【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百四十三時限目 嘘つきと魔法使いは何処へ向かうのか
物語の探偵が日常に回帰するように、この物語も日常へと帰してやらねばならない。すれ違ったままの気持ちが行方知れずでは、当人たちも不安だろう。
ここからは僕の領分だ。今回の落としどころ、妥協点はどこにあるのか探せ、思考を止めるな。
「八戸先輩はその鍵をどうするつもりですか」
「自分が持っていたことにする」
都合のいい答えを出すならば、自分がヒール役になればいい。……なんて、そんなのは自己満足だ。
生徒会は窮地に立たされていると言っても過言ではない。猫の手も借りたいほど忙しいのに、最後の綱である八戸先輩もいなくなれば、これはいよいよ崩壊してしまう。
だからこそ、八戸先輩の思惑には賛同できない。
「ダークヒーロー気取りですか。自分が全ての罪を被ったから、あとは自分抜きでやってくれ……なんて、虫のいい話にしか訊こえませんよ」
不祥事を起こした政治家は辞職という形で責任を取るけど、これは責任を放棄しているだけでしかないように思えてならない。
うん百万、下手したらなん千万、なん億もの大金を不正に利用したのにも拘わらず「辞任致します」の一言で終了とか、僕からすれば甘っちょろい処罰だ。一年間くらいサラリーマンの平均月収より下回る額の給料で生活しろって思う。家賃、光熱費を支払うとカツカツになって、火の車になればいい。
でも、そうはならない。腐っても元政治家であり上級国民だ。炎上すれば入院で逃げる。人生イージーモードで羨ましい限りですねって思われても文句は言えないのではないか? 八戸先輩は形こそ違えど、それをしようとしているのだ。
自分の尻を自分で拭くのは当然な話であって、美化するべき行いじゃない。それを「よくできました」と褒めていいのは幼稚園生、または保育園生までだ。僕らは高校生であり、シーシーも、タッチも、アンヨだって免許皆伝、なんなら達人の域まである。
「八戸先輩は被害者ではなくて、加害者だってことを忘れないで下さい」
「わかっているさ」
「わかっていたら〝自分が返す〟なんて言葉は出てきませんよ」
──どうして?
僕の言葉に疑問を抱いたのは、天野さんだった。
「八戸先輩が責任を持って返却するのが、私は一番いいと思うけど」
その通り、八戸先輩が責任を持って返却するのがベストである。ベストではあるけれど、その選択はバッドエンドに向かうだろう。バッドエンドでは意味が無いのだ。少なくとも、それは妥協点と言えない。
「泉はどう思う?」
「えーっと……ごめん、さっきので頭を使ったせいで、思うように言葉が浮かばない」
関根さんは役割を全うした。いや、全うし過ぎなくらい全うしている。もう充分だ。
「関根さんはゆっくり休みながら、ココアでも飲んで待っててよ」
そういうと、関根さんはテーブルに突っ伏してから「そうするー」と力無く答えた。
「鶴賀君は、自分にどうしろと言うんだい?」
「そんなの簡単ですよ。八戸先輩だって、薄々勘付いてるんじゃないですか?」
* * *
七月になった。
冷夏のせいで蝉の鳴き声はしない、静かな到来である。ラーメン屋の窓には『冷やし中華始めました』の文字が記された手作りポスターが貼られ、ファミレスには青と白の波模様と『氷』の文字がプリントされた暖簾が冷房の風で翻る。帰りがけにアイスを購入する学生も増えて、雪見だいふくの『ひとつ頂戴問題』がネットで真剣に議論されるような夏が訪れた。
あの一件以来、僕が生徒会に顔を出したのは退部届けを提出した日のみだった。いまの生徒会がどうなっているのか、ちゃんと機能しているのかは定かではないけれど、執念深く付き纏ってきた八戸先輩が僕に絡んでこなくなったことから察するに、悪いようにはなっていないんだろう。
「冷夏といっても寒いわけではないんだよな」
珍しく早く登校してきた佐竹は、椅子の背凭れ部分に両腕を乗せながら逆向きで座っている。
