【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百二十時限目 迷探偵はバナナマフィンにご執心である


 放課後、関根さんと二人でダンデライオンを訪れた。

 気の利いたジャズ、何度も嗅いだ珈琲の匂い、選び抜かれたアンティークな小物たち、そして、壁際にずっと飾ってあるのは、照史さんが描いた絵画。いつ見ても、妙に悪目立ちしている。そこが、僕らの指定席だ。

 僕らはなにも言わず、そうするのが正しいかのように向かい合って座った。

 こうして、関根さんと対面するのはいつぶりだろうか。もう、かなり昔のように感じる。それは関根さんも同じのようで、先程から落ち着きなく、そわそわしながら店内をこう

 落ち着きがないのは、ダンデライオン特有の空気感に触発されたわけじゃない、と僕は考察した。いや、考察もなにもない。関根さんが喜びそうな台詞を選び、この店まで引っ張ってきたのはこの僕だ。

 自分のことを名探偵──僕からすれば探偵なんんだけど──と自称している関根さんは、厨二病ともまた違う空気を纏っている。大まかにカテゴライズすれば『拗らせている』のだけれど、二次元と三次元の区別はできている……はずだ。

 ダークブラウンの髪の毛を、頭部の両サイドからだらりと垂らしたポニーテールは、きょろきょろと頭を動かす度に左右に揺れる。一見、小学生にも見紛うようなロリっぽさがあるけれど、その姿に惑わされることなかれ。

 月ノ宮さんとは種類の違う『底の知れないなにか』を秘めているのだから、油断できない相手と認識しているものの、豚もおだてりゃ木に登るではないが、甘い言葉にひょひょいっとついて来るのだから、知らない大人についていっちゃ駄目だぞー? と、謎の母性本能を擽られてしまう。

 然し、それこそが関根さんの狙いで、見た目の幼さを逆手に取り、ロリ好きを手玉に取ろうと目論んでいるのだから、人は見かけによらぬものである。とはいえ、これまで同じクラスに在籍していて、目の端程度に観察していたけど、関根さんが男子を手玉に取った実績は無い。

 志はご立派だけど、色々と残念な女子だ。

 照史さんが銀のトレーに、お水を二つ乗せてオーダーを取りにきた。

「ご注文は?」

 関根さんの手元に水を置いてから、僕の手元に置いた。レディーファースト。照史さんはいつも紳士的な対応だ。こんなイケメンマスターなのにも関わらず、本日も店はがらんどう。だれかSNSでダンデライオンを拡散して! と願うばかりだ。

 関根さんは水のコップの縁を、左手で覆うように持ち、からりんころりんと氷を鳴らしながら、「マスター、いつものを」と、意味深に呟いた。

「ココア……の、大盛りでいいのかな?」

 ああ、そういえば、いつぞやもそんな感じで注文していたような気がする。照史さん、よく覚えてるなあって感心してたら、注文票を書いている照史さんと目が合った。

「優志君は、ブレンドでいいかい?」

「はい。並でお願いします」

 うちはラーメン屋じゃないんだけどね、と苦笑いしながら、ボールペンを滑らせる。

「他には?」

 飲み物だけあればいいよね? って、アイコンタクトしたら相槌するように頷いて、「マフィンも欲しい」と、照史さんに上目遣いで強請る。

 おい、さっきの相槌はなんだ?

 アイコンタクトの意味が通じてないのに、さも知ったような態度を取るのはやめて欲しいのだけれど?

「わかった。昨日の売れ残りでいいならサービスするよ」

 ──優志君もどうだい?

