【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百六十二時限目 暇人たちとメイド喫茶[後]
「きっと、なんですけど」
一呼吸。
「受験勉強が、自分を見つめ直すいい機会になったのかも知れませんね」
「なるほど」
と頷いたが、頭では納得はしていなかった。
試験勉強は、見識を広げるというよりも戦争の準備に近しいものがある。ライバルと差をつけるために過去問題集を解く作業は、苦痛以外の何物でもない。苦行と言い換えてもいいだろう。それが転機になったとは、どうしても考え難い。
「では、私も他のご主人様にご奉仕しなければならないので」
マリーさんは「失礼します」と言葉を置いて、他のテーブルへと向かっていった。
「……なあ、優志」
「なに?」
「やっぱり、お前ってモテるだろ」
またそれか。
「我がクラスを代表するイケメン君に言われると、嫌味にしか訊こえないんだけど?」
「自分で言うのも難だが、イケメンだからってモテるとは限らないぞ」
「そんなバカな」
この世に救いはない、とでも言うのか……?
「出会いが人を変えることだってあるだろ。……それは、優志が一番身に覚えがあるんじゃないか?」
「佐竹のくせに言い得て妙なことを言うものだ、と僕は思った」
「思った、なら心の中だけに留めておけ!?」
「ああ、ごめそ」
とはいえ、佐竹の言い分はもっともである。佐竹たちに出会わなければ、いまの僕はないだろう。多分、今頃は部屋で読書かゲームをおしているはずだ。そう考えると、こうして僕を連れ出してくれる友人たちには感謝しなければいけない。
──ねえ、佐竹。
──なんだよ。
「いつも僕を気にかけてくれて、ありがとう」
「……は? おいマジでやめろ。出し抜けにそんなことを言われたらガチで泣きそうになるだろ。それともあれか、新手のドッキリか? まさか死亡フラグじゃないだろうな」
「大袈裟だなあ」
今日だって、佐竹グループに一声かければだれかしら集まるはずだ。宇治原君だったら秒で『イエス』と返信するだろう。佐竹は、夏を満喫する、と豪語していたしなあ。僕と彼ら、どちらを選ぶと問われれば、彼ら一択だとも言える。
それにも拘らず僕を選んだってことは、僕を不憫に思ったからに違いない。……あれ? それってつまり、佐竹に情けをかけられたってことにならないだろうか。同情されていることに感謝をするとは、僕も落ちるところまで落ちたものだ。
「そ、そんなことよりも、だ」
佐竹は耳を真っ赤にさせながら、たどたどしい口調できりだした。
「八月の予定は決まってるか?」
「僕は読書とゲームで忙しい身だよ」
「要するに暇なんだな?」
そうとも言うし、そうとしか言えないとも言える。
「なんかさ、こう、ぱーっとして、気分爽快な感じのイベントってねえかなあ。ガチで」
「ぱーっとして、気分爽快、ねえ……」
夜のミッドナイト、みたいな言い回しだな。
「読書じゃん」
「おい、読書のどこにそんな要素があるんだよ」
「冒険譚を一冊読み終えたら、なかなか気分爽快だよ」
「それはどっちかと言うと、達成感だろ」
たしかに。
ならば、
「ゲームで雑魚狩りとか?」
「取り敢えず家の中から出ようぜ? 話はそれからだ」
今日の佐竹は的を得たツッコミをする。これも語学勉強の賜物だ、とでも言わんばかりだ。
さっき、僕に『出会いが人を変える』と言っていたが、佐竹自身だってそうだろう。僕と知り合っていなかったらいつまでも『ウェイ語』で会話していたに違いない。『まじ卍』が大流行していた頃は、もう本当にやばたにえんの無理茶漬け然としていた僕であったが、いまの佐竹はまともに会話ができるので、割と普通によきみ深けりである。
そんな会話をしていると、どこからともなく現れたエリスちゃんが、含蓄ある笑みを湛えながら「よう暇人ども」と声をかけてきた。
「追加オーダーを取りにきてやったんだから注文しろ」
「新手のカツアゲかよ!? ……ああそうだ、丁度いいところにきたな」
「ご注文をどうぞ、ご主人様」
