【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百七十六時限目 ステンレスフェザー


 ゲームコーナーを満喫した私たちは、一階にあるレストランコートを目指した。

 ユウちゃんは昭和の時代に流行った〈ダッコちゃん人形〉、それか動物園のお土産コーナーで販売されているビニール製のコアラ人形かのように、私の腕にくっ付いている。

 時々、恥ずかしそうに私の顔を仰ぐ上目遣いが堪らない。

 両手を使って頭を撫でたい衝動に駆られるけど、そんなことをしたらウィッグがずれて大変でしょうね。

 周囲の目が痛いのは、この際目を瞑ろう。

 私たちはきっと、同性カップルだと勘違いされていると思う。クリスマスにショッピングモールで腕を組んで歩く二人組がいれば、それはカップルだと認識されても文句は言えない。──それならそれでいいかな? みたいな。

「ユウちゃんはなにが食べたい?」 

 一階レストランコート前に到着し、どういった店が入っているのかを記す広告パネルを見ながら訊ねた。

「クリスマスだし、クリスマスっぽいの?」

 右手を私の腕に絡めたまま、空いている方の人差し指を顎に当てて、

「七面鳥の丸焼きとローストビーフ?」

 七面鳥やローストビーフはクリスマスの定番とも言えるメニューではあるし、クリスマスにそれらを食べずなにを食べるのかとも思う。

 だとしても、せめて片方はサラダやスープなどにしてバランスのよい食事にしてほしい。

 ──いくら見た目が女子だとしても、食事の好みは男子なのね。

 それらを提供するレストランはあるかしら? 記載されている店舗を探してみたものの、ユウちゃんがイメージしている通りの食事を出しそうな食事処はなさそうだ。

 食品売り場のお惣菜コーナーならば七面鳥の丸焼きとローストビーフがあるかもしれないけども、フードコートでそれらを広げて食べるのは気が引けるというか、さすがに恥ずかしい。

「レンちゃん、冗談だからね? 本気にしないでね?」

「そ、そうよね? 冗談よね? わ、わかってたわよ……それくらい」

「本当に? 実は肉食なんだとか思ったんじゃない?」

 女子だからってお肉は食べるし、そこに関しての疑問はなかった。

 それよりも、

「実際はどうなの? お肉すきじゃないの?」

「普通かな」

 ユウちゃんは料理が得意だけど、自分がどういう料理がすきかを語りたがらない。多分、言葉で表現するのが苦手なんだ。存在を極限まで薄めてきた弊害かもしれない。私、楓、佐竹が扇風機のレベルを強にした風圧だとすると、ユウちゃん(=優志君)の主張は、内輪で仰いだ風にも満たないほどで。

 ──自分を表現することに罪悪感があるのかしら。

 遠慮とも違う気がする。

「決めた。お昼はユウちゃんが食べたい物にするわ」

「それ、丸投げって言うんだよ!?」

「ユウちゃんが食べたい物を、私も食べたい」

「ずるいよそれえ……」




 * * *




 ああでもないこうでもないと懊悩した挙句、ユウちゃんが選んだのはパスタのチェーン店だった。ユウちゃんはカルボナーラ、私は和風きのこパスタを選び、二つ並べてシェアして食べる。

 これを提案したのもユウちゃんで、そういうところは女子らしさをしっかり押さえているのね、と感心。

 スープとサラダがセットになっているので、男子も概ね満足できる量だ。食後には珈琲とバニラアイスが付くるのだから、至れり尽くせりな欲張りセットともいえる。

 店内は照明が控えめに設定されていて、どことなくダンデライオンの雰囲気と似ていると思った。

 残念なのは、店内で流れるミュージックがショッピングモール全体で流れている音楽であること。──折角のお洒落な雰囲気が台無しだわ。

 席は全て個室のような作りだった。

 私とユウちゃんの背後にはべんがら色に塗られた木製板の壁があり、ところどころに拳一個分の真四角な飾り空洞が施されている。

 店内の風貌を損ねないよう気を配ったのか、クリスマス装飾は目立たない程度にされてる。

 木製板壁の真四角な空洞に丸っこいフォルムのサンタ人形が置いてあったり、席の装飾にもみの木を模した銀色の置物が飾られている。ベツレイムの星を型取った先端には、小さな鐘が付いていて、指で突くと鈍く音が鳴った。

「チェーン店にしては美味しかったね」

 ホットコーヒーを片手にユウちゃんが言う。食事を取って血色がよくなったからだろうか、頬がほんのり赤みがかっていた。

「頼んだのが定番だったからかもしれないわよ?」

「それもあるかも」

 フフッて、朗らかに微笑んだ。

「なんだか落ち着いちゃったわね」

 店内ミュージックのセンス悪いアレンジも、じと聴いていれば嫌でも耳馴染むものだ。

「レンちゃん、これ」

 ユウちゃんはバッグからラッピングされた小袋を取り出して、テーブルの中心にそっと置いた。

「クリスマスプレゼント、のつもり」

「ありがと! 開けてもいい?」

「うん」

「これは……ドーナツ?」

 袋のなかに入っていたのは、手作り感のあるドーナツが三つ。プレーン、チョコ、プレーンとチョコのハーフが仲よく並んでいる。ハーフのドーナツのチョコ部分には、クラッシュナッツが散りばめられていた。

「とても美味しそう……でも、食べるのが勿体ないわ」 

「ちゃんと食べてね? ──それと、もうひとつ」

「え、二つも用意してくれたの?」

「さすがにドーナツだけじゃ寂しいと思って」

 次にユウちゃんが取り出したのは、包装紙に包まれた長方形の──。

「前におすすめの本があったら教えてって言ってたでしょ? 私のお古で申し訳ないんだけど……」

「え、とても嬉しいわ! 見てもいい?」

「それは帰宅後のお楽しみってことで」

 いますぐにでも包装紙を剥ぎ取って中身を確認したいけれど、プレゼントした本人がそういうのであればしょうがないわねと諦めて、二つのプレゼントをバッグのなかへ。

「私からはこれよ」

 プレゼントをしまう際に取り出したユウちゃんへのプレゼントを、ユウちゃんと同じようにテーブルの中心に置いた。

 私がユウちゃんのクリスマスプレゼントに購入した物は、ステンレス製で羽が透し彫りされたブックマーカーだ。ユウちゃんになにをあげようかと考えて、真っ先に浮かんだのがそれだった。栞だったら普段も使えるし、使ってくれている様子を傍から眺めているのもいいな、なんて。

 下心丸出しなプレゼントだけど。

「前に使ってたブックマーカーをなくして、栞代わりにいかなくなった歯医者のカードで代用してたから助かる!」

 ──ああ、あるある。

 私の財布のなかにも、遠くていかなくなった美容院の会員証や、いつ作ったのかすら覚えてないスーパーマーケットの擦り切れたポイントカードやらが入っているはず。いつか整理しようと思うのに、そのいつかがなかなか訪れないのが困りものなのよねえ……。

「生活感ある栞じゃ気分も乗らないでしょ? よかったら使って?」

「金色のメッキが剥がれて銀色がところどころに見えてしまうくらい使うまである」

 ユウちゃんは嬉しそうに私があげたブックマーカーを、バッグのなかから取り出した一冊の本に挟んで、

「見て! オシャレかわいい!」

 まるでサンタさんからクリスマスプレゼントを貰った子どもが親に自慢するみたいに、にこにこしながらはしゃいでくれて。プレゼントしてよかったなって、心の底から思えた。


 

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