【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
四十二時限目 夏から始まる休み生活[後]
この二人は兎も角として、天野さんとの約束はどうなるのかがずっと気がかりでいる。
──夏休みになったら、二人で海にいこっか。
あの日以来、特に進捗もなく今日まできた。お互いに、あの約束をどうするのか決め兼ねて、話題に出すのを憚っている。僕から『海にいく約束はどうするの?』ってメッセージを送るのもなんだか違う気がするし、それではまるで、僕が天野さんと二人きりで海に行きたいみたいじゃないか。
……いや、行きたくないわけじゃない。
二人でってところに、違和感を感じるのだ。
「まるでデートみたいだし……」
まるで、ではなく、『デート』である。
鈍感なラブコメ主人公だったら、『佐竹と月ノ宮さんも誘おう!』ってなるだろう。そして、全て決まってから天野さんに連絡を入れてがっかりされる。でも、このやり方って『穏便に済ませる』という点だけにおいては最強かも知れない。すっ惚けた顔で「あれ? そうじゃなかったの?」とか、よく言えるよなあ。ラノベ主人公の主人公バフが強過ぎるから、早急にメンテナンスして下方修正するべし。でも、運営って悉く無能だから、『バフの効果を下げて、攻撃モーションのスピードを1%アップしました』とかやりがちなんだよね。それによって、手癖の悪い主人公が生み出され、悲しみの向こうへと……さよなら。
日本全度にいる『伊藤誠さん』が不便で居た堪れなくなって席を立ち、大の字でベッドへとダイブした。スプリングが軋み、低反発のマットがゆっくりと体を押し戻していく。部屋の壁は白で統一されているので、家具の色を選ぶのが楽だ。白はどんな色と組んでも合う。白と黒のモノトーンにすればモダンだし、そこから他の色を取り入れてもいい。結局はモノトーンに落ち着いてしまい、本棚も、姿見も黒で、勉強卓とベッドだけがウッドカラーだ。
ごちゃごちゃ部屋を飾るのは趣味じゃない僕にとって、この空間は何物にも代え難い。よし、今日はとことん部屋に引きこもって、ぐうたら三昧を謳歌してやろうと決めた。それも夏休みの過ごし方だ。自宅には僕しかいないし、なんだったらお昼にピザとか注文しちゃおうか? ピザをコーラで流し込みながら映画を見るなんて超在宅……あ、間違えた、超贅沢。
ピザを注文する前に、少々惰眠を貪ろうかと目を閉じた。……そのとき、勉強卓に置きっ放しにしたままの携帯端末が空気を読まずにガタガタと暴れ始めた。
「どうせ迷惑メールかメルマガだろう」
と無視していたけど、バイブレーションは一向に止まらない。
「電話かあ……、ベッドに寝転ぶ前にかけてくれればいいのに」
ぼやきながら立ち上がり、地面に落下する直前に受け止めた携帯端末の画面に表示されていた名前を見て、僕は自分の目を疑った。
着信 佐竹琴美
「ええ……」
噂をすれば影がさすとはいうけれど、琴美さんの噂なんてこれっぽっちもしていない。
僕になんの用だ? それは、この通話に応答しなければわからないけれど、なんとなく嫌な予感が背筋を粟立てた。
このまま居留守を決め込もうかと悩んでいた矢先、不意に指が画面に触れて、通話が開始される。
『しももーん? 優梨ちゃん?』
しもモンってなんですか? 熊のゆるキャラかなにかですか? なんてツッコミをいれることもなく、端的に「なにかご用ですか」とだけ返した。
『優梨ちゃん、今日暇でしょ? 暇よね?』
電話越しから訊こえる声音は緩みきっている。
だが、四の五の言わせんとする雰囲気もあり、携帯端末を持つ手に軽く汗が滲んだ。
『いまから家にきてくれない? 手伝って欲しいことがあるのよ』
「はい?」
『べつに、取って喰うなんてしないから心配しなくていいわよ。それに、些細な報酬なんかも用意してるから。……どう? 悪い話じゃないでしょ?』
悪い話にしか訊こえない……。
些細な報酬の内容にもよるけど、今日を持て余すよりかはマシか。
急遽入ったアルバイト、そう思えばいい。
「どうせ断っても鬼電してきそうですし、わかりました」
引き受けますよ、と承諾。琴美さんは『やった♪』って、ちょっと可愛い声を出した。でも、僕は知っている。佐竹琴美の本性は、とっても禍々しいのだ。これまで何人が彼女の毒牙の餌食に掛かっただろう。本音と建て前を上手く使い分ける会話術は、どこで手に入れたのか。琴美さんから学べるものも多いとはいえ、気軽に近づくのも怖い。今回だって、絶対になにか企てているはずだから、用心しておこう。
『さすがは優梨ちゃん、話が早くて助かるわ♪』
「優志です。……で、いつ頃そちらに到着すればいいですか?」
『化粧やらなにやら終わったら、一度電話してちょうだい? こっちも色々と準備するから』
ほらみたものか。
先程『用心しよう』と思った矢先に、琴美さんが仕掛けた罠にまんまとハマるってどういうこと? 内容をたしかめずに引き受けた僕も悪いけど、琴美さんもなかなか卑怯な手を使う。
この分だと『些細な報酬』も期待できそうにない。「お年玉あげるね」って言いながらボールを地面に叩きつけて、「はい、落とし玉」とか、平然とやりそうだから。
『それじゃあ、待ってるわねー』
一方的に電話をかけてきて、一方的に話を進めて、一方的に話を終わらせるとか、どんだけ一方通行なの? 一般道路でもここまでの一通はなくない?
まるで高速道路を走り去ったような爽快感すら感じるが、それは直ぐに、不快感と、疲労感と、不安にすり替わっていった。
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。
これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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