さんから届いたメッセージに、もう一度目を通す。

『あけおめ、優梨ちゃん。そして、カップリング成立おめでとうと言わせてもらうわ。これで優梨ちゃんもリア充街道まっしぐらというわけね? 感慨深いことひとしおです』

 カップリングって言い回しは、琴美さんらしい。

『さて、そろそろ本題に入ります。言うならば、師匠から弟子に与える最後の試練とでも思って、懸命に取り組んでちょうだい? もし無視なんてしたら優梨ちゃんの秘蔵写真をSNSで拡散するのでよろりん☆』

 ──よろりんって、そんな歳じゃないだろ。

 これを警察に届ければ恐喝でお縄にできないだろうか? まあ、しないけど。

『では、卒業試験です。優梨ちゃんにとっての幸せって、なに?』

 ここでメッセージは途絶えている。

 卒業試験は百歩譲ってよしとするが、問題が漠然とし過ぎてやしないだろうか? 

 ──僕にとっての幸せって、なんだろう。

 その答えがどうにも出せなくて、かれこれ三〇分以上も頭を抱え込んでいるのだが、一向に考えがまとまらない。

 恋人がいること、は、幸せなことだろう。でも、それ自体が幸せと呼べるのか、僕にはわからない。

 就職して、それなりに稼ぐことができるようになれば幸せと言えるのだろうか? 答えは否である。喩えそれが実現したとしても、労働環境や人間関係で詰む可能性があるからだ。

 では、恋人と一緒に住めば幸せと言えるのかどうか──それだって本当に幸せであるとは言い難い。

 無論、それも一つの幸せだし、宝くじで一等を当てて億万長者になったりってのも幸せと言えるかもしれないが、望む物を全て手に入れたら幸せだとも思えないわけで。

 幸せなんてものは、実在しないのだろう。
 であれば、僕の答えは──。

 ベッドから立ち上がり、勉強卓の椅子に座った。


 

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