メイド服のポケットからボールペンを取り出したエリスちゃんに対して、佐竹は頭を振る。
「注文じゃねえんだけど」
「男に興味はない」
「ナンパじゃねえよ! つか、この状況でよくそんなことが言えるな……まあ訊けって」
エリスちゃんは訝しみながらボールペンをしまうと、待ちの姿勢を取った。改めて見ると、エリスちゃんに扮した流星はなかなかに美少女と言える。
本来の性別が女子だからとはいっても、かなりレベルが高いだろう。イタズラっぽい笑顔は関根さんに通ずるものがあるし、機敏に働いている姿は月ノ宮さんを彷彿とさせる……なるほど。メイドになった流星は、月ノ宮さんと関根さんを足して二で割ったような女の子なのだ。これで口が悪くなかったら、ついうっかり好きになっていたかも知れない。
「忙しい時期ではあるけど休みはあるだろ? 夏休みなんだし、お前も一緒に遊ぼうぜ」
「いけたらいく」
「それ、遠回しに断ってるヤツの言い分な!?」
なんか言え、と佐竹が僕に視線を送ってきた。
「そういえば、りゅう……エリスちゃんとプライベートで遊んだ記憶はないよね。ダンデライオンでばったり会うことはたまにあるけど」
「え、お前、ダンデに通ってんのか? マジで?」
余計なことを言うな、と流星が険のこもった眼差しを向けてきた。
「あの店はサービスがいいからな」
「ふうん」
と佐竹。
「一回くらい付き合ってもいいんじゃない?」
駄目押しするように、僕は言う。
エリスちゃんは一考したあと殊更に嫌そうな顔をして、「チッ」と舌打ちをした。
「……本日のオススメはこちらです、ご主人様」
「は? だから追加はいいって」
徐にメニューを広げたエリスちゃんの行動に対して、佐竹はいまいちわからないようだ。とどのつまり、お前の要求を呑む代わりになにか注文しろよ、とエリスちゃんは言っているのだが、佐竹にそこまで察しろというのも無理な相談だろう。喧嘩の仲介役としては文句ないのに、自分が矢面に立たされると、とことん駄目人間な男である。
だが然し、周囲がフォローしてこそチームワークが成り立つとなれば、欠点は欠点と呼べない。そして、僕もついついフォロー役に回ってしまうのだ。
「佐竹、ここは注文しないと」
「いやなんでだよ」
「ご要件がないのであれば、私はこれにてお暇しますが」
と言われれば鈍い佐竹も合点がいったようで、
「あ、ああわかったよ! 注文すればいいんだろ! え、えっと……これだ!」
やたら長い商品名に指を押し突ける。白い爪が、肌色を見せていた。
だが、
「ご主人様、商品名を言って下さいませ」
ここぞとばかりに、攻めに転じるエリスちゃん。ゲスかわいい。
「くっそ……覚えてろよ。この〝アナタのハートにずっきゅんきゅん♡ メイド特製レアチーズケーキ〜甘酸っぱい夏の恋仕立て〜〟をくれ!」
「はい、かしこまりました」
続いて、僕を見た。
「じゃあ、これで」
夏祭り気分で急接近♡ 恋する予感のチョコバナナ、というちょっといかがわしい商品名を指す。
「はいよ」
エリスちゃんは淡白な返事をして、それを記入しようとする。
「おい! 俺だけ読まされるのかよ!」
「ご不満でしょうか……ではもう一つ、別の商品も如何ですか?」
「エリスちゃん。これ以上はオーバーキルだよ、佐竹の財布的に」
おそらく帰りの電車の運賃は、僕が貸すことになるだろう。
「そうですか。では、ご注文を繰り返します。夏限定のレアチーズケーキと、チョコバナナでよろしいでしょうか」
「お前も正式名称を言わねえのかよ……ちくしょう」
これが所謂、口は災いの元、というやつか。
ことわざとは、やはり言い得て妙なものだ。
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。
これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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