【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百五十三時限目 デモ行進は有志参加です[後]
『それに、お前も薄々は勘付いてるんだろ』
ギクリとした。
なにをするべきなのかは、自分の中で答えが出ている。その答えがまりにも意にそぐわないもので、他に方法があればと流星に電話したのだが、行き着く答えは結局同じらしい。無意識のうちに、青色吐息が漏れた。
「そうは言っても」
最善とは言えないんだよなあ、とぼやく。
『あの馬鹿を花火大会に連れて行くって決めたんだろ』
「そうだけど」
『不言実行だ。以上』
言われて、反論の余地すら与えられずに通話を切られてしまった。
「切ることないだろ……」
僕は、勉強卓に突っ伏した。
余韻に浸るでもなく──浸るべき余韻なんて、あの会話の中にあるはずがない──ぼうっとしていると、片隅に置いた携帯端末が不意を衝くようにブルブル震えた。「うわ」と声が出て、上体を起こす。再び携帯端末を手に取り、発信先を確認すると、さっきまで通話していた流星が画像を送信したようだ。ササッと指で操作して画像を開くと、そこにはペシャンコに潰れたドクペ缶が砂利の地面にへばりついている。飲酒しているでは? なんて疑いをかけられたから、証拠画像を寄越したらしい。続けて、『オレは参加しないからな』という、文面からも不機嫌さが滲み出るメッセージ。
「はいはい、わかりましたよ」
デモ行進は有志参加だもんねって返信したが、既読のみで無視をされてしまった。なんだろう、この感じ。告白してないのにも拘らず、『ごめんなさい』って振られたみたいでモヤッとする。元より、流星を誘おうなんて思っていなかったんだから、勘違いしないでよね! 使い古されたツンデレ台詞ほど寒い台詞ってない。
プランを実行するのは決定としても、懸念が残っていた。
「僕を含めた三人で足りるか……?」
つまり、僕、天野さん、月ノ宮さんで三人。立場上、佐竹は除外。人数で圧倒するなら多い方に越したことはない。然し、闇雲に人数を増やしても無意味だ。なるべく、琴美さんと縁がある人を選ぶのがベストである。
デモ行進が有志参加ならば、あと一人だけ人員を確保できるかも知れない。琴美さんと直接的な因果関係はないけれど、夏コミに参戦するのは確定している。鼻息を荒くして『大ファンだ』とも公言しているくらいの熱狂的なファンが、ご本人とお近づきになれるチャンスを逃す手はない。「サインを一筆書いてもらえるかも」って条件で誘い込めば、喜んで食いつくはずだ。無論、サインをしてくれるかは、琴美さんの気分次第。
よし、悪くないぞ。流星との会話が引き金になったのか、思うように回らなかった頭も、水を得た魚のようにフル回転し始めているのを実感した。これが、取らぬ狸の皮算用になってしまっては、折角の計画が無駄になってしまう。
まだ、寝るには早い時間帯だ。
今日のうちにやれることはやっておいたほうがいい、と奮起して、月ノ宮さんのトーク画面を開く。
いざ通話ボタンを押そうとして、指が止まった。
月ノ宮さんを説得するには、それなりの代価が必要なのだ。タダでは動いてくれるはずがない。これまで彼女の人となりを見てきた僕だからこそ、月ノ宮楓の思考パターンがわかる。琴美さんも面倒臭いではあるが、月ノ宮さんも負けてないくらい面倒な性格をしているのだ。僕に対抗意識を向けているから尚更だろう、多分。
流星を差し向けた意図は、『自分が手を貸すのは鼻持ちならぬ』って意味でもあるのか? って考えが脳裏にちらつく。恋敵宣言もされているし、嫌われていないって保証はない。けれども、嫌いな相手を助けようなんて微塵も思わないだろう。『不器用な優しさ』と思えば、月ノ宮のお嬢様も可愛いところがあるじゃないかって思える。もしも僕が普通の高校生として生活していたら、月ノ宮ファンクラブのメンバーになっていた可能性も……、ないな。
天野さんとのトーク画面を呼び起こし、通話を押した。訊き慣れた呼び出し音が暫く続き、出なそうだと諦めて耳を数センチ離した直後、三秒程度の沈黙が流れて、『もしもし、鶴賀先輩ですか?』と若々しい声が届いた。
「あ、うん。久しぶりだね、奏翔君」
『お久しぶりです』
礼儀正しい声に、僕の心が穏やかになっていくのがわかった。どっかのだれかさんとは大違いだ。奏翔君は意味もなく『殺すぞ』って言わないし、兎にも角にも礼儀を弁えている。
佐竹、琴美さん、流星と、続け様にパンクロックを訊いた直後に穏やかな昭和の名曲が流れるような安堵感を覚えた。
「天野さ……、お姉さんはいる?」
『あー……、そうですね。いるにはいるんですけど、いまトイ』
そこで、『ちょっと! 勝手に触らないでよ!』と遠くから天野さんの声。
『もしもし……?』
──だれから?
