【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百三十二時限目 お昼休みの巡回はギャルとともに


 大場さんは昇降口から外に出ると、職員室前広場へと向かった。きっと、時計回りで校舎をぐるりと一周する気だろう。食堂前を抜けて、薄暗い校舎裏を通る。そのまま体育館前を確認しつつ更に体育館裏を通り、校庭を上から眺めて美術棟前から中庭を抜けてゴールって順路だ。

 見た目はギャル風でも、彼女の人となりに好感を持てずとも、生徒会役員としての役割を全うしようとする姿勢だけは評価できる。随分と上から目線で勝手だと言われても、この位置づけが変わることはない。

 昼休み特有の浮き足立った雰囲気は、校舎の外にも溢れていた。お弁当や学食を木陰で食べている生徒も多く見かける。春らしい気温になったからだ。朝はひんやりとした風が肌を刺すけれど、一限を過ぎた頃からぽかぽかと暖かくなり眠気を誘う。居眠りしないよう心掛けるのが難しくなったのは、夏の訪れが近づいたからでもあった。

 教職員が車を停めているのは、食堂から少し離れた職員室の手前にある広場だ。梅高には駐車場という駐車場が無い。いや、あるにはあるのだ。然し、駐車スペースは坂を下った先にあるので、教職員たちはそこを使わず、職員室前の広場の隅に停車させる場合が多い。そのため、駐車場として機能しない駐車場には雑草が生い茂っていた。

 職員室前に差し掛かると、大場さんは黒のミニクーパーを指差して止まる。なんの変哲もない広場に、物珍しいものでもあったのだろうか? 大場さんの指先を目で追うと、黒漆のミニクーパーがあった。ミニクーパーか、渋いチョイスだ。エンストしやすいことで有名な車種だから、校舎に向かうまでの傾斜を走らせるのは気が気じゃないだろう。 

「あれ、ミッキーの車らしいよ」

「ミッキー?」

 夢の国のマスコットキャラクターが、ミニクーパーを運転している風景を思い浮かべる。妙に似合うな。ネズミが犬のペットを飼ってる事実よりも違和感がない。

「三木原先生」

 ああ、そっちのミッキーか。

 僕のクラスで三木原先生を『ミッキー』と呼ぶ人はいない。そのあだ名で呼ばれても、三組の人間はしっくり来ないのだ。

 たしか、この学校に赴任した頃は車じゃなくてバス通勤だったような気がする。梅高教師は給料がいいのか? 車を買ったなら教えてくれてもいいのに、水臭いなあ……とはいっても、悪戯される可能性もあるから言わなかったのかも知れない。そういうとこあるんだよな、あの先生は。

「てか、担任の車も知らないの?」

「一々訊いたりしないでしょ……。するの?」

「え、普通じゃん」

 する、しないの答えを訊ねたはずだったのに、大場さんは『普通』と答えた。大場さんは美容院に行って、美容師に「なんセンチ切りますか」と質問されても「普通で」って答えそうだ。それで通用する場合もあるだろうけれども、僕と大場さんにそこまでの縁はない。だから「普通じゃん」と答えられても、どこまでが〈普通〉なのかわからない。担任の車が知りたいなんて、思ったこともなかったしなあ。そこまでの興味を持てないのだ。

 教師と生徒って関係は、謂わば『従業員と客』に近い。従業員に対して特別な感情を抱かない限り、喩え容姿が見目麗しくても、プライベートにまで踏み込もうとは思わないはずだ。

 もしかして、大場さんは三木原先生のことが好きなのだろうか。無いとは言い切れないけど……いや、まさかな。

「ちょっとおにぎり買ってくるから待ってて」

「はい?」

 僕がミニクーパーに気を取られている隙をついて、大場さんは駆け足で食堂へと向かった。そうか、先に食堂方面に向かったのは、おにぎりを買うのが目的だったんだな?

 僕が食堂前で大場さんを待っていると、校舎から八戸先輩が現れた。

「あ」

 そうだ、返信してくれと言われていたのにすっかり忘れていた。

「やあ、鶴賀君。……サボりかな?」

「絶賛業務中です。職場の先輩がコンビニでおにぎりを買うまで待機してるのは、部下として当然ですから」

 ──それ、密告だよね?

 ──事実を言ったまでです。

「そうかい。それじゃ、時間があるときにメッセージを返してくれよ?」

 僕の左肩をポンっと叩いて、八戸先輩は食堂へ入っていった。暫くして、大場さんが両手におにぎりを持って出てきた。食堂のおばちゃんが握ったおにぎりは、三角形ではなくて丸だった。しかも、コンビニおにぎりより大きい。値段も割高に設定されているけど、この大きさなら納得だ。

「おまたせ」

 そして、片方のおにぎりを僕に差し出した。

「え、要らないけど」

「は? 買ったんだから払えし」

 仕方無いと受け取って、おにぎりの代金を支払った。

 ──具は?

 ──シーチキン。

 ──そっちは?

 ──シーチキン。

 せめて、選択の余地をくれ……。

 大場さんはアディダスのリュックサックにおにぎりをしまって、先を進み始めた。

「どうしておにぎりを買ったの?」

 大場さんは足を止めず、振り返るでもなく、ただ目的を遂行するように足を動かしながら、当たり前のことのように答えた。

「なにかあったら、お昼を食べる時間がなくなるじゃん。ここから校舎裏、そして体育館裏に寄るんだし、煙草を吸ってる生徒がいたらアウトなんだけど?」

 なるほど、経験則からの行動だったのか。

「しかも、うちが巡回してるときに限ってそういうことしてる生徒がいたりするんだから。ここ一年で煙草吸ってる生徒を見つけたのは、うちだけだからね」

 検挙率一〇〇パーセントとか、敏腕にも程があるだろ。運がいいのか悪いのかもわからない。治安維持としては、大場さんの功績は大きいってことか。だから、本人のやる気は関係無しで、朝の通例会議に出席させられているのかも知れない。 

 もし、やる気が伴っていたら、島津会長の後釜を狙ってたりするんだろうか。そういえば、朝に島津会長となにかを話していたけど、つまりはそういうことで、案外野心家なのかも。

 校舎裏に入ると、日陰特有のじめっとした空気が肌にまとわりついた。ここから地続きで、体育館裏まで見える。どうやら今日は、煙草を吸っている生徒はいないようだ。ふうっと安堵の息が漏れた。

 なにも起きないことはいいことだが、このままでは間が持たない。僕は、さっき疑問に思ったことを大場さんに訊ねた。

「大場さんは、生徒会長になりたいの?」

「え、無理。田中にやらせておけばよくね?」

 どこが野心家だ、前言撤回。

「島津会長と話をしてたから、てっきり会長の席を狙ってるのかと思った」

 僕がそう言うと、大場さんの足が止まった。

「あのひとにだけは、いいところ見せたいから」

 その声は、途中で途切れてしまいそうな程にか細かった。上空を飛行機が通過する。大場さんの呟きと飛行機が重なっていたら、「なんて言ったの?」と訊き返すところだった。

「……って、キモ。鶴賀君ってストーカー?」

 くるっと振り返り、蛆虫を見るような目を向けた。

「先輩にいいところを見せたいのは、のことじゃない?」

「は? うざ。死ねし。つか、死んでくんない?」

 なんなんだ、この暴言のデパートみたいなギャルは。流星に何度も殺害予告されて免疫力が高まってなかったら、心臓麻痺で死んでたまである。まあ、死なないけど。








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【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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