【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百九十五時限目 鶴賀優志は根回しをする 2/3


 七回目のコール音が鳴り終わる途中で、『もしもし?』の声が訊こえた。

「突然電話してごめん……いま大丈夫?」

『あー……』

 周囲を憚るような声に、関根さんたちとケーキを食べにいくと言っていたことを今更になって思い出した。なんとも間の悪いときに電話をしてしまった。

「もしかして、あのケーキ屋にいる?」

『ええ。いまはケーキを食べ終えて団欒してるところだけど』

 新・梅ノ原のケーキ屋といえば、あの店しかない。何度も僕の前に立ちはだかったDQN二人組〈シンジ&タツヤ〉と行動を共にしていた村田美由紀が、お手伝いと称して働いていた店である。そして、僕と天野さんが二人でいった店でもあった。

『ちょっと待って?』

 ドアベルの音を携帯端末が拾う。どうやら外に出たらしい……あの店はドアベルを鳴らすタイプの出入口だっただろうか? 自動ドアだったような気がしなくもないが……ああ、呼び鈴だ。天野さんが出るタイミングで、店内にいるお客さんのだれかが店員を呼んだのだろう。

「気を遣わせたみたいだね」

『そんなことないわ。むしろ好都合だったかも』

「好都合?」

『こっちの話よ』

 言及を避けられてしまった。

 しかしながら、女子会の内容に男子が首を突っ込むのはマナー違反かもしれない。他人に訊かれたくないような都合悪い内容であれば、お口にチャックをするのも当然と言える。

 女子グループの会話はかなりブラックだという噂も耳にしたことがある。触らぬ神にはなんとやらだ。知らぬが仏……いや、言われるうちが華ってやつ? どちらにしても知ったところで一理もないのであれば、我関せずえんとしているべきである。

『優志君が突発的に通話してくるってことは、急用でしょ?』

 急用というほどでもないが、急を要する事態ではある。

「込み入った話になるけどいい? かなり時間を貰うことになるけど」

 天野さんを太陽の下に晒し続けるのは申し訳ない。なるべく端的に済ませようとは思うけれど、内容が内容である。一山か二山ほど、乗り越えなければならない場面もあるだろう。

 うん、と小さな声が返ってきた。

 せめて屋根の下に移動して欲しいところだが……というか、僕もそろそろしんどくなってきた。然し、コンビニには日傘になるような屋根は備わっていない。暑さ対策になるものは先程購入した炭酸水しかないけれど、こいつも直にぬるくなるだろう。

 腹を括るしかないようだ。

「結論から言うと、天野さんに男装をしてほしい」




『優志君、それはどういうこと?』

 詰問するように天野さんは言う。

『どうして私が〝そういう格好〟をしなくちゃいけないのか、詳しく説明してほしいのだけれど』

 説明を訊いて納得しなければ男装はしない、と天野さんは言いたいらしい。この〈説明〉というのがとてもややこしくて、そこそこに困難なのだ。

 月ノ宮さんの事情は言えないし、奏翔君の名前を出すにも神経を使う必要がある。が、それだけではない。天野さんが納得するだけの根拠を提示しなければならないのだから、超えなければならない障壁は山ほどある。

 僕はロッククライミングに初挑戦するような気持ちで口を開いた。

「らぶらどぉるで些細な催し物があって」

 今回、僕が月ノ宮さんのために用意したもの、それが──。

「異性装パーティー、なんだけど」

『異性装ぱーてぃーって、なに?』

「異性装は──」

 男子は女子の、女子は男子の格好をしたパーティーのことだ、と簡単に説明した。

 この案をローレンスさんに伝えたところ、『素晴らしい試みですね!』と大はしゃぎしていた。多分、こんな交換条件を出さずとも更衣室くらい貸してくれるだろうけれど、今回集まる人数は約四人を想定している。

 僕らは〈らぶらどぉる〉のスタッフではない。さすがにこの人数が出入りするとなると、店側も難色を示すだろう。だからこそ、かねてより店側と深い面識がある──というのもなんだか腑に落ちない話ではあるのだが──僕が責任者となり、更衣室を利用させてもらうという算段だ。

『そのパーティーに私も出席してほしいってことかしら?』

「今回の催し物は初企画ということもあって、衣装は全てローレンスさんが用意してくれる。改めて購入する必要はないから安心していいよ」

『……そこが一番不安だわ』

 ちょっとローレンスさん?

 僕の友だちにまで疑惑の目を向けられるってどういうこと?

 胡散臭いのはせめて僕の前だけにしてくれないと……。

「それで、〝そういうこと〟に興味がある、または、したことがある人に声をかけているんだ。──実は、このままじゃ人数不足でさ? 先に天野さんに連絡したほうがよかったのかもしれないんだけど」

『もしかして、奏翔を誘ったの!?』

 鼓膜が破れんばかりの大声が返ってきた。まさか弟までも引っ張られるとは思ってもみなかったに違いない。僕だって奏翔君を巻き込むのは本意ではない。だが、奏翔君たっての希望であり、「優志さん……女装がしたいです!」と某バスケ漫画を彷彿させるように言ってきたのだから止むを得ない。──そんな言い方はしていなかったけれど、伝言ゲームではよくあることだ。

 これだけではまだ押し弱いのか、天野さんは無言を貫いている。

 ならば、第ニ段階に移行しよう──。


 

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