【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百一十九時限目 八戸望は食堂で語る[前]


「……ってことがあったんですけど」

 食堂の馴染み無い長テーブルで、八戸先輩と向かい合って座る。券売機に『本日イチオシ』のポップが貼られていたとろろそばを、ずるずる音立てながら僕の話に耳を傾けていた。

「なるほど、ね」

 豪快に丼を持ち上げて、ごくりと喉を鳴らした。とても美味しそうに食べてくれるなあ、と思ながら、冷えた白飯を一口分にして口の中へ。梅干しの代わりに入れられた福神漬けを、続け様に噛み締めた。

 色合いが寂しいからといって、福神漬けを梅干し代わりにするのはやめて欲しいと毎回言っているのに、どうして福神漬けが冷蔵庫にストックされているんだろう? 梅干しは選ばれないのですか? 僕は梅干しを救いたい。お箸的な意味で。

「他にはなんと?」

 八戸先輩は白い丼の上に割り箸を置き、「ご馳走様でした」と両手を合わせて、小さくお辞儀をした。

「助っ人なんていらない、と言われました」

「そんなはずはない……、はずだけどな」

 八戸先輩は、自信無さげに呟く。

 顎に手を当てて足を組み直すと、瞑想でもするかのように目を閉じた。そのまま放置したら寝るんじゃないだろうか? と思い、暫くの間放置してみたが、僕の予想通りにはいかず。ゆっくりと瞼を開けて、テーブルの縁を掴むようにして握り、ぐぐっと身を乗り出した。

「鶴賀君」

「なんですか、藪から棒に……」

「意見が食い違ったとき、鶴賀君ならどう対処する?」

 さっきの瞑想はなんの時間だったんだ……。

 ツッコミたい衝動をなんとか堪えて、「顔が近いです」と引っ込ませた。

 他人と意見が食い違うなんて、そんなに珍しいことじゃないだろう。日常茶飯事と言ってもいい。僕レベルともなれば、意見だけでなく存在理由すら食い違うまである。

 とはいっても、八戸先輩が訊きたいのは、そういうことではない。答え合せみたいなものだ。自分が出した答えに自信が持てず、相手の意見を訊いた上で自己採点をする。

 これを『意見の擦り合わせ』と呼んでいいいのかはさて置き、あまり褒められた手法とは言えないな。

「意見の七割部分に賛同して、三割部分を否定します」

 だから、というほどでもでもないが、意地悪な回答をしたと自分でも思う。

 八戸先輩は、もっと具体的な答えが欲しかったに違いない。でも、それを素直に提示してやるほどの誠意を受けていないから、敢えて遠回しで抽象的な言葉を選んだ。

 こういう受け答えは、ハロルド・アンダーソン作品の影響だなと、つい頬が緩む。

「それで、八戸先輩はどうなんですか?」

 ふむ、と一呼吸置いてから口を開いた。

「総合的に判断するよ」

 総合的……? 八戸先輩の答えが喉に引っかかった。

 総合的の意味は、個々のものを一つに纏める様を言う。

 例えば、〈プランA〉と〈プランB〉があったとして、どちらかを決定しなければならない立場だったとする。

 どちらのプランでも、見返りはそこそこ見込める案だったが、〈プランA〉を出したのは自分よりも地位が高い役職で、〈プランB〉は部下たちが提出したプラン。

 上とやり合うよりも下を丸め込むほうが利口だと考えるならば〈プランA〉を選び、部下たちの信頼に応えたいとするならば、〈プランB〉を選ぶだろう。

 然し、どちらを選んでも波風は立ってしまう。

 総合的に選ぶ、と八戸先輩は言った。

 どっちも捨て難いのであれば、どっちの意見も採用して、美味しいところを抽出しようというのが『総合的』の意味だ。決して悪い判断ではないし、新しいプランを打ち出して、よりよい結果を生み出せば上司も部下も納得するかも知れない。

 だが、それには大きな欠点がある。

 新しいプランを立案するには、どうしても時間が必要だ。時間は有限であり、無駄に時間を浪費するのは大きな損失にもなり兼ねない。だからこそ、準備期間内にどれだけ策を詰められるのか、で勝敗が決すると言っても過言ではない。

 それでも、八戸先輩は〈プランC〉に拘るのだろうか?

「八戸先輩の言い分だと、二つの意見が食い違ったら〝再検討〟ってことになりますよね?」

「そうなるね」

 ああ、そういうことか……。

 なんとなくではあるけれど、どうして八戸先輩が生徒会役員たちに疎まれているのか、その礎のようなものを垣間見た気がした。八戸先輩がいると、会議が進まないんだろう。

 でも、八戸先輩は〈書記〉という立場にいた。

 もしかしたら、と仮説を立ててみる。

 八戸先輩は〈書記〉じゃなかったんじゃないか? 生徒会に入った当初は違う役割を担当していたけれど、八戸先輩がその担当だと生徒会が機能しなくなる。だから、あまり発言をしない〈書記〉という役を渡された。

『書記は一番楽だから』

 と、八戸先輩は言っていたけど、皮肉を吐いていただけだとすれば、『八戸先輩が生徒会から身を引いた本当の理由』にも繋がってくる。

 大体、『応接室に私物を隠していた』ら、生徒会を辞める前に回収するのが普通だろう。回収する前に鍵が紛失したならば、八戸先輩の言い分にも筋が通ってなくなはないが、俄に信じ難いと疑うのは必然だ。

「僕に嘘をついていませんか?」

 僕は箸を置いて、単刀直入に切り出した。

「自分が鶴賀君に嘘をついて、どんなメリットがある?」

 八戸先輩が僕に嘘を吐いて、得られるメリットは無い。

 それは、現段階の話だ。

 僕の推測が正しければ、嘘をつくメリットは幾らか存在するけれど、それを証明するには、今回の件を『総合的に見る』必要がある。

「協力を要請したのは自分だ。それなのに、協力者に嘘をついていたら、解決には至らないと思わないかな?」

「だったらなぜ、八戸先輩は生徒会長や七ヶ扇さんから疎まれているんですか? 八戸先輩が変態フルオープンだからといって、節度を弁えないような人には見えません」

 生理的に無理って人はいると思いますけど、と続けたら、「なかなか抉るじゃないか」と苦笑いした。

「まあ、そこら辺も踏まえて説明しようと思っていたんだよ」

「僕は別に、八戸先輩を悪人に仕立てようとしているわけじゃないんです。ただ、このままでは埒が明かない」

 そうだね、と呟いていから、手元にある湯呑みに口をつけた。

「お腹も満たされたことだし、鶴賀君はお弁当を摘みながらでも訊いててくれ」

 そう言って、八戸先輩は語り始めた。








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 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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