【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百二十一時限目 探偵業は世知辛い


 関根さんはバナナマフィンをもぐもぐしながら、僕の話に耳を傾けていた。

 これまでの経緯を端的に話したが、理解したのか不安ではある。八戸先輩が『大の男の娘好き』というのは伏せておいた。仮にも、先輩という立場の人間だ。恥をかかせるわけにはいかない。もっとも、八戸先輩は自分の趣味を『恥』とは微塵も思っていないだろう。白昼堂々と、声高らかに宣言するくらいだ。もしかしたら、八戸先輩の男の娘好きは周知の事実かも知れないし、関根さんも把握しているのかも知れないけれど、他人の趣味をとやかく言うのはマナーに反する。〈先輩〉という立場の沽券にも関わるし、言わなくてもいい情報を口にする必要もない。

「……というわけで、短い期間だけど、生徒会と関わりがあった関根さんに話を訊こうと思ったんだ」

 関根さんは「なるほど」と相槌を打ち、適温程度に冷めたココアを一口分含んでから、小さな唇に付着した甘味を舌舐めずりするように舐め取って、カップをゆっくり受け皿に置いた。

 もし、目の前にいるのが関根さんではなく、天野さんか月ノ宮さんだったら、一連の動作も婀娜めいて見えただろう。けれども、僕はロリっ子を愛でるような趣味は無いから、小学生が背伸びをしているようにしか見えないのだ。『それこそが関根さんの魅力だ』ってわからなくもないが、いや、もうやめておこうと水を飲んだ。

「ユウくんは、〝八戸先輩が副会長を殺した〟という根拠が欲しいのかね?」

「いやいや、梅高で殺人事件が起きていないのに、根拠もなにもないだろ」

 実際に起きていたら一大ニュースになって、マスコミ各社が校門前に押し寄せているはずだし、お茶の間のニュース番組で『高校生が同級生を殺害』のテロップも流れているはずだ。

「僕が訊きたいのは、関根さんが見た生徒会の印象というか、人間関係がどうとか、そういうのだよ」

 特に、会長、副会長、八戸先輩、この三人がどういった関係性なのか知りたい、と続けたら、関根さんはおもむろに制服のポケットを弄り、銀色のシガレットケースを取り出して、「一本どうかね?」と、僕に差し出した。

「なあに、違法な物じゃない。ココアシガレットさ」

「それくらい、見ればわかるよ……」

 丁重にお断りを入れると、関根さんは「そうかね」って寂しそうな表情をしながら一本取り出し、煙草を吸うかのような仕草で咥えた。

「飲食店に堂々と持ち込みする人、初めて見たよ」

「マスターとは、もう長い付き合いだからね。ねえ、マスター?」

 急に話を振られた照史さんは、「え?」と目を丸くさせたが、関根さんが左手の人差し指と中指に挟んでいる物を見て、全てを察したのか苦笑い。

「他のお客様がいないときだけだよ?」

 甘いなあ、照史さん。甘過ぎて蕩けちゃうよ。バナナマフィンのようにね! とは噯にも出さないでいたら、「ほら、言っただろう?」と、得意げにココアシガレットを咥える関根さんの顔が目に留まり、腹立たしさが三割増した。

「形から入るのは構わないけど、ちゃんとしてよ?」

「言われずとも、わかっているさ!」

 ああ、超面倒臭い……。ガチで。

 関根さんの『探偵なりきり』がなかったら、話はもっとスムーズに進行しているはずだ。クラスの面々が、関根さんに近寄らんとする理由もわかる。然し、関根さんは自然災害のようなものだから、未然に防ぐこともできないのだ。今回は僕からコンタクトを取ったけど、次回があるならば、関根さんを頼るのだけは絶対にやめよう、と心に誓った。




「生徒会の人間関係について、だよね?」

 居住まいを正した関根さんは、これまでとは打って変わり、閑話休題に話を戻した。問いに頷くと、顎に手を当てて一考しながら、頭の中で当時の再現でもしているかのように眉を寄せて、天井部分を見上げた。

