【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百十四時限目 心の闇


 美少年の相手をしていたほうが健全であることは明白だが、佐竹との約束がある。優先順位を考えれば、やはり村田ーズを放置するわけにはいかないだろう。先輩としての威厳を示せないのが、残念だ。

「気持ちだけ受け取っておくよ」

「そうですか」

 犬飼弟は物憂げに俯いたが、れんびんの情にほだされて足を止めてはいけない。先刻、『やはり村田ーズを放置するわけにはいかない』と、胸中で語っていたじゃないか。その決意は何処へいった?

 ──そうはいってもなあ。

 誠意を無下にするのは、僕の意に反するところではあるけれど。

 佐竹と犬飼弟を脳内天秤にかけてみれば、犬飼弟の皿が地に着く。では、佐竹ではなく宇治原君にするとどうだ。

 なんて、一考するまでもない。宇治原君の評価と優先順位が最低辺なのである。佐竹にお願いされていなければ、僕は確実に犬飼弟をお茶に誘っていただろう。

 梅高で〈ハロルド・アンダーソン〉の話ができる相手はレアだ。是非とも意見交換したり、解釈の埋め合わせしたりしたい……いやいや、と頭を振る。

 嫌な現実から目を背けて娯楽に走るなんて、言語道断だ。

「それじゃあ、食堂でお茶でもしようか」

「はい!」

 僕は、自分の欲望に忠実なのであった──。



 * * *




 食堂は混雑していたものの、ピークよりも時間が経過していたせいか、ところどころに空席が目立つ。お弁当を食べたとはいえ、美味しそうな匂いが充満するこの空間は、はっきり言って毒だ。チキンカレーのスパイシーな香りが僕を誘惑して止まない。

 出入口の近くにある売店で手作りプリンを二人分購入し、適当な場所を選んで向かい合うように座った。

「いただきます!」

 犬飼弟はここの手作りプリンが大好きらしい。学校説明会の日に食べて以来のファンだったと言われたら、ご馳走する他にない。

 ──それにしても幸せそうに食べるものだ。

 感心しながら見ていた目の端に、村田ーズの姿を捉えてしまった。

 僕と村田ーズの位置は、テーブルを三つ挟んだ距離にある。この距離では、彼らがどんな会話をしているのかわからない。食堂にいくというのなら予め公言してくれればいいものを、と無茶苦茶な要望を頭のなかで蹴り飛ばしていると、

「どうかしたんですか?」

 心ここに在らずな僕を不審に思ったようで、犬飼弟はいままさに口に入れようとしていたプラスチックのスプーンを、はたと止めた。

「あ、ううん? どうもしないよ。ちょっと考え事を、ね」

「考え事ですか?」

「そう。考え事」

「なるほど、考え事ですね?」

 どんな考え事なのか興味津々だ、と目が語っている。このまま「考え事ですか」の応酬をしていても埒がないな、と思い、気乗りはしないけれど上手くぼかしながら説明することにした。

「太陽君のクラスはどんな感じ?」

「どんな感じと言われても……普通です?」

「居心地がいいとか悪いとか、ない?」

「クラスメイトはみんなよくしてくれます」

 さすがは美少年だけあって、男女問わず人気な模様だ。

 無邪気な笑顔を振り撒いているだけで、大抵のことは許される。

 そういう魔性の魅力が犬飼弟にはあった。

 ──だから言いたくなかったんだ。

 クラスカーストの上位に君臨する条件には、顔の良し悪しが大きく作用する。絶対条件とも言えるだろう。そこから加点式で、コミニュケーション能力、リーダーシップ等のカリスマ性が乗っかれば、アイドル的な人気を得られる。

 クラスカースト上位の者に、「自分が在学しているクラスはどう?」と訊ねたところでわかりきった答えが返ってくるだけだ。それは、高校生にもなって、『三角形の面積を求めよ』の答えを訊くようなもの。──口がへの字に曲がりそうだ。

 二の句をどう継ぐべきかと思案している僕に、

「あ、でも」 

 思い出したかのように声をあげた。

「クラスのグループトークに招待されていないひとがいますね」

「トークって、アプリの?」

「そう。緑のアイコンで──あ、よかったらIDの交換をお願いします」

「はいどうぞ……え?」

 芸術作品でも見ているかのような自然の流れに身を任せていたら、つい交換をしてしまった。

 犬飼太陽、恐ろしい子……!

「そういうのってやっぱり〝いじめ〟に該当するのでしょうか?」

 教室の風景を見ずには、そうとも言い切れない。過去の僕みたいに他人と距離を置きたいとする者もいれば、そもそも馴れ合うことに抵抗を持つ者だっている。だが然し、意図的にその子を省いているとするならば、〈いじめ〉の確率は跳ね上がってくる。

 ──グループトーク、か。

 僕のクラスにもそんな連絡網があったりするのだろうか……あれ?

 これってもしかして本人がそれに気がついていないだけの、「パターンセピア〈ハブ〉です!」ってやつ? なるほど、クラスが僕を拒絶しているのね。人権を……ッ、返せ……ッ! というほどクラスに愛着があるわけでもないし、構わないけど。

「どう捉えるのかは、太陽君次第だね」

「ですか。──ま、しょうがないですよね」

 と無邪気に笑う犬飼弟を見て、僕の背中がぞと粟立った。クラスでいじめが起きていても、それを「仕方がない」で一蹴してしまえるのか、この子は。

 闇を抱えているのはクラスではなく、犬飼弟なのかもしれない──。 


 

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