【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百三十八時限目 真実はそれなりにいつも一つ
一台の軽トラックが、お酒を荷台に積んで通り過ぎた。個人経営居酒屋の仕入れだろうか。この時間ならあり得ない話ではない。居酒屋の開店は夕空に紫色が混じり始めてからなので、開店前に揃えておくのは当然だ。それとも、今日の分ではなくて明日、明後日の営業を見越しての発注かも知れない。
居酒屋に客が集まって、ダンデライオンに客が寄り付かない理由はなんだ。営業形態は同じ。開店時間はダンデライオンのほうが長い。ぱっと見て、初見さんお断りな風貌も大差無いはず。
お酒を毎日飲むよりも、珈琲を毎日飲むほうが体には優しいと思うけど、アルコールとカフェインの健康被害については専門外なので、どちらがどう人体に悪影響を及ぼすのか、まではわからない。
照史さんが淹れた珈琲を啜る。『ホッとするときコーヒータイム』なんてコマーシャルが放送していたのは随分昔だけど、僕がまだ小学生の頃は放送していた気がする。いや、もしかするとまだ放送しているかも……まあ、どっちでもいいけど。
珈琲が片手にあるときはどういう状況が多いのか、ふと考えてみた。
読書をするときはちょっと甘くしたカフェオレを飲む。でも、その他って仕事中とか、会議中とか、勉強のお供にする場合が多くないだろうか。ならば、『ホッとするときコーヒータイム』というよりも『ここぞというときコーヒータイム』のほうが、寧日無く働いてる日本人にしっくりくるけど、労働環境がブラックならコーヒーもブラックって、酷い皮肉だ。
──さて、ようやく役者も揃ったことだし、話を進めようじゃないか。
八戸先輩はそう言っていたが、以降は閉口したままだった。だれのターンなんだろう? と向かい側に座る二人を交互に見たが、二人とも沈黙したまま口を開こうとしない。いつもなら訊ねなくても喋る関根さんが黙ったまま、というのが気になるところではあるものの、これでは埒が明かない。見兼ねて「なんの話ですか?」と、隣に座っている八戸先輩に質問した。
「恋愛の話だよ」
「れんあい?」
「そう。男と女、それ以外も含めた恋についての話さ」
八戸先輩は身振り手振りを混じえながら、熱っぽく語った。
「八戸先輩も恋をしているんですか?」
そうは見えないが……。
「どうかな。……どう思う?」
「知りませんし、知りたくもないです」
「つれないなあ」
他人の恋愛話になんて興味は無い。
それは、個人で完結するものだからだ。
以前、不本意ではあったけど、中学時代の知人──いまは友人と呼ぶべきなのか──に恋愛相談を持ち掛けられた。とてもややこしい案件ではあったが、僕らのアドバイスが功を奏して彼の問題は解決に至ったのである。
それだって、僕らのアドバイスを訊かずに解決する方法を選べなかったわけじゃないし、アドバイスに従う義理も無いわけだが──相談したのだから『アドバイスを訊かない』なんて選択肢は無かっただろうけど──本来の彼なら解決出来ないほどの問題ではなかっただろう。
結局、自分がどうしたいかなのだ。だれに相談しようとも、決めるのは自分であって他人じゃない。当たって砕けようとも、触れずに眺めるのだって自身の判断に他ならないわけで、相談したからという理由で動くのは、振られた後の言い訳を用意する、リスクヘッジのようなものだ。
だからこそ、僕は自分で考える。
何度も同じ場所をループして、似たような思考を煮詰めながら最善を模索する。彼と彼女が自分の心と向き合って答えを出したのだから、僕もそうするべきなんだ。
これが、僕の自論『恋愛は個人で完結する』の正体である。
「天野君は〝好きな人がいる〟と言っていたが、進展はあったのかな」
「ない、ですね」
いやもう、本当にごめんなさいとしか言えない。
八戸先輩は「そうか」と小さく零してから、隣に座る関根さんに視線を向けた。
「関根君……」
──名探偵君と呼ぶべきかい?
「ホームズでお願いします!」
ここでもそのキャラを通すんだな。八戸先輩と関根さんは多少なりとも関わりがあるので、関根さんは気を許しているのだろう。
隣で「コホン」と咳払いが訊こえた。
「ホームズ君はどうなのかな?」
「一年の頃に告白して振られて、それっきりですなあ……。いやはや、若気の至りですよ」
関根さんは感傷に浸るように天井を見上げた。
アンタの年齢はいくつの設定なんだ!? ってツッコミが喉元まで出かかったのをどうにか珈琲で呑み下して、 僕は関係ありませんという態度でそっぽを向いた。視線の先には照史さんがいて、丁度マフィンが完成したところだった。
照史さんは僕の視線に気がつくと、『おひとつ如何かな?』って目だけで訊ねるようにして笑う。僕が首を左右に振ると照史さんは残念そうに、型から外したマフィンを裏へ持っていった。
「ところで、そちらはどうなんですかな?」
だれもツッコミを入れずにいたら痺れを切らしたのか、関根さんは自分の世界から帰還して、八戸先輩に話を振った。
「ノーコメント、は通用しないか」
「自分だけ黙秘は通りませんよ」
天野さんがピシャリと言い放つと、八戸先輩は「参ったなあ」と苦笑いした。
「なら、ここは名探偵に訊ねてみようか」
僕も含めた三人の視線が関根さんに集中する。
「探っていたのは犬飼だけじゃなかったのだろう? 名探偵ホームズのお手並み拝見といこうじゃないか」
そう言った八戸先輩の表情は、どこか悪役ぶって見えた。
僕が関根さんに依頼したのは『犬飼先輩について』だけだ。渡されたメモ帳を見ても、犬飼先輩のことしか書いていなかった。
「八戸先輩のことも調べてたの?」
その質問は僕ではなく、天野さんの口から出てきた。僕がダンデライオンに来るまでの間に犬飼先輩や生徒会についての話をしていた、という憶測が確信に変わる。
「職業柄、ターゲットに関係する人物は調べることにしてるのでね」
関根さんの職業は探偵ではなくて学生だ、というツッコミはもうしない。否定しても、しなくても、彼女が〈探偵〉と自称するなら、そうなのだと受け入れるしかないのだ。
どこまで本気なのかは曖昧だけど、着眼点は悪くない。騒動の中心には、必ずと言っていいほど『八戸望』の名前が出てくる。交換日記よろしくに情報を交わしたメモ帳には、僕が仕入れた情報も記入した。それを見て、関根さんは思考を凝らし、八戸先輩のことを調べるに至ったのだとしたら、よく出来ましたの花マル判子を押してあげてもいいくらいだ。
然し、八戸先輩がそう簡単に尻尾を出すとは思えない。いまだって、余裕の表情を浮かべたままだ。こういう表情をしている人はなかなかに厄介で、佐竹琴美を彷彿とさせる。
「キミの目には、自分がどう見えたのか教えてくれないか。名探偵君」
店内に流れるジャズが、やたら煩く感じた。
「泉、大丈夫なの?」
天野さんが心配して声をかけるが、名探偵は頷いて答えた。
「真実はいつもそれなりに一つなのだよ」
たまに言う関根さんの決め台詞は、高校生探偵の真似にアレンジを加えたものだが、『それなりに』曖昧な表現で心許ない。でも、自信はあるようだ。
彼女の瞳には真実が映っている気がする。
……それなりに。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
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【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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