【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百二十一時限目 暴かれる真相 3/3


 その日の夜、犬飼弟は五〇通をも越えるメッセージを僕に送信した。その狙いは、僕の動揺を誘って精神的に追い詰める魂胆だったのだろう。

 僕は酷く狼狽した。メッセージの一部に、僕の親しい人間しか知らない秘密が書いてあったからだ。どうして犬飼弟が僕の秘密を握っているのかを考えて、最初は八戸先輩が口を滑らせたのだと思った。だが、八戸先輩は『口外していない』という。

 犬飼弟が僕の秘密を握れたのは、昨年行われた学園祭から執念深く僕を監視──とは名ばかりのストーカー行為──を行なっていたからである。

 自分が監視をされているだなんてつゆ知らずな僕は、もう村田ーズどころの騒ぎではなかった。宇治原君がどうなったって構うものか、と見放して、お昼はいつも通り校庭の隅にあるベンチで食べることにした。




「──で、いまに至る、と」

 佐竹に最後を持っていかれたのは釈然としないものの、喋り過ぎて反抗する気にもならない。僕は頷きだけで返し、二人が弁明、或いはどう訂正するのかを待つ。

 沈黙を破ったのは、犬飼弟。

「精神攻撃というのは語弊がありますよ。ぼくはどれだけ鶴賀先輩を想っているのかを綴っただけです」

 誤謬を正すように言う。

「自分のことをどれだけ知っているか。──それって、相手をどこまで想っているかに通ずるでしょう? 興味がない相手であれば、ここまでしません」

「それにしたって限度ってもんがあるだろ。さすがにメッセ五〇通はやばい。ガチでエグいぞ……つうか、普通に引くレベルだ」

 呆れを通り越して畏怖するような目で犬飼弟を見る佐竹であったが、犬飼弟は素知らぬ顔でアイスコーヒーを一口飲んだ。

「佐竹先輩は鶴賀先輩のことがすきなのに、どうして手に入れようと行動しないんですか? いつか自分を選んでくれるとか思っちゃってるメルヘン脳なんですか?」

 佐竹は反論しようと口を開きかけたが、直ぐに閉口した。

「草食系ですか? ハムスター系男子ですか? それとも自分の容姿にかまけて胡座をかいているだけのとうへんぼくですか」

「そこまで言わなくても」

 口を挟んだ僕を、犬飼弟は睨みつけた。

「鶴賀先輩は黙っててください」

 ええ……。

 それじゃあ僕、もう帰っていいですかね?

「どうなんですか、佐竹先輩」

 佐竹は唇を噛み締めたまま、じとテーブルを見つめている。表情には悔しさが滲み出ているけれど、言い返すだけの根拠がない。──とか思っているんだろうな。

「話になりませんね」

 勝ち誇るように目を細め、ふと鼻で笑う犬飼弟。

 行動力で言えば、圧倒的に犬飼弟が優勢に思える。然し、佐竹だってこの一年と数ヶ月間、なにもしてこなかったわけじゃない。

 ただ、それを僕が言うのも違うだろう。

 佐竹が自分の言葉で伝えてこそ、意味がある。

「そろそろ帰りますね」

 犬飼弟がテーブルに両手をついて立ち上がろうとしたそのとき、僕は佐竹の眉根がぴくりと動くのを目の端で捉えた。

「待てよ後輩。話はまだ終わってねえぞ──ガチで」

「へえ」

 何故か嬉しそうな、犬飼弟。

「では、訊かせてもらえるんですね。とっても楽しみだなあ」

 持ち上げた腰を下ろして右肘をテーブルにつき、猫の手をした右手に頬を乗せた。柔らかな頬肉がむにっと圧迫され、浮かべた笑みに下衆さが増した。

 蛇が獲物を狙って舌を出しているみたいだ、と僕は思った。

 佐竹は馬面ではあるけれど、この場合は蛙なのだろう。蛇に睨まれた蛙。井の中の蛙は、『蛇の井の中に入ってやるものか』とテーブルに置いた両手を握った。

 手の甲に浮き上がる紫色の血管。握った人差し指の側面が赤く染まっているのが見える。

 ──後輩にいいように言われたままでは終われないよな、佐竹。

 僕だって、佐竹がどれほど僕のことを想ってくれているのかは痛感しているところだ。その気持ちを受け入れる、受け入れないかは別としても、感謝はしている。

「佐竹」

「大丈夫だ、問題ない」

 そうだね、と僕は会釈程度に頭を下げた。

 ここで死んでも、神はなにも語らないだろう。

 だけど、僕が語ってやるさ。

 いつか大人になったとき、僕のクラスには語彙力が乏しくて残念過ぎるいいヤツがいたんだって。──これでは本当に死ぬようなカタストロフィーにってしまいそうだな。




 * * *




 重苦しい沈黙を、佐竹が破る。

「勝負をしようぜ、太陽」

「しょうぶ、ですか?」

 な、なにを言い出すつもりなんだ、佐竹。

 嫌な予感は、ほぼ一〇〇パーセントの確率で的中する。喩えば、見たい番組の前に野球中継が放送されていたり、限界まで我慢してトイレに駆け込んだら家族のだれかが踏ん張り中だったり、ソシャゲのログインボーナスを受け取り忘れたと朝になって気がついたり。──この日のログボで石をゲットしていれば連ガチャが引けたのに!

 佐竹の目がぎらぎら燃えたぎっているときに感じる嫌な予感は、それらを遥かに凌駕する。『あのさ』を訊いたときの絶望感にも匹敵するほどの寒気が、僕の背筋をあわ立てた。

「今度の日曜日にファンパで、どっちが優志を……いや、優梨を喜ばせることができるか勝負だ!」

「ファンパって最近できた、あのファンタジーパークですか?」

 日本には二代テーマパークがある。

 一つは千葉、もう一つは大阪。

 その二つとは一切関係ないテーマパークが、最近都内に作られた。

 その名も、〈ファンタジーパーク〉。

 開演前から『ファンパ』の愛称で呼ばれるようになったこのテーマパークは、客を『勇者一行』、従業員を『魔王軍一派』と称し、五つの大陸に分けられたダンジョン──という体のアトラクション──を攻略するのが醍醐味らしい。

 五つの大陸には、それぞれの属性に沿ったダンジョンが用意されている。火の大陸には火山を模したアトラクションが、水の大陸には海を渡る船のアトラクションが──といったように、その全てがまるでファンタジー世界を彷彿とさせる作りになっているのだ。

 このテーマパークは、どこぞのお金持ちおじさんが資金援助をしているようで、どうしてかは不明だが、中央大陸に宇宙属性という謎の属性を持ったアトラクションがある。ツッコミを入れたら負けだろう。あの人、やたらと月に行きたがっているし、そういうことなんだと思う。多分。知らないけど。

「なあるほど! つまり、優梨姫をどれだけエスコートできるかを競い合うということですね? 佐竹先輩にしては攻めるじゃないですか」

「俺の勇者っぷりを甘く見るなよ? 割とガチで勇者だからな?」

 空気の破壊力と有無を言わぬ強引さだけは勇者だと認めるよ、佐竹。 

「ねえ、僕はまだいくなんて一言も」

「手を抜いたら背後からズバッといきますからね、佐竹先輩」

「上等だ。返り討ちにしてやるよ」

 人の話を訊かないな、この二人。

 ああ、もうどうにでもなれ──。

 この際、どうでもついでに言わせてもらうけどさ?

 購買部派を、〈派〉って呼ぶのはどうかと思うよ──下ネタじゃねえか。


 

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