【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百六十七時限目 さまにならないサマーキャンプ ⑤


 川遊びを満喫した二人の食欲は、呆気に取られて目を見張るものだった。それもそのはずで、宇治原君が持ってきたクーラーボックスの中身の半分は肉が占めていた──四人で食べきれる量ではなかった──だけあり、肉への情熱は僕と流星を容易く圧倒。いつの間に焼き役をしていた流星が「オレにも食わせろ」と文句を言う始末である。

 そうして食事が終わると、まるで嵐が過ぎ去ったかのような静けさが訪れた。

「もう食えねえ……ガチで」

「もう無理、腹きちい……」

 二人はテントの横にある木陰の芝生に大の字で寝転がり、牛みたいにもうもう鳴いている。食べるだけ食べて、後片付けを手伝う気は無さそうだ。

 流星は二人がそこら辺に放置した紙皿や割り箸などを拾い、ゴミ袋に入れて歩く。どこまでもメイド気質な流星は、食事時こそぶうぶうと文句を言っていたのにも拘らず、片付けとなると文句を一切言わない。奉仕業が板についてしまっているようで、面倒見がいいマイルドヤンキーの姿が、そこにはあった。

 流星がゴミの分別をするなら僕は網を洗いに行こう、と思い、佐竹が人数分持ってきた、滑り止め付きの軍手をはめる。フィット感をたしかめるように二、三回拳を握り、網の角を両手で持った。炭の大半は白くなっているので、このまま放置すればいずれ鎮火するだろう。

 網が服につかないように両手を伸ばして歩く姿は、なんとも間抜けそうではある。如何せん、こういったイベントに慣れていない僕は勝手がわからないのだから仕方がない。寝転がっている二人が目を閉じている合間に運んでしまおうと小走りで斜面を上がった。

「優志」

 流星は自分のバックパックの中から洗剤とたわしが入ったビニール袋を取り出すと、僕が立ち止まった場所まできて「これを使え」と僕に手渡した。

「お前の手は随分と環境に優しいんだな」

 皮肉を吐く、流星。

 だが、差し出された物を見ると皮肉を返す気分にはなれなかった。

「これを使え」

「うっかりしてただけだよ……ありがと」

 流星が気づいてくれなければ、キャンプ場本部の中にある売店で買う羽目になっていたことだろう。然し、この機転のよさは、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉ナンバーワンメイドと言わざるを得ない。さすがはエリスたん。両手が塞がっていなかったら帽子を脱いでいたに違いない。

「じゃあ、洗ってくるね」

「任せた」

 そんな簡単な挨拶をして、僕はキャンプ場本部の隣にあった洗い場を目指した。




 * * *




 道を歩いていると、そこら中から美味しそうな匂いが漂ってくる。僕らのようにBBQを楽しむ人や、カップ麺で済ませている人もいて、キャンプの食事は様々だなと思いながら、強くなった日差しの直撃に嫌気が差した。

 ようやく到着した洗い場は、混雑を極めていた。

 前後に鏡合わせになっている六つの洗い場は埋まり、周囲には洗い物を持って待機している人が目立つ。洗い場は四阿のように屋根が付いているからいいが、外は直射日光に当てられて、じいっとしているだけで汗が吹き出てくるし、地面から跳ね返る熱が体力をどんどん奪う。

 このまま順番待ちをしていたら熱中症で倒れかねない。そう思った僕は、洗い場の屋根を支える柱の一本に網を立て掛け、網の内側にたわしと洗剤が入った袋を置いて、キャンプ場本部の中にある売店へと足を向けた。

 本部の入口は硝子戸になっていて、手動で開け閉めする田舎式。これこそ、集会場のようだ、と思った一因である。がらがらと音を立てて開いたドアの正面には受付けがあり、そこには中肉中背の中年男性が、鉢巻のようにタオルを縛り、冷房の効いた部屋でありながら額に汗をかいて、「いらっしゃいませ」と笑顔で出迎えた。

「あ、売店を見に……」

「ええどうぞ。売店に置かれた商品はこちらで会計致しますので、何かご入り用の物があればお持ち下さい」

 僕は会釈をし、受付けの隣にある売店コーナーに入った。

 店内はまるで野菜直売所のような空間で、コンビニと呼ぶにはふさわしくないシンプルな作りだ。白い壁にはこの辺りで見られる野草の情報や、川で見られる魚の種類描かれた手作りポスターが貼ってある。他にも、野菜を作った農家の写真や、先日行われた花火大会の裏話を書いたオリジナル新聞なんかもあり、田舎あるあるが要所に漏れなく詰め込まれていた。

 売り物も定番品が多く、細かいキャンプ道具なども、これまた手作り感のある棚に置かれていた。どうして棚の底に人工芝が敷かれているのかと疑問に思ったけれど、少しでも衝撃を吸収して野菜などが痛まないようにするためだと気がついた。ドリンクが入った冷ケースは壁に沿うように設置されていて、これも定番品がほとんどを占める。

「え?」

 店内をぐるりと見て回っている最中、どうしてこれがここにあるのかと、思わずその商品を手に取った。キャンプには不釣り合いとまでは言わないが、わざわざ売店で販売する理由はない。キャンプの楽しみ方としてはあり得るとしても、明らかに売店のラインナップからは浮いている。

 僕が手にしたのは、文芸マーケットで水瀬先輩が購入した宗玄膳譲の本〈月光の森〉。この作品は文芸マーケットが初出しの新作であり、その日にネット販売が開始された作品である。

 一般的なコンビニは小説の販売を行なっている店舗もあるし、珍しいこともないだろうけれど、ここは梅ノ原のド田舎にあるキャンプ場の売店だ。キャンプのノウハウが記載された本や雑誌、野鳥の図鑑が置いてあることに違和感はないが、文学作品が置かれているのは不思議でならない。

「どうしてこの本がここに……?」

 客がいないのを確認して、呟いた。

 考えられるとすれば、このキャンプ場のスタッフの中、或いは身内に宗玄膳譲がいる……だが、決めつけるのは早計だ。ただ単に、宗玄膳譲と関わりがあって、惰性で置いてもらっているという線だってある。どちらかと言えばこちらのほうが濃厚だが、それも現実味は欠ける。サインが書いてあれば決定的なんだけど。そう思って本を捲ろうとしたら、受付けに立っている中年男性に「立ち読みはご遠慮下さい」と注意を受けてしまった。その声音があまりにも迷惑そうだったもので、僕は逃げるようにして売店から立ち去った。

 






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 by 瀬野 或

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