【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
五十二時限目 彼の甘さを佐竹琴美は許さない[後]
気まずい空気の中、休憩が終わる。
「さっきはすみませんでした」
座ったまま頭を下げた。
「素直に謝れることはいいことだから許してあげる。義信なんて〝うるせえ〟で終わるのよ? ……ほんと、可愛くない」
一見すると、生意気な弟が気に喰わないという姉の愚痴だが、後から付け足したような〈可愛いくない〉というフレーズにアンチノミーを感じた。
「可愛くないって、どういう意味ですか?」
「さあ。優梨ちゃんはどう思うの?」
質問を返されると予想していなかった僕は、思わず硬直してしまった。
どう思う、と訊ねられてもお宅の息子さんなのだから、姉である琴美さんが一番理解しているはずだ。けれども、家族という間柄は一番近しい他人とも呼べる。結局、血縁なんてその程度にしか効力を発揮しないのだ。あとは惰性か、それとも成り行きか。
家族を愛するのは当然だ、とするのはちょっと押し付けがましい気がする。好き嫌いではなく、そこにいるのが当たり前、みたいな関係を家族と呼ぶのではないだろうか? これだって僕の見解であり、全人類の総意ではない。勿論だが、僕は両親が嫌いなわけではない。個性的過ぎる、とは思うけれど。
佐竹姉弟を傍から見ているだけなら、良好な関係を築いている、と断言していいだろう。自由奔放過ぎる姉を反面教師にしながら育った割には、佐竹も佐竹で自生的に高校生活を謳歌しているし、愚弟と罵る琴美さんだって、なんだかんだ言いながらも弟を気にかけているように見えた。
「よし悪しはあれど評価はしている、そう感じました」
言うと、琴美さんは涙を流しながら「あはは」と豪快に笑いだした。
「どんな解釈をすればそうなるの? ああ、もうほんと、お腹痛い」
僕の回答が琴美さんの予想を上回るくらい的を得ていなかったとしても、笑壺に入るほどだろうか。いや、佐竹琴美には腹が捩れるくらい愉快痛快な感想だった、とも言える。言葉の裏を読み過ぎた僕の負けってわけだ。
琴美さんの爆笑が収まるまで、アイスコーヒーを飲んで待った。
「当たらずしも遠からず、かしら。優梨ちゃんの言葉を借りるようだけど、私は義信を〝よくも悪くも評価しない〟わ。それができるのは私じゃなくてアナタたち、だもの」
琴美さんは強調するように『たち』を付けて、複数形にした。
自分の弟の評価を他人に委ねる意図はなんだ?
近過ぎるからこそ見えない部分があり、離れた場所にいるからこそ見えるものがある、とでも言いたいのだろうか。琴美さんと会話していると、つい言葉の裏を読もうとしてしまって疲れる。
「話を戻すけど、女子高生がナニをしてるかって話だったわよね」
「そうですね」
琴美さんが言うと、下品なネタにしか訊こえない。『なに』のイントネーションが違うからだ。下ネタ大好きなのは構わないけれども、相手が男子高校生であることを忘れないで欲しい。女子とする下ネタなんてのは、生々し過ぎて笑えない。
「わからないわ」
思わぬ返答に、「へ?」って声が出た。
「だから、わからないって言ったの。私、女子大生だし。JDだし」
JDと言い直す必要があったのかはさて置き、それだけでは納得ができない。
「いや、わかるでしょう。琴美さんにだって女子高生時代はありましたよね?」
「ナニはしてたかも知れないけど、なに考えて行動していたかなんてわるはずないじゃない。男子高校生なら兎も角、女子はそれこそ異次元的な存在なのよ?」
言っている意味が全然わからない。ええと、なんだ。女子高生が異次元的な存在だって? 元ネタは時をかける少女かな? たしか、主人公は高校二年生だった気がする。多感な時期とはいえど、一般的な女子高生が容易く異次元を行き来して堪るものか。
「その発言は女子高生への偏見と受け止めていいですよね」
なんなら男子高校生へのディスリスペクトまである。
「わかってないわねえ……」
