【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百七十三時限目 とある策士の暗黒微笑 1/2


 前触れもなく、枕元に置いていた携帯端末がメロディを奏で始めた。通知音ではなく、着信音。あと少しで、夢の中へさあいこう! というタイミングだったのに。寝転んだまま電源コードを手繰り寄せ、画面の表示を確認する。

「月ノ宮さん……?」

 たしか、日本に帰国するのは夏休みが終わるギリギリになる、と言っていたはずだが、まさか寂しくなって友人に片っ端から電話しているのか? とも考えたけれど。この時間は、アメリカだと二十三時半頃だろう。携帯端末で話すのに、常識的な時間とは言い難い。就寝する前のひとときを語らいたいなんて、あの月ノ宮楓が思うだろうか。それに、その相手が僕というのもおかしな話で。──月ノ宮さんの想い人は、天野さんなのだし。

「はい、もしもし」

 応答するや開口一番に、『あまり相手を待たせるものではありませんよ』と、月ノ宮さんらしいことを言う。口調は穏やかで、特に気にしている様子はなかった。

『お久しぶりです、優志さん』

「ああうん。──そっちはどう?」

 そっちというのは、月ノ宮さんが滞在しているアメリカのどこかを指したわけだが、返ってきたのは耳馴染みのある喫茶店の名前だった。

『いま、ダンデライオンで食後の一杯を楽しんでいたところです』

「予定とは随分早い帰国だね」

『こちらもいろいろとありまして』

 そんなことよりも、と月ノ宮さんは直ぐに話題を変えた。

『優志さんは、星はお好きでしょうか?』

「星? まあ、ぼちぼちかな。星座についての知識はあまり深くないけど、季節の星座の位置くらいはって感じ」

 小学校で教わるからね、と僕は付け足した。

『そうですか……では、見識を広げるという意味で、二十九日にプラネタリウムにいきませんか?』

 プラネタリウムか、と思う。月ノ宮さんが言っているプラネタリウムは、多分、サンシャイニング水族館と並列してある、あのプラネタリウムに違いない。

「それは別に構わないけど……天野さんと佐竹は呼ぶんだよね?」

 まさか、僕と二人きりで、なんて言い出すとは思えないし、仮にそうだったら拒否したいところだ。月ノ宮さんと二人きりなんて、心臓が何度停止するかわかったもんじゃない。月ノ宮さんが嫌いというわけじゃないけれど。喩えば、これまでの流れを鑑みるに、無理難題を押し付けられそうで。

『勿論。──ですが、佐竹さんはこれないそうです』

「ああ……その理由はなんとなく想像できるよ」

 夏休みの課題が、まだ残っているのだろう。去年もそうだったし、全く成長していない佐竹であった。

「じゃあ、僕、月ノ宮さん、天野さんの三人で?」

『そうなります。両手に花でよかったではないですか』

 両手に花、ねえ……花は花でも、片方は黒い薔薇で、もう片方は情熱の紅い薔薇である。甲斐性のない僕では、持て余すこと間違いなし。

「どうして二十九日に? 僕は明日でも構わないけど」

『それはいいことを訊きました』

 しまった、と僕は思った。が、とき既に遅し──。

『では明日、わたくしのショッピングに付き合っていただけますか? ちょうど荷物を持っていただく殿方を探していたので。ささやかではありますが、報酬も用意しましょう。悪い話ではないと思いますよ?』

 うまい話には、大抵、裏があるものだ。そして、月ノ宮楓という少女の腹のなかは、光も吸収するほどの暗黒。携帯端末越しに、月ノ宮さんの暗黒微笑が眼に浮かぶようだ。

『明日でもいい、と言質はは取っていますので。──どうせ、優志さんのことですから、読書する以外に予定はないのでしょう?』

「甘いよ、月ノ宮さん。本当に、チョコレートよりも甘いね」

『はて……では、他に用事でも』

 僕は矢継ぎ早に答えた。

「僕の部屋にあるのは、本棚だけじゃない。漫画は然ることながら、パシコンもあるし、ゲーム機だってある。読書が僕の専売特許だなんて思わないでほしいね」

『なるほど。では、明日のこの時間にそちらへ……ではなくて、現地集合でよろしいでしょうか』

 月ノ宮さんだけに、華麗なスルーだった。



 

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