「例年よりも気温が下回ってるって意味だから、寒さを期待されても困るよね」
「去年も冷夏でしたけど、それよりも下回っているとなれば、環境問題にも真摯に向き合う必要がありますね」
佐竹の隣で、月ノ宮さんが頭を抱える。
「節水とゴミの分別から始めればいいかしら」
「そういや、カフェのストロー問題とかあったよな」
ストローと訊いて、あの日のことを思い出したのは僕だけではないようだ。天野さんが一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情をしたのを、僕は見逃さなかった。
あまりにも苦くて救いようがない話。
それでも、収まるところには収まった。
僕と天野さんが急に黙り込んだので、月ノ宮さんも『生徒会のことだ』と察したのだろう。未だに環境問題に着手して、「あとあれだ、エアコンの温度をプラス二度上げる!」なんて言っている佐竹を後目にしてから、「どうなったのか訊ねてもよろしいですか」と遠慮がちに訊ねてきた。
「結果的にはよかったんじゃないかしら」
「結果的にはね」
あの日の翌日は散々だった。
僕と関根さんは生徒会役職たちの緊急会議に参加させられて、八戸先輩と犬飼先輩が頭を地面に触れるくらい下げて謝罪する場面を、リアルタイムで見せられたのだ。千葉先輩は人心地無さそうに目を逸らしていし、七ヶ扇さんは号泣するし、島津会長に至っては必死に涙を堪えようと肩が震えていた。
二人の謝罪会見よろしくな状況の中、僕と関根さんはどうして呼ばれたんだろうと思いながらもその状況を見守っていたが、とどのつまり、これは一種の口止めのようにも感じた。
生徒会の闇に触れた僕らに対して、『結末を見せたのだから他言するな』という圧力をひしひしと受ける中、今度は生徒会一同が僕らに頭を下げる。これはもう恐喝と言っていのでは? と心中穏やかではいられなかったが、『これからはこういうことが起きないように気を引き締めて任務に当たろう』という島津会長の『許しの言葉』で、八戸先輩と犬飼先輩は生徒会に復帰したのである。
「それじゃあ、解決でいいんじゃねえの? 優志も恋莉も泉だって、ちゃんと役割を果たしたんだし、今更蒸し返してどうこうなる問題でもねえだろ。ガチで」
僕の説明を訊き終えた佐竹は、いの一番に開口した。
「そうですよ」
佐竹の言葉に、月ノ宮さんが同意する。珍しいこともあるものだ。もしかすると雹でも降るんじゃないか? 今日は曇りだし、その可能性は大いにある。
「そういえば」
思い出したかのように、天野さんが言った。
「結局のところ、犬飼先輩ってどんな人だったのかしら。私はその会議に出席してないからわからないのだけれど」
「犬飼先輩の容姿ってこと?」
それには、三人が同時に相槌を打った。
「風の噂によると、八戸先輩と犬飼先輩は今回の一件で付き合うことになったらしいよ」
「……つまり?」
天野さんが小首を傾げる。
「みんなも薄々勘付いてるんじゃないかな」
僕がそう言うと二人は「なるほど」と会得したが、佐竹だけは答え合わせをするまで「どういうことだよ……」と熟考し続けていた。
「男の娘が好き、ねえ……」
一度だけ、あの二人が楽しそうにお喋りしながら、小指と小指を絡めて食堂を目指す姿を見たことがある。幸せそうに声を弾ませていたのに、僕にはそれが異様な光景に見えてならなかった。
八戸先輩が嘘つきだからではないし、彼を軽蔑しているわけでもない。いまだって『八戸先輩』と敬称を付けるのを躊躇ったりしない。
だけど……ああ、そうか。
言葉にならない感情は、あの日、関根さんが適当に喩えたストローのようなもので、交際が長く続かないと思えてならないのは、二人が大の嘘つきだからである。
犬飼羽宇琉は魔法使いなのかも知れない。
然し、魔女ではないのだ。
■備考■
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by 瀬野 或
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