 ──じゃあ、お言葉に甘えて。

「はい、承りました」

 とびきりの爽やかスマイルを残して、照史さんはカウンターの中へと戻っていく。その姿を目で追いながら、ちらっと関根さんを見やると、関根さんはしたり顔でほくそ笑んでいた。

「作戦、通り……!」

「新世界の王にでもなったつもりか……」

 まあ、関根さんのおかげで小腹も満たせるのだから、いまだけは、存分に浸らせておこう。




 照史さんは注文した品をテーブルに置いて、ごゆっくりどうぞと下がっていった。

 昨日のマフィンはバナナだったようだ。真上から見て、中央からやや左に寄った場所に添えてあるバナナの輪切りが食欲を唆る。レンジで温めてくれたらしく、表面からは、バナナオレのような甘い香りが迸っていた。

「ユウくんユウくんユウくんくん。これは、ルパンに狙われるかもしれませんぞ?」

「ルパンなら、もっと高価な物を狙うでしょ」

 とはいっても、世紀の大怪盗が狙ってもおかしくないほどの匂いではあった。

 関根さんは、元気よく「いただきまーす!」と大声を上げて、カトラリーからナイフとフォークを取り出した。上品に食べるのか? と思いきや、フォークを中央にぶっ刺して、そのままばくっと齧りついた。

 ナイフの意味とは!?

 ここでツッコミを入れたら負けだし、なんとなく癪だ。僕は小学生にテーブルマナー講座をするかのように、ナイフで真っ二つに切ってから、その片方を更に切り、一口大になったところで口に運んだ。

 ああ、やっぱりこの店のマフィンは美味しい。

 レンジで温めたから、噛み締める度に生地が蕩ける。そして、まったりとした甘みを口の中に残しつつ、さらっと喉を通っていく。更に、苦味と酸味がほどよく調和したコーヒーが口の中に残った甘みをリセットして、また一口と運びたくなってしまう。これ、永久機関じゃないか? 少なくとも、あと一つはぺろりと食べてしまいそうだ。

 それは永久機関じゃないぞ、というツッコミはさて置いて、そろそろ本題を切り出さなければ。

「関根さんをこの店に呼んだのは他でもなく、我が梅高で発生した〝殺人事件〟の情報を提供して欲しいからなんだ、け、ど……」

 駄目だこの人、マフィンに夢中過ぎて、全然人の話を訊く姿勢じゃない。てか、左手に持ってるフォークは使わないんだったら、もう置いたらどうなんだ……?

「関根さん。……おい、迷探偵」

 ようやっと耳に届いたらしい。

 関根さんは姿勢をそのままにして、はたと顔を上げた。

「ふぉえで、ふぁふひんひへんふぁ……、ふぁんふぁってえ?」

 察するに、『それで、殺人事件が……、なんだって?』と言ったんだろう。ここまで締まりが無いと、レストレード警部役を演じているのが阿呆らしくなってきた。

 てか、ちゃんと訊こえてるじゃん!

「取り敢えず、飲み込んでから話をしようか」

 あと、口元に食べかすが付いてる。

 そう指摘してやると、関根さんは水で口の中を洗い流して、紙ナプキンを口元に当ててごしごし擦った。

 ──取れた?

 ──取れたよ。

「ふむ! では、推理といこうか」

「まだ説明もしてないよ!」

 は! ついツッコんでしまった……。

「さすがはユウくん、ナイスツッコミ!」

 関根さんと対話してると、神経が徐々にすり減っていくのを感じる。天野さんって凄いな。こんな人を毎日相手にしてるとか、そのうちスーパーサイヤ人になれるんじゃないの? って思うくらいの修行だぞ。

「……で、話を訊く気は?」

「当然!」

 両手を腰に当てながら、ふんぞり返るように鼻を鳴らした。

 この手の話に強いのだろうか? 自分を〈名探偵〉と自称しているのだから、洞察力は多少なりともあるんだろうけど、どう見たって小学生のごっこ遊びだ。

 そんな不確定要素に頼ろうとしている僕も僕だけど、いまは、どんな些細な情報でも欲しい。生徒会潜入作戦の出鼻を挫かれた以上は、外堀から埋めていくしかないのだ。それに、こういう入り組んだ事情は、早期決着が望ましいってのもある。いつまでもだらだらと引き伸ばしていると、輪をかけて悪循環してしまうのは目に見えている。

 海デートの一件を思いだして、口の中が塩辛くなった。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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