【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百九十五時限目 鶴賀優志は根回しをする 1/3
「まだ学校にいるとは思わなかったよ」
呼び出しに応じた流星は僕の隣に座り、退屈そうな顔を向ける。
「三木原に呼び出し食らってたんだよ」
「単位のことで?」
訊ねると、流星は首肯した。
「〝補修が嫌ならこれ以上サボるな〟って念を押された」
「それ、ものまねのつもり?」
あまり似てないが。
「ちげえよばーか」
流星にとって学校という施設は、退屈な場所に過ぎないのかもしれない。外から受ける刺激を知ってしまったら、平凡な高校生活なんて取るに足らないのだろう。だとしたら、わざわざ高校に通う必要などあるのだろうか?
大学に進学するのならば高校を卒業した証が必要になるが、普段の行いを鑑みると進学する気はなさそうに思える。自由気ままな生活を送るほうが、流星にとってはいいのかもしれない。
「そんなことはどうでもいいだろ。本題に入れ」
と催促され、僕は〈作戦〉の内容を説明した。
「やろうと思えばできなくはないが、それを実行するならローレンスとカトリーヌに話を通す必要がある。勿論、レインにもだ。オレはそういう面倒なことはやりたくないから優志がやれ」
「流星が協力してくれれば鬼に金棒なんだけどなあ?」
「甘えんな」
そう言われるとは思っていた。流星に話したのは協力を仰ぐためではなく、舞台を整えるためだ。当日になって流星が作戦内容を把握していなければ、進行の妨げになりかねない。逆に、作戦内容を知っていれば、流星のことだ。表の顔では「なにもしない」と言っておきながらも、裏ではサポートしてくれるはず。
「話はそれだけか」
「うん。迷惑はかけないつもりだけど、もしそうなったらよろしく」
「そうならないようにするのがお前の務めだろ」
流星は両足を投げるようにして立ち上がり、「じゃあな」ときざっぽく後ろ手に振って体育館のほうに去っていった。
* * *
奏翔:話が違うじゃないですか
奏翔:姉さんには秘密にするって
奏翔:約束しましたよね?
梅ノ原駅行きのイチバスに乗り込んだ僕は、適当な椅子に座って奏翔君に連絡をした。
奏翔:月ノ宮さんって
奏翔:髪の毛が長いひとでしたよね?
奏翔君の月ノ宮さんの印象は、髪の毛が長いひと、という特徴を捉えたものだけのようだ。闇が深い本性を知らないというのは、ある意味では幸せなのかもしれない。
奏翔:なんといっていいのかわかりませんが
奏翔:ちょっと苦手なんですよね
奏翔:お高くとまってるというか
奏翔:自尊心が高いというか
お、おう……本人が目の前にいないからって言いたい放題言だな。
奏翔:それしか方法はないんですか?
優志:いまのところはね
そうですか、の後に続く三点リーダーに、迷いが見て取れるようだった。
優志:嫌だったら別の機会でもいいよ
優志:これは僕の都合だし
奏翔:そうですか
奏翔:わかりました
奏翔君は今回見送りになりそうだ、と思っていた矢先、『いきます』と返信がきた。
優志:いいの?
優志:お姉さん以外に、月ノ宮さんも同席するんだよ?
奏翔:女装するにあたって
奏翔:その店を利用する必要がある
奏翔:だったら
奏翔:店にいく回数を重ねたほうが都合がいい
奏翔:違いますか
なんとも打算的な、僕好みの回答だ。
奏翔君は自宅で女装ができる環境が整っていない。姉である天野さんにはその趣味を知られているとはいえ、弟が部屋でこそこそ女装している状況を芳しく思わないだろう。そうなると必然的に、〈らぶらどぉる〉で女装するしかなくなる。だからこそ、なるべく店に出入りして、ローレンスさんやカトリーヌさんと信頼関係を築くべきだ。と、考えたようだ。
優志:何度も無理を言ってごめんね
奏翔:いいえ、いいんですよ
奏翔:優志さんにはこれからもお世話になりそうですから
奏翔:いろんな意味で
本当に逞しくなったなあ、奏翔君。でも、ちょっと悪いほうに影響され過ぎているような気もするけれど、いったいだれの影響だろうね?
