【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百七十四時限目 下着選びは身の丈似合った物を 1/3
翌日、目的地付近の駅を降り、そこからバスに乗ってショッピングモールに下車した。待ち合わせ場所は、モール入口手前にある噴水広場の女神像前。そういわれてもぴんとこなかった私だったけど、走行中のバスの窓から場所を把握できたのがよかった。流れるようにモール入口を目指す人々の流れに合わせながら、中央広場を目指した。
中央広場はちょっとした公園のような場所で、噴水を中心にベンチが並べてある。件の女神像は噴水の中央で水瓶を担いで持ち、水瓶から水を流していた。透き通った水面に太陽光が反射して、きらきらと輝いている。噴水の底をよく見てみると、五円玉や一〇円玉といった硬貨が底に沈んでいた……トレビの泉じゃないんだから、願いが叶うはずもないのに。日本人は、つくづくミーハー気質である。
噴水を迂回して、楓ちゃんの姿を探した。噴水付近のベンチに座っているのは、カップルや子ども連れが多い。彼らはモール内で購入したであろう軽食を食べながら、幸せそうに笑っている。いつか私にもこんなときが訪れるのかな。──そう思いながら半周して、ようやく楓ちゃんらしき人物を見つけた。黄色の薔薇と牡丹が散りばめられた上品なワンピースに、赤いリボン付きのつばが広い麦わら帽子を被ったお嬢様コーデ。足元はクロスメッシュのパンプスを合わせて、夏を全身でアピールしているようだ。
「楓ちゃん?」
私が呼ぶと、楓ちゃんはベンチから立ち上がった。
「こんにちは、優梨さん。今日は、私の我儘に付き合わせてしまいまして、大変申し訳ございません」
「そんな堅苦しい挨拶はいいよ。それより、いつ到着したの?」
私がくるよりも早かったのであれば、炎天の下で待たせていたことになる。
「私もいまさっき到着したばかりです。それに、噴水のおかげで他よりは涼しいですから……そんなことよりも」
「うん?」
「どこかで昼食を済ませませんか? せっかくですし、美味しい物をたべましょう」
そう言って私を先導する楓ちゃんは、どこか演技っぽく見えた。無理矢理笑っているような、小さな違和感。月ノ宮ファンクラブの面々と話している、他所向きの笑顔みたいだった。
夏休みというだけあって、ショッピングモール内は混雑を極めていた。当初、楓ちゃんが昼食にと考えていた店はオムライス専門店だったけれど、店先には長蛇の列が並んでいて、とてもじゃないが入れそうにない。私たちはオムライス専門店を諦めて、フードコートへ移動した。
「こういった食事も悪くありませんね」
楓ちゃんは〈バターチキンカレー〉を食べている。飲み物はマンゴーラッシー。インド人が厨房に立つ本格的なインドカレー、というのが売りのカレー専門店だが、おそらく厨房に立っているのはネパール人かタイ人だ。それでも〈インドカレー〉と謳うのは、日本人にとってカレーはインドってイメージが強いためだろう。私だってインドカレーとタイカレーの見分けは、ココナツを使っているか否か、程度のことしか知らない。それに、美味しいならどこの国のカレーでもいいと思う。
私はというと、これからの出費を考慮して、フードコートでは安価の〈おろしかぼすうどん〉にした。食券を買う際に、「ここは私が」と言い出す楓ちゃんを制止するのが大変だった。
食事を終えた私たちは、小休憩を挟んだ後、目的地であるランジェリーショップへ。
店内に入ると、隅から隅まで女性用下着で埋めつくされていた。ここまで本格的なランジェリーショップは初めてで、私は気後れしながら楓ちゃんの後ろをついて歩いた。
「これなど如何でしょう?」
そう言って差し出された下着は黒のレースが美しい上下セットで、その下は紐で止めるやつだった。一目見て、『私の体型には不相応だ』と感じる一品である。
「え? あ、えっと……ちょっと大胆過ぎないかな」
大胆というか、セクシー過ぎるのだ。このセットを着用して映えるのは、レンちゃんくらいなものだろう。楓ちゃんでも似合うと思うけれど胸部が……げほんげほん。
「これくらいの下着、高校生は持っていると思いますよ?」
「そうなの!?」
軽く、カルチャーショックを受けた私。
いまどきの女子高生は、とっても大胆だ──。
「見るのも勉強になると思うので、見て回ることをおすすめします。気に入った物がありましたら、持ってきてくださいね」
楓ちゃんはそういうと、高級そうな下着売り場に向かっていった。
「……居心地悪いなあ」
右を見ても左を見ても、女性用下着が陳列されている。しかも、どれもいい値段する物ばかりだ。私が使っている下着は、主に琴美さんが選んだ物ばかりで、自分で選んだ下着は数少ない。「目を養え」と言われても、自分に合う下着なんてわからないよ……。
「なにかお探しですか?」
挙動不審な私を見て怪しく思ったのか、店員さんが声をかけてきた。名札にはこの店のロゴと、名取という名前が書かれている。名前の上部分に〈店長〉と書いてある。店長……この店の長自らが私に着くのか。恐れ多い。
「あ、えっと……」
「もしかして、こういったお店に入るのは初めて?」
「どうして、それを……?」
「だって、見ていてとても初々しい反応をしていたものだから。最近は小学生もよく見かけるし」
あ、ああ……そうだよね。
この身長だと小学生に見えるよね。
「ごめんなさい! もしかして中学生だったかしら」
店長さんに罪はない。罪があるとするならば、一行に伸びない私の身長である。だから、気を遣って「中学生」と言ってくれたことにだって、文句を言ってはいけないのだ。
「高校生です……」
私が申し訳なくしていると、店長さんは頭を下げて「申し訳ございませんでした」と謝罪した。
「いえいえ、よく間違われるので大丈夫です」
「しかしそれでは……あ、そうだ!」
店長さんは思いついたように、両手をぱんと叩いた。
──途轍もなく嫌な予感がして堪らない。
「どうでしょう? わたしがお客様に似合った、リーズナブルな下着を選ぶというのは! わたし、この店の店長をしているので、選ぶのは自信があります!」
下着を見る目は合っても客の年齢を見抜く目はないのね。──なんて皮肉は呑み込んで、「ゆっくり探したいので」と断りを入れたつもりだったのだが……。
「では二着……二着だけ、わたしに選ばせてください!」
「わ、わかりました。よろしくお願いします……」
と、押し負けたように了承した私だけれど──。
それが如何に愚かな判断だったかを思い知ることになるなんて、このときの私は予想だにしなかった。
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