声を小さくして奏翔君に訊ねて、僕の名前が奏翔君の口から出るやいなや、『え! アンタ、あとで覚えておきなさいよ』ってドスの効いた声が僕の耳まで響いた。
『ごめんなさい。弟が勝手に出ちゃって』
「あ、うん。だいじょうぶ……」
通話が終わった後、奏翔君はどうなってしまうのか。
……あまり考えないようにしよう。
『優志君が電話をかけてきたってことは、花火大会の件かしら』
「話が早くて助かるよ」
流星に説明した通りに、これまでの経緯を天野さんに伝えた。
『やっぱり、優志君でも……』
「だから、次のフェーズに移行しようと思って」
『次のフェーズ? ストライキでもするの?』
そんなはずないわね、冗談よ、と天野さんは続けた。
「天野さんにとって、かなり苦痛を伴う作戦だけど……」
反応は無し。
うんとかすんとか言ってくれたほうが、まだマシだった。天野さんは僕の言葉を訊いてから判断するつもりらしい。十中八九、断られると思いながら臍を固めた。
僕の部屋とは対照的に、天野家は賑やかだった。
遠くのほうからテレビの音が訊こえてくる。音楽番組を視聴していたのか、巧まずして、ランキング一位を知らせる『デデン!』の後に口を開いた。
「男装、してくれないかな」
『それは本当ですか!? 嘘でしたら承知しませんよ』
ドスンと机を叩く音。
思わず立ち上がったんだな、と思う。
「うん。やってくれるって」
天野さんの言質を取っておいて正解だった。
月ノ宮さんは『恋莉さんがまさか……、これはもう世界がひっくり返るレベルですよ。一眼レフは必須ですね……』などと興奮を洩らしながら、ワクがムネムネ──月ノ宮さんの前でこんな親父ギャグを言ってはならない、絶対にだ──している様子。まあ、一眼レフを持参しても、違和感の無い場所ではあるが。内股で、脇を閉めた完璧なフォームでカメラを構える姿は、想像に容易い。
『さすが、私が見込んだだけはありますね』
「そりゃどうも」
『報酬は銀行口座に振り込みでよろしいでしょうか。そうですね、諭吉三枚でどうでしょう? 足らぬとおっしゃるなら、もう三枚追加しても構いません』
僕は、「現金取引する気はないからご遠慮します」と断った。
『では、優志さんの願いを一つだけ叶えて差し上げましょう』
初期の神龍かよってツッコミたくなる気持ちをどうにか押し殺して、代わりに本題を切り出した。
「花火大会が終わるまで、僕のバックアップをお願いしたい」
『欲が無いですね』
──それは、赤子の手を捻るよりも造作無いですね。
月ノ宮さんは不敵に笑った。
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。
これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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