* * *
電車を降りた。駐輪場を目指しながら、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉に電話をかける。ローレンスさんとカトリーヌさんの連絡先も知っているけれど、正式な依頼だし、店にかけるのが筋だろう。電話に出たメイドさんに、「鶴賀と申します」と告げ、ローレンスさんに取次ぎをしてもらった。
『お電話代わりました。──求人の件でしたら採用致しますが』
「面接を受けた記憶がないので辞退します」
『冗談ですよ、ジョウダン♪ で、本日はどのようなご用件でしょうか?』
僕は作戦の趣旨をローレンスさんに、なるべく詳しく説明をした。
『ふむふむなるほど。それで二階の更衣室を借りたい、と』
「はい。──やはり難しいですか?」
『いいですよ』
ありがとうございます! の「ある りかとうござ」のタイミングで、ローレンスは『ですが』と口を挟んだ。
『ひとつ、条件が御座います』
なんだか暗雲が立ち込めてきた。
「なんですか?」
『衣装はこちらで準備してよろしいでしょうか?』
これも予想通りの展開だった。願ったり叶ったりである。天野さんも奏翔君も、衣装と呼べる衣装は持ち合わせていないはずで──衣装?
「衣装って、どういうことですかね……?」
『いつもの自分から解き放たれるわけですから、それなりのお召し物を着るべきでしょう? 男性はより可愛らしく、女性はより凛々しいお姿になってこそ窮屈な日常から解き放たれるのです!』
なるほどわからん……まあ、ローレンスさんに任せれば間違いはないはずだ。唯一の理性であるカトリーヌさんもいることだし、問題はないだろう。──ないよね?
「あ、そうだ」
『はい?』
「その日、レインさんも出勤のはずなのですが。一応、レインさんにも話を通しておきたくて」
『それならば、私から直接話を通しておきましょう。──業務命令、ということで』
「そ、そうですか……よろしくお願いします」
『豪華客船に乗ったつもりでどうぞ』
その豪華客船って氷山にぶつかったりしないよね? と不安に思いながらも電話を切った。
* * *
日取りは決まった。体裁も整えたといっていいだろう。あとは、天野さんに連絡を取るだけなのだが、なんと説明すればいいだろうか。天野さんは、自分が男装することをあまりよく思っていない。初めから拒絶されるだろう相手をどうやって説得すればいいか、そこがネックだ。
自転車のペダルを漕ぎなら、考える。
周囲は田んぼだらけで、道のところどころには、動物の糞に似た乾いた泥が点々と落ちている。それを避けながら進むにはコツが必要だ。しばらく道なりに進むと高級そうな住宅街が見えてくる。その手前にあるコンビニに自転車を駐めた。
「いらっしゃいませー」
と、女性従業員が挨拶をした。僕は心のなかだけで「いらっしゃいましたー」と返事をして、ドリンクコーナーに向かった。珈琲の気分ではない。とはいえ、サイダーという気分でもなかった。僕は強炭酸とラベルに記載されている炭酸水を手に取り、レジに並んだ。
「ありがとうございましたー」
に、胸中で「とんでもないですー」と返す。自転車のサドルに跨り、炭酸水をごくりと飲む。強い刺激で喉が痛い。だが、それがいい。太陽の熱で火照った体に浸透していくようだ。──気分転換にもなるし。
鞄から携帯端末を取り出し、メッセージアプリを開く。天野さんとの履歴は、『途中で帰ってしまってごめんなさい。またいきましょう』で終わっていた。『今度は二人で』の部分は、見なかったことにした。
通話待機画面を開く。天野さんが設定している画面は、この前撮影した雨上がり空の景色。月ノ宮さんはそこに映り込んだ風景から場所を特定して、あそこまで推測を立てたのだろうか。あり得ない……とも言い切れない。
気に入った景色を待ち受け設定にするのは控えたほうがいい、と助言するべきかなと一考して、それで待機画面の画像が更新されなくなった場合、また文句を言われるかもしれない。が、天野さんのプライベートを守るためにも進言したほうがよさそうだ。
──うだうだしていても仕方がない。
「よし」
頭の整理も、なにから話すべきかも決めていない状態だったけれど、自転車に跨ったまま時間を過ごすのも限界がある。僕はペットボトルホルダーにペットボトルを置き、通話ボタンを右手の人差し指で押した。
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