【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百七十二時限目 割と普通にガチでナチュラルな結末


 マサヒロ君が「用事がある」と言って店を出ていってから数分。僕と宇治原君はお互いに座ったまま、気まずい時間を過ごしていた。元よりそういう予定だったので、僕もそのタイミングで席を離れればよかったのだが、僕にはまだやり残したことがあった。

 それは、僕と宇治原君の関係にけじめをつけること。

「お前さ、もしかして口下手?」

「もしかしてもなにも、僕は口下手だよ……見てわかるでしょ」

 それはお互い様だと反論しそうになったけれど、口論がしたいわけじゃない。

「まあいいけど。……宗玄膳譲の正体を知ってどう思った?」




 宗玄膳譲の正体は、なんてこともないようなオチだった。

 数日前に宿泊したキャンプ場に〈月光の森〉があった。それに驚いたのは宇治原君だったが、別に大したこともなく、兄の部屋に同じ著者の本があったのを覚えていたから「どうしてこんなところに」と一驚しただけに過ぎなかったのだ。

 では、どうしてあのキャンプ場に〈月光の森〉が置いてあったのかという疑問だが、なにを隠そう、あのキャンプ場の受付をしていたおじさんこそ、宗玄膳譲その人だったのである。

 どうして彼の正体をマサヒロ君が知っていたかと言うと、マサヒロ君が過去に活動していた小説サイトで多少の交流があった……だけでなく、職場を転々としていたマサヒロ君は、あのキャンプ場でもアルバイトをしていた時期があったらしい。その際に、裏方でキーボードを熱心に打つ背後から画面を盗み見し、あのおじさんが宗玄膳譲だと確信に至った。つまり、作業をサボって執筆していたわけだ。

 自分よりも歳下だと思っていた宗玄膳譲が、実は自分より一回りも二回りも歳が離れたおっさんだったなんて、だれが想像するだろう。

 マサヒロ君はつい「マジかよ」と口走ってしまい、自分が宗玄膳譲であることを知られてしまったことを知ったおじさんは、「どうか自分のことは秘密にしてくれ」と涙さながらに訴えたようだ。いい歳したおっさんが命乞いするように泣きつく姿は同情せずにはいられず、正体を秘密にすることを約束した。その件以来、宗玄膳譲氏とマサヒロ君は、友好的な関係を築いているようで、年齢関係なしで語る間柄になったらしい。

 そんなことがあって、宗玄膳譲氏は処作〈コーヒーカップと午後のカケラ〉を自費出版したのだが、無名な作家の本はなかなか売れず、どうしたものか、と相談を受けたマサヒロ君は、キャンプ場の売店に置くのはどうか? と提案したらしい。最初は渋っていた宗玄膳譲氏であったが「読まれなければなんの意味もないだろう」というマサヒロ君の言葉に決意し、売店に置くことを決意した。

 もともと宗玄膳譲の文体は若々しく読みやすい部類で、彼の作品は売れると確信があったマサヒロ君の提案は見事にハマり、じわじわと売り上げに影響していったようだ。プロフィールが一切不明ということも話題となって、未だにインディーズ作家の域を出ないが、そこそこ認知度は上がっていった──そして、いまに至る。




「世間は想像以上に狭かった、かな」

 箱庭の中で暮らすシルバニアファミリーになった気分だった。

 おそらく、僕が体験する全ての事象や事柄は、僕が住む世界の中で完結するのだろう。

 そんな気がして、虚しさが押し寄せてくる。

「真実なんて、案外そんなもんじゃねえの」

 そう……なのかもしれない。

「とまあ、これでようやくお前から解放されるわけだが」

「うん」

「お前の言う〝けじめ〟ってなんだったんだ?」

 けじめ、と思った。

「多分、それは自己解決しなければならない問題だったんだよ」

「は?」

「だけど、そうもいかなくなったんだ」

 強い言葉は、発するだけで意味を持つ。空気に触れた瞬間に酸化したり、相手の脳内で勝手に理解されたり、命さえ奪ったりするのが言葉の力だ。

「ごめんなさい」

 頭を下げるのが、僕なりのけじめ。

 僕が行ったことは間違いではないといまでも思っているけれど、それはそれとして、歩み寄ろうとした人間を無下にしたのは理念に反する行動だ。宇治原君は『兄と面会させる』という誠意を、僕に見せた。それに応えるならば、僕の誠意はあの日、高校二年生になった日の謝罪だ。

「僕は宇治原君の提案を頭ごなしに否定した。だから、ごめんなさい」

「それは……ああ、あの日のことか」

 そう言って、宇治原君は鼻で笑った。

「多分、お前とはこれからも犬猿の仲だろうよ……でも、それでいいんじゃないかとも思ってる。別に、これから手を繋いでショッピングに繰り出そうってわけじゃないんだろ?」

「そうだね。それだけは御免だよ」

「それに、犬猿の仲だとしても、わざわざいがみ合う必要もないしな」

 僕は僕の生活があるのと同じで、宇治原君には宇治原君の生活がある。それをこれから一つにするのは不可能だとしても、お互いにわかりあえないとしても、戦争する必要なない。理解できなければ、理解できない、ということを、理解すればいいだけなのだから。

「つか、これって佐竹の思惑通りだよな」

「そう……なるね」

 争う必要がなくなったのであれば、卒業写真は笑顔で撮影できる。

 佐竹の思惑は、叶うにして叶ったのだ。

 それはそれで、なんだか悔しい。

「革命家のチェ・ウジハラとしては、今回の騒動になにを思う?」

「そうだなあ……」

 宇治原君はテーブルに肘をついて、自嘲するような息を吐いた。

「割と普通に、ガチでナチュラルに納得はできねえな」

 僕が最近まで引っかかっていた問題の答えも、佐竹の要らぬお節介も、流星の気遣いだって、宇治原君からすれば、シンプルに納得できないことだろう。だって、これは宇治原君が抱えていた問題ではなく、僕が持ち出した不毛とも呼べる問題の答えだからだ。

 嫌っている相手の持ち出した問題が解決したところで素直に喜べないのは、僕にも理解できる。では、彼が妥協できる案を提示する他にない。

「それじゃあ、宇治原君」

「なんだよ」

「小一時間ほど、腹ごなしに手を繋いでショッピングでもしようか」 

 ばかじゃねえの? と目を丸くする宇治原君だったが、ふと僕から視線を外して天井を仰ぐ。店内には陽気な音楽が流れ、周囲に座っている人々の会話がざわざわ訊こえた。

「手を繋ぐのはなしとして、腹ごなしは悪くない。こういう場合はカラオケって相場が決まってるんだが、お前とサシでカラオケしてもつまらないだろうし、仕方がねえからこの辺の案内くらいしてやるよ」

 その日、八月に入って最高気温を叩き出した町は、割と普通に、ナチュラルな表情で蝉が鳴いていた。








 次回から新章になりますが、その前に五章の修正を予定しています。予定ですので確定事項ではありませんが、頭の片隅に置いておいて頂けたらと思います。

 これから当作品の応援をよろしくお願いします。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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