【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

七十六時限目 彼と彼の宿題〜佐竹義信の場合〜[後]


 そういえば──。

「そう言えば、鶴賀家のカレーって油揚げが入ってたりするか?」

「え」という顔をして、嫌そうに眉を顰める。

「いいや、入れない……佐竹家のカレーには入ってるの?」

 当然の反応だよな、やっぱり。

 カレーうどんじゃあるまいし。

「ああ。なんでも、死んだばあちゃんが作るカレーに油揚げが入ってたらしく、それが普通だとお袋は思ってたらしい」

「それはまた、とてもハートウォーミングな話だね」

 どうでもいい、と言いたいような、そんな声だった。

「で」と優志は続ける。

「油揚げ、入れたほうがいいの?」

「いいや」

 お袋は油揚げではなくて、薩摩揚げを入れることがある。

 ……勘弁してくれ。

 俺は全力でかぶりを振った。

「肉入れてくれ。豚でも、鶏でも、牛でもいい」

「わかった。冷凍の鶏肉があるはずだから、チキンカレーにするよ。鶏肉、じゃがいも……」

 あ、人参がないや、と具材を確認している優志の声は、ちょっと弾んでいた。

「スーパーに寄らなきゃ。カレー粉があるかもわからないし」

 それはいいんだが……。

 ここまでの流れが自然過ぎて、それが当然だと思ってしまっていたが、料理をするのは優志なのか。

「優志のお袋さんは?」

「両親ともに社畜だよ。鶴賀家は放任主義なんだ」

 なるほど……然し、優志のお袋さんを見てみたかった。

 優志はおそらく、母親に似ている気がする。だからきっと優志のお袋さんは、優志が女装した姿・優梨のように美人で可愛らしい人なんだろう……と、勝手に想像を膨らませていた。




 * * *




「おお、慣れたもんだな」

 手際よく調理を進める優志の後ろ姿を見て、俺は感歎の声をあげた。

 エプロンが似合っているとか余計なことは言わないぞ、と心がけているけれど、ついうっかり口が滑りそうだった。 

「気が散るからテレビでも見ててよ」

 と、皮を剥いた野菜を包丁でカットしながら、優志は言う。

「へいへいさーせん」

 そうは言ったものの、気になるもんは気になるもんで。

 俺はテレビの前にあるソファーに腰を掛けて、遠目から優志の調理姿を眺めていた。

 ──もし俺がコイツと同棲したら、こんな感じなんだろうか。

 ……って、なにを考えてるんだと頭を振る。

 でも、もしそうなったら、優志は俺に笑顔を向けてくれるのだろうか?

 願わくばそうであって欲しいけど、皮肉屋然としている優志にそれを望むのは、少々高望みが過ぎるかもしれない。

 ──じゃあ、それが優梨だったらどうだろうか。

 と思いを馳せてみて、つい顔がにやけてしまった。

 逃げを張るようにテレビに視線を移すと、こめかみ辺りに痛い視線を感じた。

 ──普通にバレてんじゃねえか!?

「佐竹、ルー抜きね」

「それただのライスだろ!?」

「代わりにライス敷いてあげるよ」

「ご飯ライス!?」

「冗談だよ」

 目は割とガチだったぞ──。

「冗談に訊こえない冗談はやめてくれ……ガチで」

 俺の苦情には答えず、優志は再びまな板を叩きだした。

 それにしても、だ。

 優志の過去は思案に余るが、それでも優志が『空気に徹する』と決めた動機がわからない。

 俺のことをイケメンと嘲るが、俺の見立てだと優志は優志で、そこそこに女子ウケがいい顔をしていると思う。

 恋愛関係になるかはわからないけど、中性的な雰囲気はモテ要素のひとつだ。

 それを上手くアピールできれば、クラスカースト上位なんて目じゃないはず。

 それなのに、どうして──。

『そのおかげでいまがある』といえばそれまでだが、納得できない部分は多々ある。

 家事全般を熟知しているとクラス連中に知れたら、

 ──おい、この物件ヤベえぞ!?

 みたいな騒ぎになって、日の目を浴びること必至だ。

 非の打ち所がないと言わずもがな、スペックだけは一流でも、優志はクラスの人気者になりたいわけじゃなさそうだ。それに、優志のいいとこをを知ってるのは、俺だけでいい。

 俺だって〈嫉妬〉するんだ。気づかない振りしたって無駄というなら、上手く付き合って行くしかない。

 やがて、キッチンからいい匂いが漂い始めた。間もなく完成するんだろう。

 ……優志の手料理か。

 なかなか感慨深いものがある。

「そろそろできるから、適当な席に座って待っててー」

 まるで母親のように、声を大にして言う。

「おう。取り分けくらい手伝うぞ?」

「じゃあ、適当な席に座って待ってて?」

「あくまでも手伝わせない気か!?」

 言われた通りに席に座り、優志の手作りカレーを心待ちにしていると、ついにお目当のカレーが俺の前に差し出された。

 カレーの他にも、大皿に盛り付けられたサラダが食卓の真ん中に花を添える。ドレッシングも手作りらしい。

 どんだけ女子力高いんだよ。

 それらが全て食卓に揃うと、俺の対面に座って「いただきます」と手を合わせた。

「いただきます」

 俺はカレーを口に運んでみる……ヤバい。

「どう? 美味しい?」

 心配そうに首を傾げる優志は、まるで優梨のような小動物感があった。

「普通にヤバいぞ、ビビるわ」

「それじゃわからないじゃん……語彙力なさ過ぎ」

「いや、だってこんなのビビるだろ!? うちのお袋のカレーより美味いんだぞ」

「大袈裟。過大評価。普通に普通のカレーだよ、普通に」

 これはさすがに申し訳が立たない。

 素直な感想を言っただけだったんだが、俺の語彙力じゃ伝わらなかったようだ。

「すまん、仕切り直しさせてくれ……」

「ん?」

「もう一度食べたい、そんな味だ。いままで食べたカレーと比べるのも烏滸がましいとすら思う……美味い」

「はあ!?」

 優志はゲホゲホと咳をして、咄嗟に俺のコップに手を伸ばし、一気飲みした。

 俺のなんだけど……まあいいか。

「大丈夫か?」

「いきなり語彙力覚醒させるな! 死ぬかと思ったじゃん、ばか! ありがと!」

 頬を林檎のように紅く染め上げる優志を見て、あの日の放課後の夕日も綺麗だったな、と思い出した。

 きっと、思い出というのは美化される。

 思い出の展覧会を眺めているとき、優志が隣にいたらどんなに幸せだろか。

 いまみたいに頬を染めて、俺のことを「ばか」と呼ぶんだろうか。

 そのときは、いったいなのかわからないけど、別にどっちだっていい。

 いいところは、全部知ってるんだから──。


 

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