「生徒会と関わったって言っても、生徒会室に足を運んで内部観察をしたわけじゃないから……、あ」

「なにか思い出した?」

 うん、と頷いて、手元に置いていたシガレットケースの中にあるココアシガレットを取り出し、がりっと噛んだ。

「私が受付を担当してたのは、ユウくんも知ってるよね」

「うん。正面玄関で会ったから」

「受付係と生徒会の橋渡し役が、ナナチーだった」

 ナナチーってだれだ? って考えて、生徒会役員に『ナナ』が付くのは『七ヶ扇朝海』しかいないと思い出した。

「それで?」

「えと、ナナチーだけじゃ不安だからって、八戸パイセンもいたよ」

 パイセンって、久しぶりに訊いたなあ……。

「二人に、なにか変わった様子はなかった?」

「うーん……、これといってかなあ。とても仲睦じい感じだったよ?」

 、だって?

 僕が知るところ、二人は上手くいってないように思える。いや、八戸先輩が一方的に嫌われていると言ったほうが正しい。つまり、入学式が終わる……または、進行中に〈なにか〉が起きて狂い始めたのではないか、と推測を立てた。

「仲睦じいとは、具体的にどう睦じい感じだったのかな」

「あれは、恋をしている目でしたぜ……。旦那」

 ふと気になって、シガレットケースに目をやったら、残りは五本になっていた。ココアシガレットって、立て続けに食べるような駄菓子じゃないだろう? かっぱえびせんだったら、やめられないとまらないのも頷けるけど。

 いまの証言が事実だとしたら、生徒会は、尚更に混沌極めた状態だ。

 副会長のジブリ先輩は、会長の島津先輩に片思いをしていて、七ヶ扇さんは、八戸先輩に片思いをしている。二つの恋路が揉める要因となったのは明らかだが、そればかりではないだろう。

 八戸先輩と島津会長を繋ぐ線が曖昧だ。

 それに加えて、『犬飼を殺した』という八戸先輩の発言も気がかりで、これが明確になれば騒動の全体像が見えてくるはず。

「因みにだけど、告白した、してないの噂は訊いてない?」

「そういった噂は訊いてないかなあ……。だけど、そういう関係になるのも秒読みって感じがした!」

 関根さんが語る情報と、僕が身をもって体感した感想が、全く異なる次元の話に思えてしまう。

 八戸先輩と七ヶ扇先輩の間に、なにかしらのアクシデントがあって不仲になったのだとしたら、それはもう〈告白〉以外にはない。七ヶ扇さんが八戸先輩に告白をして振られたとなれば、八戸先輩を嫌う理由にもなり得る。

 ……待てよ?

 だとするなら、どうして八戸先輩は『犬飼を殺した』と発言したんだ? 嫌われるような言動を『殺す』と喩えたなら、殺した相手はジブリ先輩じゃなくて、七ヶ扇さんにならないか?

 ──自分は、犬飼を殺したんだ。

 八戸先輩は、まるで懺悔でもするかのように言った。後悔している。そんな口調だったが、他人を殺すって感覚は、僕にわかるはずがない。自分を殺すとか、息を殺すとかならまだしも、〈殺人〉となれば意味も違ってくるが、情報が不足し過ぎて上手くハマらない。

「あとは、なにか手がかりになるような情報はない?」

「残念だが……。しかし」

 いつの間にか、迷探偵モードに切り替わった関根さんは、タール無し、ニコチンも無し、煙さえ出ない〈タバコもどき〉の最後の一本を咥えてぷかあと息を吐き出し、不敵な笑みを浮かべた。

「ユウくん。キミは実に運がいい」

「ええ……。頗る絶不調だよ」

 だれかさんのおかげで、と目で訴えたが、関根さんには僕の目が助けを求める子羊に見えたのだろう。

「情報を得るには、だれに調査を依頼するのが好ましいかね?」

「うーん、月ノ宮さんかな」

 月ノ宮さんなら、全てを知らずとも、あっという間に情報を掻き集めてきそうだ。だったら、最初から月ノ宮さんに相談そればよかったのでは? と思い返して悔やんでいたら、関根さんがテーブルを叩いた。

「探偵だよ! 目の前にいるじゃん! 頑張るからー!」

 もう、それはこんがんだった。

 名探偵が調査の依頼を受けるのに必死って、どれだけ探偵業は世知辛いのでしょう……。








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 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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 これからも──

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