【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百九〇時限目 プラネタリウム 3/7


 それでは、と通話を切ろうとする月ノ宮さんを慌てて引き止めた。

「ちょっと待って」

 まだ確認していないことがある。それをたしかめておかなれば、わざわざ電話した意味がないじゃないか。

「天野さんに告白する件はどうするの?」

 今回、月ノ宮さんが天野さんに告白することになった経緯は、月ノ宮氏が業務提携しようとした企業の息子との縁談があったからだ。その縁談は、月ノ宮さんが自ら破断にしているので、けじめを付けることもなくなったのに。それでも天野さんに告白するというのは、どうにも筋が通っていないように思える。

 僕としても月ノ宮さんの告白イベントは避けたい、というのが正直なところだ。なにが悲しくて他人の告白シーンを眺めていなければならないのか、意味がわからない。これが「すきな人に告白する勇気がないから物陰で見守ってて」的な、校舎裏での甘酸っぱい青春イベントならば納得できるけれど、「確実に振られるように傍にいてほしい」という破滅的な理由で見守らなければならない僕の気持ちを答えよ、である。

 月ノ宮さんは暫く黙して、時計の秒針がこちこちと三回ほど鳴ってから答えた。

『──それは、するつもりです』

「正気?」

『望みが薄いのはわかっています。でも』

 一縷の望みがあるのなら、か。

『この気持ちは、伝えたいのです』 

「たとえそれが結果的に、天野さんを苦しめることになっても?」

『はい』

 自分の気持ちに正直になれるのは素晴らしいことだ。でも、月ノ宮さんが行おうとしていることは、エゴを押し付けようとしているだけではないだろうか。本当に天野さんをすきならば、自分に振り向いたと感じたときにするほうがいいに決まっている。

「いまからとても失礼なことを言うよ。だから先に謝罪しておくね」

 返事はなかった。

 こほん、と咳払いして、

「現状、月ノ宮さんの告白が成功する確率は、ゼロパーセントだと断言させてもらう」

『たしかに、失礼な物言いですね』

 僕はその言葉に返答せず、話を続けた。

「人には友好度ってものが存在する。月ノ宮さんと天野さんは友だちだし、それなりには信頼できる関係だと思う」

 一年間を通して、二人の距離はかなり縮んだと思う。教室でも普通にお喋りしているし、休日もショッピングなどを楽しんでいると、天野さんからのメッセージで訊いた。月ノ宮さんの愛情が暴走するときだって、軽いツッコミで流す場面だって見受けている。──だけど、それだけ。もっと酷い言葉を選ぶなら、その程度の関係なのだ。

 僕は自分のことを棚に上げるつもりはない。「この前、天野さんが泊まりにきたんだ」と、マウントを取るつもりも毛頭ない。自分が月ノ宮さんよりも好かれている、と自慢することだってない。それでも、これだけ僕に対してアクションを起こしてくれている天野さんが、月ノ宮さんの告白を受け入れるとは考え難いのだ。──だから。

「もっと好感度を上げてからでもいいんじゃない? 急いては事を仕損じる、とも言うでしょ」

 こうと決めたら梃子でも曲げない性格を羨ましいと思うときもあるけれど、そのせいで他人を傷つけてしまうのであれば、どこかで曲げなければならない。

 折れるのではなく、曲げる、だ。がむしゃらに突き進んで壁にぶち当たった際に、無理矢理にでも推して通るのではなく、進行方向を変えて壁の切れ目まで目指す、という方法もあるのだ。

 どうしてそれがわからないのだろう──。

『仰る意味はわかります。ですが……したいんです』

「そういう問題なの?」

『そういう問題なのです』

 この頑固者め、と僕は口をへの字にして、

「これは自分だけの問題じゃないんだ」

 荒げず、でも強い口調で諭した。

「自分のせいで相手が苦しむかもしれない。それでも実行するってことは、その先に未来はないんだよ」

『ええ、重々承知の上で、それでいい、と私は考えているのです』

「なんで」

『愛しているからです。恋莉さんを、心の底からお慕いしているからです。きっと優志さんには、この感情を理解できないでしょう。優志さんは自分の魅力に気がついていない。ちょっと鼻に付くこともありますが、お話しをしていて退屈だと感じたことはありません。──アナタは、魅力に溢れた方です』

 そう言われても、返事に困る。

『自分の魅力を自認している方は、そう多くありません。ですが、優志さんの場合は、自分の魅力に気づいていて、わざと気づかない振りをしているように感じます。それは、見ていてとても歯痒く感じるほどです』

 そんなつもりはない。

 僕は取るに足らない存在であると、自分でも自覚している。そりゃあ多少は勉強ができるし、無駄な知識はそこら辺を歩いている人々より多いと思う。でも、それだってアンテナを張り巡らせているかいないかの違いでしかない。

 僕のアンテナは、一般的な人のアンテナとはちょっと違う。同年代と話を合わせるためのアンテナではないのだ。だから僕は、巷の流行り──女性服には敏感だけど──には疎い。クラスの大半が知らなくてもいい、知ったところで使い道がないって情報を、僕はインプットしているのだ。だからこそ、佐竹たちとは話を合わせられても、中学時代のクラスメイトである柴田健とその彼女、春原凛花と話すときは、結構努力していたりする。まあ、二人と話す機会はあまりないのだが。

「天野さんに嫌われてもいいの?」

『構いません。私はそれでも恋莉さんを愛し続けるだけですので』 

「辛いよ、そんなの」

『それでも、愛していますから』

 このまま説得を試みても埒が明かない。

「はあ……わかったよ。止めても無駄なんでしょ?」

『私は止まりません。止まるのは、死ぬときだけです。そのとき、後悔だけはしたくありませんので』

 そう、だとしても──。

 僕は月ノ宮さんを、全力で止めなければいけなかったのだろう。お互いに破滅しかない終幕なんて、悲劇でしかないからだ。

 あとは、天野さんに託すしかない。天野さんがどんな決断をするにしても、僕は従おう。そうすることでしか月ノ宮さんに応える術がないし、天野さんにできる精一杯だった。


 

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