【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三十七時限目 佐竹義信はいろんな意味で甘い[後]
コンビニに入ると、キンキンに冷えた室内が汗のせいで寒く感じた。
早く帰らないと風邪を引きそうだと思いながらも、ついつい漫画コーナーに足が向くのは高校生の性だ、と言ってもいい。買うつもりも無いのにふらっと立ち寄って、「あ、この新刊買ってねえな」とするのが醍醐味でもあるけれど、いまはその醍醐味に興じている場合ではないことを思い出した。
漫画雑誌コーナーに後ろ髪を引かれながらも、デザートコーナーに向かった。
コンビニの天井には、埋め込み型のスピーカーがあり、そのスピーカーからは流行りのJポップが流れている。なんだか懐かしい気分だ。中学生の頃はヒットチャートを毎週欠かさずチェックしてたのに、いまではその習慣も無くなりつつある。俺の中で、音楽の在り方みたいなのが変わったんだろう。
流行りの音楽を話題にするのはコミュニケーションの手段でもあるが、景色や場所、風景に溶け込む音楽というのも悪くない……というのをダンデライオンで学んだ。コンビニで流れるヒットソングだって、それと似たようなものだ。あのバンドがどうとか、あのアイドルがどうとか、そういうのを一々考えるよりも、ふとした瞬間に思い出す音楽だって捨てたものじゃない。とは言っても、そこまで音楽に詳しいわけでもないから俺の胸中だけに留めておこう。
「どっちだよ……」
店内に「チキン揚げたてでーす、いかがでしょうかー」の輪唱が響く中、俺は究極の選択を迫られていた。
姉貴の要望は「あの美味しいやつ!」で、『なぞなぞか!』とツッコミたくなる要望だった。
「〝美味しいやつ〟と言われても、プリンってどれも美味いだろ。ガチで」
それでは姉貴が食べたいプリンわからない。間違えて買ってきたら、『アンタは本当に使えない愚弟ね』と嫌味を言われるに決まっている。だからこそ「銘柄を教えろ」と訊ねたが、返ってきたのは『早く買ってきて』のみだった。
「姉貴の趣味……か」
BLプリン、なんて売ってるはずねえよな。
「BLプリンって名前の響きが悍ましいな……」
ボーイズが夢中になる商品という意味で『俺のシリーズ』がそう呼べなくもないが、さすがにデカ過ぎんだろ。これを二つも食べるなんて狂気の沙汰だ。
個人的にはプッチンするヤツが好きだ。変に甘ったるいところがクセになる。だけど、姉貴の好みかと問われるとワンチャン違う気がする。
「こっちか……?」
手に取ったのは『とろける濃厚口溶けプリン』という商品名のプリン──なんだこの商品名、〝頭痛が痛い〟みたいじゃねえか──だった。
生クリームが乗っかっていて、いかにも『女性ウケを狙いました』って感じだ。
姉貴は硬いプリンが好みだった気がしないでもないが、棚にあるのは『プッチンするやつ』か『頭痛が痛いやつ』のどちらかのみ。
「ぶっちゃけ詰みじゃね、これ」
朝から糖分取り過ぎかよ、デブるぞマジで。
プリンズをガン見しながら悪態をついていると、横からサッと手が伸びて、頭痛が痛いプリンを若い女性客に取られてしまった。これで、棚にあるのは、プッチン二つと頭痛が痛いプリン一つ。
「プッチン……、二個も要らねぇよなぁ……」
だが、注文したのは姉貴だし、三つ買って来いと言ったのも姉貴だ。ゆえに、俺は悪くない。
俺は残ったプリンを手に取って、ついでに失った水分を取り戻そうと、スポドリもついでに購入した。
「アンタ、舐めてんの?」
購入してきた『頭痛が痛いやつ』の蓋に付着した生クリームを舐めながら、姉貴は不満げに声を荒げた。
「舐めてるのは姉貴だろ。俺はそもそも舐められる現物がねえんだよ」
──三つ買っていいから。
姉貴はそう言ったが、その三つに『俺の分』が入ってないことに気がついたのは、姉貴にプリンを渡してからだった。つまり、労働の対価は支払われない。むしろ、無駄に時間をかけて疲れただけという『骨折りゾーンの草臥れ儲け』である。
「早合点したのはアンタでしょ? 少しは頭を使いなさい。馬鹿は常に損をする、いまはそういう世の中なのよ」
「うるせ」
汗で湿ったシャツが余計に鬱陶しく感じた。
「凄い汗。シャワーでも浴びてくれば?」
「言われなくてもそうするっつの」
俺は、一体なんのために、プリン買いにコンビニへ出向いたんだろうか……。
シャワーを軽く浴びてから自室に戻った俺は、エアコンが最強にヤバいことを改めて実感しつつ、携帯を手に取ってからローラー付きの椅子に腰掛けた。
ググッと椅子が軋み、背もたれに腰を押し付けるようにして座ると転倒し兼ねないと思い、丁度いい具合の場所で止める。
そのままぶらんぶらんと天井を仰ぎながら、両腕を浮かせるようにして携帯を確認する。
だれからも連絡は来ていなかった。
それもそのはずだ。
実は今日、遊ぼうと宇治原に誘われていたんだが、一人になる時間が欲しかったのもあり、誘いをやんわりと断っていた。
「断られた相手にメッセージを飛ばす奇特なヤツもいねえよな……」
適当に動画サイトを漁って、親指が当たり半強制的に流れたその動画に出てくる登場人物が、『そりゃ辛えでしょ……』と感傷に浸るように歳を取った主人公に向けて言った台詞がタイムリー過ぎて、つい「うるせえよ」と返してしまった。
携帯端末を右ポケットに突っ込み、再びだらりと天井を見遣る。知らない天井ではないが、俺が知り得る天井はこんなにも低かっただろうか? 凝視するように眉を寄せてたが、天井に俺が求めている答えが書いてあるはずもない。
「はあ……」
やっぱり、これを考えちゃうんだよな。
考えないほうがいいことはわかってんだけど、考えずにはいられない。
優志が好きなのか。
優梨が好きなのか。
同一人物であある二人を同時に好きになれるのか。
わからない。
アイツが俺をどう想ってるかってのが一番気になるけど、その問いをアイツにぶつけて困らせたくないってのもある。
一人で悩んでても仕方ないが、姉貴に相談しようにも、まともに話せる状態でないことはたしかだ。
感情論ではなく、もっと理論的に話を進められる知り合いはいないもんかな……と考えて、照史さんなら事情を知っているし、大人だからいいアドバイスが貰えるかもしれない。
「行くか、ダンデライオン」
そう思い立ち、財布の中身を確認する。
まあ、ギリ足りるかな、多分。
少しくらいマケてくれるよな?
マケてくれなかったら土下座して、皿洗いでも手伝えば許してくれるだろう。
洗う皿があれば、の話だけどな。
感想など、お待ちしております。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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