【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
四百十八時限目 悩みは増えるが減りはせず
昨夜、八戸先輩に『太陽君に女装の件を言いましたか?』と問い質してみた。犬飼弟が『女装のこと』を知っていたのは、八戸先輩がついうっかり口を滑らせたからだ。と、当たりを付けてメッセージを飛ばしたけれど、返答は『ノー』だった。
言われてみれば、八戸先輩が僕の秘密を曝露するはずがない。八戸先輩の口の巧さは、あの琴美さんが認めたほどだ。口車に乗せることはあっても、乗せられるなんて先ず有り得ない。
ならばどうして犬飼弟が僕の秘密を握っているのか──答えは実にシンプルで、言葉通り視ていたのだろう。『ストーキング』と呼ばれる行為である。
犬飼弟が僕を認識したのは、『入学式のときから』と言っていたが──あれは嘘だ。僕が学校で優梨の姿になったのは、昨年の学園祭のみである。
それ以外は校外でしか、優梨の姿になっていない。
とどのつまり、犬飼弟は〈お好み焼き喫茶〉に客として来店し、僕の存在を知ったことになる。
それからずっと僕のことを見ていたのならば、これはもう恐怖以外のなにものでもないのたが──。
宇治原君と村田ーズのこと。
癇癪を起こした佐竹のこと。
そして、犬飼弟の狂気。
よくもまあここまで面倒が重なるものだ。
感心すら抱きそうになる。
この三問をだれが解決しなければならないかというと、どうにもいっかなこれまたどうして、僕が解決しなければいけないときたもので──はて、僕は前世にいかほどの大罪を働いたのだろう? 悩みの種があり過ぎて、ひと袋一〇〇円で売り歩きたいくらいだ。
村田ーズが悪さをしないように見張ってくれ、なんなら解決してくれてもいい、という具合いにお願いしてきた張本人の佐竹義信は、今日もお仲間たちと騒ぎたい放題である。
──いいご身分なことで。
嘆息と共に漏らした。
ここ二日間をかけて、頭丸刈り似非野球少年風の〈杉田陸〉、ロン毛のキューティクルがご自慢の軽音部男子〈元沼界翔〉、オシャレ七三分けのバスケ部風黒幕〈村田昇〉──三人のなかで部活をしていたのは元沼君だけだった──をマークしてきた僕だが、佐竹の反抗的な態度にカチンときて、お昼の監視は校庭のベンチにてサボり中である。
クラスの連中はクーラーが効いた教室から出たがらないけれど、昼休みに日光浴するのも悪くない。
空になったお弁当箱をバンダナで包み、ビニール袋に入れて鞄のなかに戻したタイミングで、だれかがこちらに近づいてくる気配を感じた。
雑草を踏む音の間隔が、徐々に近くなってくる。
「やっと見つけましたよ、鶴賀先輩! とっても探したんですよ?」
「太陽君……」
会いたくない人第一位が僕を訪ねてくるなんて、梅高の敷地内に安息地はないようだ。
「文芸部はお昼の活動はないの?」
遠回しに「どこかいけ」と伝えたのだが、そんなことなど歯牙にもかけず、
「新聞部との連携でコラムを書いていたりしますが、それはぼくの役目ではないので心配無用です」
天使のような悪魔の笑顔を僕に向けてきた。
「いつもここでお昼を食べているんですよね?」
そう言いながら、僕の隣に腰を下ろす。
許可したつもりはないのだが。
『探した』と言うのは、おそらく嘘だろうな。訪れたタイミングが、あまりにも良過ぎだ。僕の行動パターンを把握している者であれば、ランチタイムに僕がこの場所を選ぶと知っている。これまでも数人、僕を探しにきたくらいだし。
「どうして教室でお弁当を食べないんですか?」
ぼっちだからである。
とは言えず、
「健康志向なんだ」
「なるほど。佐竹先輩と喧嘩したんですか」
どこが『なるほど』なんだ。
佐竹と喧嘩したことまで把握しているなんて。
もしかして、僕が村田ーズを監視していることも知ってたりするのでは?
「ああ、ダンデライオンでこそこそ話してましたよね。宇治原先輩がどうとか。──その兼ね合いでしょうか?」
「人聞きが悪いし言い方も悪い。それに」
「壁に耳あり障子に目あり、ですよ、鶴賀先輩。内緒話をするのであれば、もっと周囲に気を配るべきでしたね」
最後まで言い終える前に、ぐうの音も出ないド正論で返されてしまった。
「警戒心がとっても強い割に隙が大きいんです。だからこうして、ぼくの侵入を許してしまうんじゃないですか? ──まあ、そこも鶴賀先輩の可愛いところなんですけどね」
可愛いは兎も角、他の指摘は頷いてしまうばかりである。
犬飼弟、やはり曲者だ。
いやいや、待てよ? 佐竹と知り合ってからというもの、曲者しか相手にしていないように思える。
そういう僕もなかなかに曲者だ、と自負しているだけに、類は友を呼ぶ的な力が働いているのかもしれない。
そんななかでも犬飼弟は、未知なる曲者感があった。
雰囲気は僕に似ていて、やることは月ノ宮さんのソレで、物腰は八戸先輩に近く、変態要素は琴美さんに通づるところがある。──地獄の欲張りセットみたいだ。
思考パターンさえも見抜かれてしまっているのならば、僕が理解に及ばないところはどうなのだろうか?
そう、喩えば──。
「そこまで言うなら、訊かせてくれないかな」
「なにをですか?」
「太陽君は、〝友情と愛情の違い〟についてどう思う?」
「友情と愛情の違い、ですか」
怪訝な顔をして、ぼそりと質問を繰り返した。
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