琴美さんは僕の回答が不服だったのか、熱っぽく語りだした。
「女子高生という存在は、個として最強、集まれば無敵なの。そんな超常現象めいた存在を理解するほうが無理ってものでしょ? 譬えば、むっさいオタサーに、容姿端麗、才色兼備、おまけに、オタク趣味にも理解を持つ、史上最強の清楚系ビッチな女の子が、突如としてオタサークルに入会したとするじゃない?」
じゃない? と同意を求められても同意し兼ねる。特に、『清楚系ビッチ』という単語には偏見がビッチり含まれていそうだ。……しまった。僕としたことが、琴美さんの影響を諸に受けてしまっている。しっかり意識を保たなければ、と居住まいを正した。
「イカ臭い男だらけの集団の中に、可憐な花が一輪咲いてごらんなさいな。忽ちヒエラルキーが生まれて、その娘は文字通りのお姫様よ。いいいえ、もう神と呼んでも差し支えないわ」
「設定を盛り過ぎていまいちピンとこないんですけど、言わんとすることはなんとなくわかりました」
要するに、女子高生という存在は、他を圧倒するだけの力を秘めていると言いたいんだろう。個人だと範馬刃牙、群れると範馬勇次郎ってわけだ。なにそれ超怖い。……まあ、それは大袈裟な比喩なんだけど、それくらいのモチベーションがある者に対して全てを理解出来るかと言えば、たしかになるほど。喩え女子高生という過程を経て大学生になった琴美さんでも理解出来ないのは当然だった。
「だから、優梨ちゃん」
「優志ですけど」
さっきまでの冗談めかした微笑はどこへやら、真剣な表情で僕に向き合う。
「アナタはアナタが思い描く、アナタだけの存在になればいい。〝可愛いさ〟はだれかに強要されるものじゃなくて、内側から溢れるものだから」
「自分の中ではなく、他所から求められる可愛さとはなにか、を知りたいんです」
「だったら、先ずは自分を受け入れなさい。優梨ちゃんが求めている答えは、その道を進んだ先にあるわ」
本当にそうだろうか。このまま道なりに進んでも、僕が望んだ答えがあるとはどうしても思えなかった。それよりも、もっと具体的に道を示して欲しい。それができるのが琴美さんだってわかっているから、忙しいのに無理を言って、ダンデライオンにきてもらったんだ。
「僕はどうしたら……」
「じゃあ訊くけど、優梨ちゃんは私が〝死ね〟と言ったら死ぬの?」
「無理です」
琴美さんは、「でしょう?」と鼻で笑った。
「他人の意見なんて、納得できなければあってないようなものよ。考えても答えが出ず、他人からアドバイスも貰っても納得できず、どうして自分はこんなに駄目な人間なんだって悲観するのはドラッグにも似た快楽があって、気づいたときには取り返しがつかなくなるの。自分を変えたいのなら現実の痛みと向き合って、足掻いて、苦痛に悶えて自ら死になさい」
「いや、死んだら駄目でしょ」
正論とは言い難いけど、説得力はあるスピーチだ。
にへら顔は昼行灯を演じていたに過ぎなかったのだろう。琴美さんを前にして、自分が如何に甘い考えで質問していたのか恥ずかしくなった。
「生きてる人間は全員ドMと言っていいまであるわ。その快楽に溺れなければ、本当の自分を見つけられるはずよ」
「そう、ですか……」
琴美さんは大きく伸びをして、それを皮切りに会談はお開きムードになった。本日の司会から『宴も闌ですが』という締めの言葉が入り、一本締めができれば次の肴にもなっただろう。それが出来なかったのは、僕が未だにどうなりたいのか答えを導き出せていないから。だけど、手がかりは掴めた気はしている。それが〈気の所為〉になる前に、考えなければならない。
鉄は熱い内に叩いてこそ、研ぎ澄まされるのだ。
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。
これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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